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お仕事編

霊媒師

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 トンネルの中はやたらと湿気っぽく、雨でもないのに地面が濡れている。地下水でも染み出しているのだろうか。
 中に入りしばらく進むとカーブがあり、入口からの光が届かない暗闇になってしまった。ディレクターの言ってた通りだ。
 俺は懐中電灯で周囲や皆の足元を照らしながら進んでいく。
 ふいに店長の足がとまる。と同時に、十和子さんが声をあげた。

「来ます! 右斜め前方から二人!」

 印を結び、何やら唱える店長。

「後ろから三人! 一人だけすごいスピードです!」

 アレクが小瓶の水を振り撒き、聖書の文言を唱え始める。
 俺は十和子さんの言う方向に懐中電灯の光を向けてはみるが、当然ながら何も見えない。
 その時、十和子さんの悲鳴が響いた。慌てて振り向くと、何かに突き飛ばされたように十和子さんが倒れ込む。俺は駆け寄って助け起こした。

「大丈夫ですかっ?」

「は、はい…――あ! あそこに、たくさんいます。五人くらいが溶け合って大きな塊に……」

 十和子さんは青ざめながら壁の方を指さした。店長はそちらへ向かって呪文を唱える。トンネルの中に三人の声が反響し、俺の耳はグワングワンしてきた。

「十和子さんっ! 笹川さんの気配、探せますかっ!?」

 店長の問いかけに十和子さんは目を見開き首を振る。

「そんな……無理ですっ!」

 十和子さんは怯えた瞳で周囲を見回し、ガクガク震えている。押し寄せてくる悪霊たちを店長とアレクが辛うじて食い止めている、というところか。
 何とかして十和子さんに落ち着いてもらわないと……。

 そうだ!!

 俺はポケットからアパートの鍵を引っ張り出した。キーホルダーには千代ちゃんがくれた勾玉がぶら下がっている。

「十和子さん、これを!」

 千代ちゃんは「強力な御守り」だって言ってた。
 しかも巫女さん達が俺への感謝の気持ちを込めてくれた勾玉だ。神様のご加護だってすごいいっぱい詰まってることだろう。俺には何も影響しなくても、きっと十和子さんならご加護を受けられるはず!
 俺は勾玉を十和子さんの手に握らせた。

 神様! どうか十和子さんを守ってあげて下さい!

 手の中の勾玉を驚いたように見た十和子さんは、大事そうにぎゅっと握りしめた。
 十和子さんはほんの数秒目を閉じ、次に目を開いた時には別人のように落ち着いていた。
 その瞳にはもう怯えの色はない。
 十和子さんは周囲に視線を走らせた。

「いました! 笹川さんはあそこです! 取り込まれてしまいそう」

 俺は十和子さんが指差す方へ走った。さっき、五人くらいが塊になってると言ってた辺りだ。懐中電灯で照らすと、光の輪の中に人の足が見える。

 笹川さんだ!

 俺はぐったりと横たわっている笹川さんの体をひきずり、十和子さんのところまで移動させた。十和子さんが笹川さんの顔を覗き込む。

「生きてます、良かった!」

 十和子さんの声が嬉しそうだ、俺もホッとする。
 しかし笹川さんの意識はない。

 その時、店長の声がトンネル内で大きく響いた。

「僕とアレクは霊を引き付けてできる限り除霊する! 都築くんと十和子さんは笹川さんを連れ出すんだ!」

「分かりました!」

 十和子さんは握っていた勾玉を笹川さんの口の中へ押し込んだ。それがどういう意味を持つのか俺には分からないが、今は質問してる余裕なんてない。
 俺と十和子さんは力を合わせて笹川さんをズルズル引きずり、何とかトンネルの外へと運び出した。

 心配そうに待っていた撮影スタッフ達に取り囲まれる。ぐったりと意識のない笹川さん……どうすればいいのか分からない。しかし十和子さんは落ち着いていた。

「霊体が体から離れかけています、放っておいたら繋がりが切れて死んでしまう。笹川さんの霊体を体に定着させます! 皆さん離れてください」

 毅然とした十和子さんの声に、撮影スタッフ達も俺も慌てて距離をとる。
 十和子さんはすぐに呪文のようなものを唱えながら笹川さんの胸に手を置いた。一分もかからず、笹川さんは苦し気にむせながら息を吹き返し、口から勾玉を吐き出した。

 俺のアパートの鍵と共に、勾玉は地面に転がり落ちたのだった。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 店長とアレクがトンネルから出て来たのは一時間近く経ってからだった。途中、俺は心配で様子を見に行こうとしたが、信じて待つべきだと十和子さんにとめられたのだ。
 アレクは立っているのがやっとといった状態だった。しかし店長は顔色は悪いもののまだ少し余裕を残しているようだ。意識を取り戻した笹川さんを見て小さく微笑んだ。

「店長、霊は?」

「ちゃんと除霊したよ、全部ね」

 十和子さんが俺の隣で息をのむ。

「あれだけの霊を全部? すごい!」

 アレクは会話に入ることなく、ふらつく足で乗って来た車へと向かう。

「……悪い、ちょっと眠らせてくれ。色々と使い果たした……」

 車の後部座席のドアを開いたアレクは、そのまま乗り込んで横になってしまった。狭い後部座席で窮屈そうに大きな体を丸め、すぐに寝息をたて始める。アレクの疲労を察し、俺はそっと車のドアを閉めた。

「店長は大丈夫なんですか?」

「僕? そりゃ疲れたよ、早く帰ってゆっくりお風呂に浸かりたい。頑張った自分へのご褒美用にとっておいたワイン……今夜、開けちゃおうかな」

 この人はまだまだ大丈夫そうだ……。
 そして、笹川さんのよだれでベトベトになった勾玉は、アパートの鍵と一緒に無事に俺のポケットに戻って来たのだった。
 アパートに帰ってから、ものすごく念入りに洗いまくったことは言うまでもない。
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