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ジョエル様は時々この公爵領から出られ、王都に向かわれる。私はそれに同行したことがない。
彼が何をなされているのか。正確な事は分かってはいないが、どうやら王都の城下町で非公式に権力者が集う場所に出入りされ、そこで何らかをされておられるようだ。
私も以前はアシル様の側付きとして学び、それなりの伝手や情報網を得てきた。詳細までは掴めないものの、ジョエル様の行方くらいは追うことが出来るのだ。
普段仕事はしたくないと駄々を捏ねてばかりなのに、月に一度か二月に一度程度、この時ばかりはお一人で決断されて、その準備もなされている。
お側にいられないという事は、こういう事なのだと思い知る。私が関わる事が出来ないその時に、いかほど主様のご無事を願う事か。いつもとは逆で、私がジョエル様のお仕事を引き留めているのではないかと思うほど、身を案じての小言ばかりが口から滑る。
ジョエル様がこの公爵邸にいらっしゃらないのは、およそ一週間ほど。
その間、私は主様のいらっしゃらない時間を持て余す。
彼の代わりに采配すべきことは、幾分かはある。だけれど、それは彼の隣に侍り、その合間に片づけられる程度の仕事量だった。
いつもお部屋を整えていれば、すぐに不意打ちをかけて背中に飛びついてくる姿がない。
今日一番僕に似合う服を、なんて難題ばかりのお着替えも。それを着て嬉しそうに緩む頬も。
必ず食事に同席させて、無邪気に語りかけてくる姿も。
嫌だ嫌だと仰りながら、任されれば魔法のようにすらすらと走るペンを見ることもない。熱中され、お声かけするまで机にかじりついていることも。
散歩に行こうなんて駄々を捏ねて、腕にぶら下がる勢いで纏わりついてくるお姿だって。
主様のいらっしゃらないお部屋の、なんと広く静まり返っていることか。
常にこの身には、ジョエル様が染みている事を深く思い知る。
彼は、どうして私を求めるのだろう。
いつもそれが不思議だった。
私は、ミナ家の中では特に愛想がないと言われていた。余り表情が変わらないのは幼い頃から使用人として生活してきたこともあるが、少なくとも兄たちは務め以外ではそうではないらしい。公も私もない、といったところのようだが、それを使い分ける兄たちの方が器用なのではないかと思っていた。
容姿は神経質そうだと言われる。最低限の護身術程度しか身に着けていない痩身で、背は高い方だろう。昔から概ね公爵邸の中で生活をしているため、肌は不健康そうに白い。どう考えても、ジョエル様のように輝かしい容姿はしていなかった。
では中身はというと、面白みがある人間でもなければ特段勝っている所もないはずだ。仕事には誇りを持ってと思ってはいるものの、私よりもずっと能力が優れた従者など、彼が望めばいくらでも手に入る。
なぜ、ご好意をいただいているのか。なぜ、求められているのか。
考えれば考えるほど、ジョエル様の想いはわからなかった。
だけど、あの目は。
私を誑かそうとしている、彼の瞳は。彼の言葉が決して出任せではないと熱を帯びて伝えてくる。
思い出すと身の内が震えた。
主様の為の所用が全て終わったのは、まだ午前も早い時間で。公爵邸の各所で雑用をこなして時間を潰す。栄えあるドミニスアーナ公爵家には普段から十分な人手があり、使用人も十分教育されている。多少の用はいいつかっても、そんなに多くの仕事は得られない。
午後からは自分の部屋の掃除に充てた。普段生活しているのは、ジョエル様の部屋から続きの従者の控えの間。私以外の従僕をお側に置こうとされないジョエル様は、その部屋を私の私室のように整えてくださっていたが、私には使用人の住居区域に自室がある。ほとんど戻らないこの部屋は、少々手入れが行き届いていなかった。
昔から学んできた経済、政治、地理、歴史、語学など各種の本がずらりと並んだ本棚。表面に傷の浮いた書き物机。書きつぶしたペンに、色褪せた紙束。
その殆どはジョエル様の従者となるもっと前に、必死にしがみついていたものだった。それが無駄だったかと言えば、今現在も役に立っているのではないかと思う。もし私が無知であったならば、ジョエル様の執事の役目を一人で担えたかというと、きっとそうではなかったと思うからだ。
だけれど、ひどく昔の事の気がする。そんなに狭くもない私室の殆どを埋め尽くしていた情熱は、どこに行ったのかと自分でも不思議なくらいだった。
ここは私の部屋であって、私の部屋ではないような気持ちがした。
ただ時間を潰すためだけに、どこか白々しい自室を掃除して、リネンを張り替える。普段整える主様の部屋からすると手狭でしかない空間に向かい合ってみたものの、小一時間で目的は果たせてしまった。
それから、読めていなかった本や資料などに目を通してみたものの、それもせいぜい数時間もすれば手元から残りは無くなり。
夕暮れというにはまだ早い時間帯。ようやく日が傾きかけようとしているくらい。私はまた酷く暇を持て余している。
暇を持て余すほどの猶予を下さらない、主様の事ばかりが頭に浮かんで。
他人の部屋であるかのようなどこか身に馴染まない部屋の中で。
普段できないことをと考えて、ゆっくりと入浴することにした。
主様の部屋にある控えの間は、通常は、就寝時など主様の側付きを離れる際に当番が使用する部屋だ。使用人区域では洗面や浴室まで完備した個室をいただいているので、その自室よりは手狭ではあったが、私が常時お側に侍るために使用するのに勝手が良いようにと、家具や内装など、ジョエル様が使用人には恐れ多いほどに手厚くご用意くださっている。
ただ、元々の間取りが変えられるものではなく、当然浴室はない。私は普段主様の部屋を出てから一番近く、使用人共用の宿直所を利用していた。常に一緒に入ろうだなどと仰られるが、断固としてそのお誘いに乗る事はできるわけなかった。
一人身を沈めるのに丁度いいバスタブに湯を張る。この国には水道がある。そして、この公爵邸には湯も流れている。なので、上位の使用人の部屋には惜しげなく浴室が供えられている。
普段ジョエル様のお世話をする際の癖みたいに、数種の香油や肌に良い薬用液を垂らす。立ち上る香りは、いつもと変わらない彼の浴室の匂いがした。
花の匂いの立ち込める湯に身を沈める。温かな湯は身に染み入るように心地良い。
静かでゆったりした時間と空間の中、身動ぎする度に湯が跳ねる音だけが響く。少し、落ち着かない。
深く息を吐いて瞼を閉ざせば、耳元に焼き付いたジョエル様の声がこだまする。
「ねえ、アンディ、一緒に入ろうよ」
無邪気な態で唆す、可愛らしい姿。
「ね、お願い……」
濡れた上目使い。上気した頬。ほんのりと笑いを含んで艶めいた唇……。
慌てて目を開ける。いったい何を思い起こしているのだろうか。
普段から張り巡らされた罠の中で生活をしているといっても、私はそんな目で彼を見ている訳では……。
そうであっては、ならないのに。
一度脳裏に焼き付いてしまったものは、どれだけ追い払おうとしても頭から出て行ってはくれない。
身体の奥底が、ぞわぞわと粟立った。
そう、いつもキスを強請られる、あの唇に触れたことがある。
何年前だったのか。まだ幼い柔らかな唇が、誘うように何度も私の唇を食んで、その裏側を舐めまわした。
今よりずっと幼い、壁画の天使のような美しい姿で、その頬を薄紅に染めて。夢中で息を乱して。
ぞくぞくと背に甘い痺れが這う。
耳の奥に、昨日の声が蘇える。
「アンディの手、気持ちいい……っ」
うっとりと目を閉ざして恍惚を見せつけるジョエル様は、あの時の戯れを思い起こしていたのだろう。
身体が、熱い。もうすっかりと燃え上がってしまった情欲は、このまま宥められそうにない。
「アンドリュー、お願い、たすけて……」
今よりもずっと幼かったジョエル様に触れたのは、もう4、5年は前だったはずだ。
身体が性に目覚め始めた時に、昂ぶって持て余した熱に怯えるように、私に縋った。
乱れきった息で、涙を零しながら、大人になりきれていない少年の身体を火照らせて。すっかりと本能の熱に浮かされた瞳で。シャツだけを纏ったあられもない姿で。
「うぅ……きもち、いいの……でも、むり……上手にできない、……苦しい、アンディ……」
ご自分で追い立てながら、恐れて、焦れて、遂げられない姿を晒して。汗だくの身体を私に摺り寄せて、涙に咽びながら懇願した。
断ることが、できなかった。
これは、時間が経てば子供の戯れになるはずだと。願うように霞んだ頭に強く言い聞かせて。
そして、触れた。未熟な身体に。初心に喘ぎ跳ねる身体を、自分のもののように抱きしめて撫でながら。初めて絶頂を知る彼を、味わい尽くした。
それすらも今は、彼の掌の上であったと理解しているけれど。
その時の興奮も、高揚も。胸の奥底に焦げ付いて忘れられることはなかった。
ざばりと勢いよく湯の中から立ち上がる。
一人になると、こうも抑えられないものか。胸の中にはマグマがある。ぐつぐつと煮え滾り、高温で全て焦がしていく。早鐘の心臓に、急いた呼吸。決して風呂に逆上せた訳ではない。湯で濡れた髪から汗が滴る。うっすらと紅の差し込んだ白い肌の真ん中で、隠しようのない欲情の証が主張していて、誰に言い訳する必要もないのに視線が泳いだ。
背徳しかない。
幼い彼に。我が主君に。美しい天使に。手が届かないほど高貴なお方に。
私は、懸想しているのだろうか。それとも、ただの肉欲なのか。
他にどうしようもなく昂ぶりへと手を伸ばす。無機質にでも追い立てれば、本能のもたらす悦楽が身を巡る。これは必要な作業だと思いたいのに、意識の隙間からジョエル様の乱れた姿が忍び込んで、なおさらと興奮に煽られた。
私を見上げるジョエル様の瞳に宿る、獰猛な光。
時にそっと背から腿までを撫でる手つきも。何を求められているのかはわかっているけれど。
本当にどうして。
そして、私はどうしたいと思っているのだろう。
振り切った心拍、荒んだ呼吸も忘れて、欲に浸り上り詰める。
吐き出した時には、ただ彼がここにいないことだけが無性に苦しかった。
もう自分の部屋とも思えないほど縁遠くなったこの部屋に、一つ苦しい嫌気が落ちる。
私が帰るべき場所は、もうここでもない。
それすらも、主様の掌の上なのだろうか。
彼が何をなされているのか。正確な事は分かってはいないが、どうやら王都の城下町で非公式に権力者が集う場所に出入りされ、そこで何らかをされておられるようだ。
私も以前はアシル様の側付きとして学び、それなりの伝手や情報網を得てきた。詳細までは掴めないものの、ジョエル様の行方くらいは追うことが出来るのだ。
普段仕事はしたくないと駄々を捏ねてばかりなのに、月に一度か二月に一度程度、この時ばかりはお一人で決断されて、その準備もなされている。
お側にいられないという事は、こういう事なのだと思い知る。私が関わる事が出来ないその時に、いかほど主様のご無事を願う事か。いつもとは逆で、私がジョエル様のお仕事を引き留めているのではないかと思うほど、身を案じての小言ばかりが口から滑る。
ジョエル様がこの公爵邸にいらっしゃらないのは、およそ一週間ほど。
その間、私は主様のいらっしゃらない時間を持て余す。
彼の代わりに采配すべきことは、幾分かはある。だけれど、それは彼の隣に侍り、その合間に片づけられる程度の仕事量だった。
いつもお部屋を整えていれば、すぐに不意打ちをかけて背中に飛びついてくる姿がない。
今日一番僕に似合う服を、なんて難題ばかりのお着替えも。それを着て嬉しそうに緩む頬も。
必ず食事に同席させて、無邪気に語りかけてくる姿も。
嫌だ嫌だと仰りながら、任されれば魔法のようにすらすらと走るペンを見ることもない。熱中され、お声かけするまで机にかじりついていることも。
散歩に行こうなんて駄々を捏ねて、腕にぶら下がる勢いで纏わりついてくるお姿だって。
主様のいらっしゃらないお部屋の、なんと広く静まり返っていることか。
常にこの身には、ジョエル様が染みている事を深く思い知る。
彼は、どうして私を求めるのだろう。
いつもそれが不思議だった。
私は、ミナ家の中では特に愛想がないと言われていた。余り表情が変わらないのは幼い頃から使用人として生活してきたこともあるが、少なくとも兄たちは務め以外ではそうではないらしい。公も私もない、といったところのようだが、それを使い分ける兄たちの方が器用なのではないかと思っていた。
容姿は神経質そうだと言われる。最低限の護身術程度しか身に着けていない痩身で、背は高い方だろう。昔から概ね公爵邸の中で生活をしているため、肌は不健康そうに白い。どう考えても、ジョエル様のように輝かしい容姿はしていなかった。
では中身はというと、面白みがある人間でもなければ特段勝っている所もないはずだ。仕事には誇りを持ってと思ってはいるものの、私よりもずっと能力が優れた従者など、彼が望めばいくらでも手に入る。
なぜ、ご好意をいただいているのか。なぜ、求められているのか。
考えれば考えるほど、ジョエル様の想いはわからなかった。
だけど、あの目は。
私を誑かそうとしている、彼の瞳は。彼の言葉が決して出任せではないと熱を帯びて伝えてくる。
思い出すと身の内が震えた。
主様の為の所用が全て終わったのは、まだ午前も早い時間で。公爵邸の各所で雑用をこなして時間を潰す。栄えあるドミニスアーナ公爵家には普段から十分な人手があり、使用人も十分教育されている。多少の用はいいつかっても、そんなに多くの仕事は得られない。
午後からは自分の部屋の掃除に充てた。普段生活しているのは、ジョエル様の部屋から続きの従者の控えの間。私以外の従僕をお側に置こうとされないジョエル様は、その部屋を私の私室のように整えてくださっていたが、私には使用人の住居区域に自室がある。ほとんど戻らないこの部屋は、少々手入れが行き届いていなかった。
昔から学んできた経済、政治、地理、歴史、語学など各種の本がずらりと並んだ本棚。表面に傷の浮いた書き物机。書きつぶしたペンに、色褪せた紙束。
その殆どはジョエル様の従者となるもっと前に、必死にしがみついていたものだった。それが無駄だったかと言えば、今現在も役に立っているのではないかと思う。もし私が無知であったならば、ジョエル様の執事の役目を一人で担えたかというと、きっとそうではなかったと思うからだ。
だけれど、ひどく昔の事の気がする。そんなに狭くもない私室の殆どを埋め尽くしていた情熱は、どこに行ったのかと自分でも不思議なくらいだった。
ここは私の部屋であって、私の部屋ではないような気持ちがした。
ただ時間を潰すためだけに、どこか白々しい自室を掃除して、リネンを張り替える。普段整える主様の部屋からすると手狭でしかない空間に向かい合ってみたものの、小一時間で目的は果たせてしまった。
それから、読めていなかった本や資料などに目を通してみたものの、それもせいぜい数時間もすれば手元から残りは無くなり。
夕暮れというにはまだ早い時間帯。ようやく日が傾きかけようとしているくらい。私はまた酷く暇を持て余している。
暇を持て余すほどの猶予を下さらない、主様の事ばかりが頭に浮かんで。
他人の部屋であるかのようなどこか身に馴染まない部屋の中で。
普段できないことをと考えて、ゆっくりと入浴することにした。
主様の部屋にある控えの間は、通常は、就寝時など主様の側付きを離れる際に当番が使用する部屋だ。使用人区域では洗面や浴室まで完備した個室をいただいているので、その自室よりは手狭ではあったが、私が常時お側に侍るために使用するのに勝手が良いようにと、家具や内装など、ジョエル様が使用人には恐れ多いほどに手厚くご用意くださっている。
ただ、元々の間取りが変えられるものではなく、当然浴室はない。私は普段主様の部屋を出てから一番近く、使用人共用の宿直所を利用していた。常に一緒に入ろうだなどと仰られるが、断固としてそのお誘いに乗る事はできるわけなかった。
一人身を沈めるのに丁度いいバスタブに湯を張る。この国には水道がある。そして、この公爵邸には湯も流れている。なので、上位の使用人の部屋には惜しげなく浴室が供えられている。
普段ジョエル様のお世話をする際の癖みたいに、数種の香油や肌に良い薬用液を垂らす。立ち上る香りは、いつもと変わらない彼の浴室の匂いがした。
花の匂いの立ち込める湯に身を沈める。温かな湯は身に染み入るように心地良い。
静かでゆったりした時間と空間の中、身動ぎする度に湯が跳ねる音だけが響く。少し、落ち着かない。
深く息を吐いて瞼を閉ざせば、耳元に焼き付いたジョエル様の声がこだまする。
「ねえ、アンディ、一緒に入ろうよ」
無邪気な態で唆す、可愛らしい姿。
「ね、お願い……」
濡れた上目使い。上気した頬。ほんのりと笑いを含んで艶めいた唇……。
慌てて目を開ける。いったい何を思い起こしているのだろうか。
普段から張り巡らされた罠の中で生活をしているといっても、私はそんな目で彼を見ている訳では……。
そうであっては、ならないのに。
一度脳裏に焼き付いてしまったものは、どれだけ追い払おうとしても頭から出て行ってはくれない。
身体の奥底が、ぞわぞわと粟立った。
そう、いつもキスを強請られる、あの唇に触れたことがある。
何年前だったのか。まだ幼い柔らかな唇が、誘うように何度も私の唇を食んで、その裏側を舐めまわした。
今よりずっと幼い、壁画の天使のような美しい姿で、その頬を薄紅に染めて。夢中で息を乱して。
ぞくぞくと背に甘い痺れが這う。
耳の奥に、昨日の声が蘇える。
「アンディの手、気持ちいい……っ」
うっとりと目を閉ざして恍惚を見せつけるジョエル様は、あの時の戯れを思い起こしていたのだろう。
身体が、熱い。もうすっかりと燃え上がってしまった情欲は、このまま宥められそうにない。
「アンドリュー、お願い、たすけて……」
今よりもずっと幼かったジョエル様に触れたのは、もう4、5年は前だったはずだ。
身体が性に目覚め始めた時に、昂ぶって持て余した熱に怯えるように、私に縋った。
乱れきった息で、涙を零しながら、大人になりきれていない少年の身体を火照らせて。すっかりと本能の熱に浮かされた瞳で。シャツだけを纏ったあられもない姿で。
「うぅ……きもち、いいの……でも、むり……上手にできない、……苦しい、アンディ……」
ご自分で追い立てながら、恐れて、焦れて、遂げられない姿を晒して。汗だくの身体を私に摺り寄せて、涙に咽びながら懇願した。
断ることが、できなかった。
これは、時間が経てば子供の戯れになるはずだと。願うように霞んだ頭に強く言い聞かせて。
そして、触れた。未熟な身体に。初心に喘ぎ跳ねる身体を、自分のもののように抱きしめて撫でながら。初めて絶頂を知る彼を、味わい尽くした。
それすらも今は、彼の掌の上であったと理解しているけれど。
その時の興奮も、高揚も。胸の奥底に焦げ付いて忘れられることはなかった。
ざばりと勢いよく湯の中から立ち上がる。
一人になると、こうも抑えられないものか。胸の中にはマグマがある。ぐつぐつと煮え滾り、高温で全て焦がしていく。早鐘の心臓に、急いた呼吸。決して風呂に逆上せた訳ではない。湯で濡れた髪から汗が滴る。うっすらと紅の差し込んだ白い肌の真ん中で、隠しようのない欲情の証が主張していて、誰に言い訳する必要もないのに視線が泳いだ。
背徳しかない。
幼い彼に。我が主君に。美しい天使に。手が届かないほど高貴なお方に。
私は、懸想しているのだろうか。それとも、ただの肉欲なのか。
他にどうしようもなく昂ぶりへと手を伸ばす。無機質にでも追い立てれば、本能のもたらす悦楽が身を巡る。これは必要な作業だと思いたいのに、意識の隙間からジョエル様の乱れた姿が忍び込んで、なおさらと興奮に煽られた。
私を見上げるジョエル様の瞳に宿る、獰猛な光。
時にそっと背から腿までを撫でる手つきも。何を求められているのかはわかっているけれど。
本当にどうして。
そして、私はどうしたいと思っているのだろう。
振り切った心拍、荒んだ呼吸も忘れて、欲に浸り上り詰める。
吐き出した時には、ただ彼がここにいないことだけが無性に苦しかった。
もう自分の部屋とも思えないほど縁遠くなったこの部屋に、一つ苦しい嫌気が落ちる。
私が帰るべき場所は、もうここでもない。
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