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お仕事編

呪いの絵馬

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「ありがとうございましたっ!」

 ランチ営業の最後の客をなんとか笑顔で見送った俺は、フラフラとよろめいてカウンターに手をついた。体中の筋肉が痛い……もう、じっとしてても痛いし、寝てても痛い。
 意地と根性でランチ営業を乗り切ったが、もう限界だ。俺はカウンターの椅子によろよろと腰を下ろした。

「うぅう、キツい……」

「お疲れ様、お昼は食べられそう?」

 カウンター越しに店長が声をかけてくる。

「食べます!」

 どんなにひどい筋肉痛でも、どんなに疲れてても、腹は減る。
 俺は店長の超美味いまかない飯を食べるために、このバイトをしてると言っても過言ではないのだ。店長が苦笑しつつカウンターへ運んできてくれたのは……、

「かき玉うどん……!!」

 見るからに、ふわっふわトロトロの玉子餡……彩りに入っている絹さやの緑が鮮やかだ。柚子のくし切りと粉山椒まで添えてある。弱っている俺に、こんな優しいメニューを選んでくれるとは……店長の気遣いが嬉しい。

 俺は震える手で箸を手に取る。普段ほとんど意識しないが、箸を使うのって、けっこう指の力が必要なのだ。

「い、いただき……ますっ!」

 俺はちょっと行儀悪く、ズズズズーッ! と、うどんをすすった。上手く箸が使えないのだから仕方ない。
 旨みたっぷりの玉子餡がしっかりと麺に絡んで……たまらん!
 俺専用の湯呑に緑茶を淹れてきてくれた店長が俺の隣に座る。

「そんなに辛いなら、しばらく休んでも良かったのに……」

「何言ってるんですか! 俺がいないとランチ営業できないでしょう?」

 ランチ営業は店長が厨房で料理を作り、俺が一人でフロアを任されている。しかも夜のバータイムとは違い、たくさんの客が来て大繁盛なのだ。店長一人での切り盛りは不可能。俺が休んだらランチタイムは臨時休業にするしかない。

「大丈夫! お昼食べてちょっと休憩したら夜の営業準備します!」

「今日は祓いの方のお客さんが来ることになってるから、夜は臨時休業にするよ。だからバーの準備はいらない」

「そうなんですか? 分かりました」

 店長は祓い屋の副業をしている。俺はそちらの方でもアシスタントとして働いていた。副業の仕事が入った時はバータイムの営業はお休みにしてしまうことが多い。夜はほとんど客が来ないとはいえ、最近ちょっと臨時休業しすぎじゃないか……?

「おじゃましま~す」

 ドアが開き、女の子が入ってくる。
 高校生くらいだろうか。
 俺は慌てて箸を置き、立ち上がった。

「すみません! ランチタイムの営業はもう終わっちゃってて……」

「都築くん、さっき話した祓いの方のお客様だよ。…――久しぶり、千代ちよちゃん」

「えっ! し、失礼しましたっ!」

 客が来たなら、のんびり食べてる場合じゃない!
 俺は食べかけのうどんを下げようとした。しかし、千代と呼ばれた女の子は人懐っこい笑みを浮かべて近づいて来る。

「美味しそう! 私もお昼まだなの、私の分も作ってくれない?」

「いいよ」

 女の子と店長のやり取りからみて、初めての客ではなさそうだ。
 店長はかき玉うどんを作りにカウンター奥の厨房に入ってゆく。
 気を遣わねばならない相手じゃないらしい。俺は椅子に腰を下ろして再び箸を手にした。
 女の子は勝手知ったるといった様子で俺の隣に座る。
 カウンターで女の子と並んで座るなんて初めてだ。

 俺は改めて彼女を観察した。
 間近で見ても、やっぱり高校生くらいだ。確実に俺より年下。腰くらいまでありそうな長い髪をハーフアップにし、小さなピンクのリボンをつけている。ゆったりした大きめのTシャツ、ショートパンツ、ニーハイソックス……全体的に黒とピンクでまとめている。

 けっこうリア充寄りと見た。
 女の子は背中からリュックを下ろし、俺とは反対側の椅子に置く。

「私は千代、よろしくね。聞いてるわよ、都築くんでしょ? すごいアシスタントさんが入ったって、尾張おわりさんが自慢してたわ」

「そんな……すごいなんて、……俺は別に……」

 褒められて悪い気はしないが、霊感がないってだけで別にすごいわけじゃない。苦笑しつつ再びうどんをすすろうとした俺の手が、はた……と止まった。

「尾張、さん? 尾張さんって、店長???」

「僕がどうかした?」

 千代ちゃんの分のうどんを運んできた店長は、笑顔で軽く首を傾げる。

「店長、尾張って名前だったんですね……」

「あれ? バイトの面接に来た時、自己紹介しなかったっけ?」

「……初めてのバイト面接だったし、緊張しててあんま覚えてないです……」

「店長じゃなく『尾張さん』って呼んでくれてもいいんだよ」

「大丈夫! これまで通り店長って呼ばせてもらいます!」

 俺の隣で、千代ちゃんが行儀よく手を合わせてから食べ始めた。

「いただきます。……ん、美味しい~!」

 店長め、ちょっと面白がってる時の表情かおだ。「おわり」と「つづき」だと? 漫才コンビじゃあるまいし……俺は意地でも「店長」としか呼ばないからな!!



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「み、巫女~っ!?」

「なによっ! 文句あるの?」

 素っ頓狂な声を上げた俺を、千代ちゃんは睨みつける。
 うどんを食べ終わった俺たちは店舗の奥にあるソファセットに移動し、千代ちゃんから依頼内容の説明を受けていた。

 千代ちゃんが勤める神社で、宮司の手に負えない面倒なトラブルが起こり、こちらへ持ち込まれることになったらしい。千代ちゃんはリュックから取り出した宮司の手紙を店長に渡した。

「でも、巫女さんなら白い着物に赤い袴で……」

 こんなギャルっぽい巫女さんがいてたまるか。
 俺の中の巫女さんのイメージを崩さないでくれ。

「バッカじゃないの? あれは制服! 婦警さんや看護師さんが、休みの日に制服着てスーパーに買い物行ったり、犬のお散歩したりしないでしょ!」

「…………」

 店長に依頼もってくるのは、スーパーへの買い物や犬の散歩と同レベルなのか。
 宮司からの手紙に目を走らせた店長は、綺麗に折りたたんで胸ポケットへとしまった。

「モノは持ってきた?」

「もちろん!」

 千代ちゃんはリュックをいったん膝の上にのせ、白い和紙のようなものに包まれた何かを取り出す。受け取った店長は慎重に紙を開き、中を確認した。俺も思わず横から覗き込んでしまう。

「絵馬……?」

 それは神社で良く見るごく普通の絵馬だった。俺も大学受験の時に合格祈願で絵馬を書いた。
 その絵馬には女の子っぽい可愛い文字が並んでいる。

六呂むろくんと恋人になれますように! ななみ』

 神頼みしちゃうなんて、ななみちゃん初恋なのだろうか……青春だねぇ。ほっこりしている俺とは違い、店長は厳しい表情で絵馬を見つめている。内容的に問題があるとは思えないが……。

「そのななみさんが六呂くんと一緒に怒鳴り込んで来たの。六呂くんが片想いしてた人が交通事故にあっちゃって……ななみさん、自分はそんな酷いこと頼んでないって泣いちゃうし、六呂くんはとにかく怖がって絵馬の願いを取り下げて欲しいって怯えてて、ほんと大変だったのよ」

「へ……?」

 千代ちゃんの説明に、俺はマヌケな声で聞き返した。
 絵馬で恋愛成就を願ったら、恋敵が交通事故?

 偶然……なのでは?

「その後も、六呂くんが憧れてた先生が階段から足を踏み外して転落したり。仲良かった部活のマネージャーがお父さんの仕事の都合で海外に行っちゃったり。隣の家の幼馴染が六呂くんのために作ったお弁当、砂糖と塩を間違えちゃったり……」

 うん、偶然じゃないかも知れない……。

 それより、何故だろう……不幸続きの六呂くんに対して同情の気持ちが全く沸かない。片想いしてた女の子、憧れの先生、仲良しの部活のマネージャー、幼馴染の隣の子……六呂くん、君はアレか? ギャルゲーの主人公なのか?
 
「他にも、絵馬で願ったことが意図しない形で叶えられたって、苦情みたいな相談がたくさん来てるの」

 六呂くんだけなら不幸な偶然が重なったと言えないこともない。しかし似たような訴えがたくさんきてるとなると話は別だ。

「……なるほど、神様の目を盗んで悪戯な霊が悪さしてるのかも知れない」

 絵馬から何か感じるのだろうか、店長はじっと絵馬を見下ろしたまま小さく呟いた。神様の目を盗む? そんなことができるのか?

「絵馬だけを除霊しても意味ないんじゃないかな。神社そのものを調査した方がいいかも知れない。…――都築くん、出かける準備して」

「はいっ!」

 俺は気合十分で勢いよく立ち上がり……筋肉痛で情けない悲鳴を上げ、かっこ悪く崩れ落ちたのだった。



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「え、ここ? すごいな……」

「なによ、文句あるの?」

「……ありません」

 千代ちゃんが勤めている神社は、見るからに由緒正しき佇まいだった。由緒正しくない神社なんかないと言われればそうだろうが、とにかく俺が想像してたよりずっと大きく立派だったのだ。

 俺たち三人は大きな鳥居をくぐり、中に入る。
 夕方ということもあって参拝客は少なく、掃き掃除をしている巫女さんが目にとまった。千代ちゃんのバイト仲間なのだろう、巫女さんと千代ちゃんは笑顔で小さく手を振り合う。千代ちゃんも巫女服を着れば、あんな風にそれっぽくなるのだろうか。

 千代ちゃんの巫女姿を想像してると社務所の方から男性が近づいてきた。白い着物に紫の袴という出で立ち、さっき千代ちゃんの話に出た宮司さんだろうか。

「尾張さん、わざわざご足労いただき申し訳ありません。そちらの方は?」

「ご無沙汰しています、本殿を拝見したくて伺いました。こちらは新しいアシスタントで都築と申します」

「よろしくお願いしますっ!」

 店長が紹介してくれたので俺はペコリと頭を下げた。
 宮司さんは人の良さそうな笑顔を浮かべる。
 確か宮司というのは神社で一番偉い役職だったはずだが、この人は威厳とかそういったものを一切感じさせない。気の弱い中間管理職のような雰囲気のオジサンだった。

「どうぞ、何処でもご自由にご覧になって下さい。何かお手伝いできることがあれば、いつでもお声かけを!」

 宮司さんはペコペコ頭を下げつつ社務所へ戻っていった。
 もしかして、俺が想像してたよりずっと店長は大物なのかも知れない。

 本殿の方へと歩き出す店長に、俺と千代ちゃんも付いていく。途中、御守りなどが並んでいる売店の前を通り過ぎた。『現在、絵馬のご利用はできません』という貼り紙が目にとまる。

「今は絵馬を売らないようにしてるのか。売店も売り上げダウンだね」

「売店じゃないわ、授与所よ。神様の加護をまとった物を授与する代わりに、寄付や賽銭的な意味合いで金銭をいただく。『売買』じゃないから『売店』じゃないの。都築くん、何にも知らないのね」

 千代ちゃんがちょっとバカにしたような呆れた声で説明してくれるが、それって知ってないと恥ずかしい一般常識なのか? 俺はほんの少しモヤモヤしつつ本殿へと到着した。

 店長は本殿の真正面に立ち、何やら考え込むようにじっと奥を見つめている。

 せっかく神社に来たんだし参拝しておくか。
 俺はポケットから財布を取り出し、賽銭箱へ五円玉を放り込んだ。
 鈴を鳴らし手を合わせる。願い事は――…

「お留守のようだ。少なくとも一ヶ月以上はお出かけになったままだね」

「…――は?」

 留守ってなんだ? 誰が?
 本殿の奥を見つめ続ける店長の横顔に、俺はマヌケな声で聞き返した。
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