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ビスクドール編
体調不良
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「あ、あの……すみません、痛むのはお腹のどの辺ですか?」
「みぞおち、かしら」
一緒だ――…!!
七瀬さんは今も痛むのか、軽く眉を寄せてお腹に手をあてた。
俺は何にも感じないし何の影響も受けないはずじゃなかったのか?
霊感が全くのゼロじゃなかったとか?
祓い屋の手伝いをしてるうちに少しずつ目覚めて来た……とか?
何にしろ、俺は七瀬さんと一緒に何かの悪い影響を受けてしまってるのは間違いない。
その時、リビングのドアが開き店長とアレクが入ってきた。
「素晴らしいコレクションですね、ゆっくり拝見しました。ありがとうございます」
七瀬さんに礼を言う店長の横をすり抜け、アレクは真っ直ぐに俺へと近づいて心配そうに顔を覗き込んでくる。
「都築、さっきより顔色が悪くなってるぞ……大丈夫なのか?」
「あぁ、うん……熱も測らせてもらったんだけど、微熱程度だったし心配いらないと思う」
何言ってんだ、俺!
俺、影響受けちゃってるんだ! 痛いし、怖い!!
今すぐここから逃げ出したい!
正直に言えばいいのに……そんなこと言って撤収にでもなったら、店長たちの祓いの邪魔をすることになるかも知れない。俺はグッと奥歯を噛み締めた。
「すみません、大切なお願いがあるのですが……少しお話いいですか?」
七瀬さんのOKも待たず、店長はソファに腰を降ろした。
アレクは俺の隣に座り、まだ心配そうに俺にちらちら視線を向けてくる。俺は「大丈夫」となんとか笑ってみせた。
「なんでしょう?」
いきなり「大切なお願い」なんて言われた七瀬さんは、ちょっと警戒するように店長を見る。
「七瀬さんのコレクションを拝見したところ、歴史的にも美術的にも大変価値の高いものをいくつもお持ちで驚きました。もし良ければ、うちの店をギャラリーとして展覧会をさせていただけないかと思いまして……」
店長は胸ポケットから名刺を取り出し、七瀬さんへ差し出した。
店名や店の住所、店長の名前以外にも店のロゴマークのようなものまで印刷されている。
名刺があるだけで「ちゃんとした」感じが出るのがすごい。
きっと人形に問題があるのは確かなのだろう。
ここから持ち出し、きちんと「祓い」を行うために展覧会として借りるつもりか。
店長、考えたな。
「人形の展覧会ですか?」
「はい、うちの店では定期的にギャラリーとしてスペースを解放し、演奏会や絵画などお客様方に芸術に触れていただく企画をしています。女性のお客様が多いので七瀬さんのコレクションはとても喜ばれると思うのですが、いかがでしょう?」
そんな事してるの見たことないぞ。
店長、今思いついたのか……。
「…………」
七瀬さんは考え込んでしまった。
すぐに断らない辺り、コレクションの価値を認められて嬉しい気持ちもあるのだろう。
もう一押しと思ったのか店長が言葉を続ける。
「もちろん、人形は美術品として絵画と同様きちんと保険をかけ、持ち運びや展示にも細心の注意を払います。貸し出し一体ずつそれなりの謝礼金もご用意させていただきます」
流れるような店長の説明……やり手の営業マンのようだ。
七瀬さんは目を瞬かせながら戸惑うように店長の話を聞いていたが、しばらく黙って考え込んだ後、頷いた。
「分かりました」
「ありがとうございます! それでは明日、契約書を作成して人形をお借りしに参ります」
「明日? そんな急に?」
「はい、会場設営などの準備やパンフレットのための写真撮影など、早めにお借りしたいと思います。それでは明日同じ時間に伺いますので、よろしくお願い致します」
七瀬さんに疑問を抱く間も与えず、店長はどんどん話をすすめていく。
悪徳商法の手法を目の当たりにしてるような複雑な気分だ。
「……分かりました」
「それでは、本日は突然お邪魔してすみませんでした。ありがとうございました!」
笑顔でソファから立ち上がった店長は七瀬さんの手を取り、商談成立とばかりにしっかりと握手した。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「都築、本当に大丈夫なのか?」
店に戻った俺は、そのまま店舗奥のソファで休ませてもらっていた。
アレクが心配そうに声をかけてくる。
店長が市販の解熱鎮痛剤と一緒にコップに水を入れてきてくれた。
「ありがとうございます」
コップを受け取り、俺は錠剤を口に含んでから水と一緒に喉へと流し込む。
冷たい水が全身に染みわたっていく感覚が心地いい。
俺はホッと息を吐いた。
店長は口元に手をあて、観察するように俺をじっと見つめてくる。
「症状は、腹痛、吐き気、微熱……か」
「はい、七瀬さんと全く同じです」
アレクは厳しい表情で俺と店長を見比べた。
「尾張、これはどう考えても……『貰ってきてしまった』という事だよな? けど都築は体質的に大丈夫なはずじゃなかったのか? どうなってるんだ……都築に霊感が発現した? いや、元々少しでもあったなら『祓い』の手伝いをしているうちに霊感が刺激されてより敏感になるってことはあるかも知れないが、全くのゼロから発現するなんてこと、あるだろうか……」
「いや、もし少しでも都築くんに霊感が発現したら、その瞬間に僕から流してる逆凪で即死だ」
おい、ちょっと待て……!!
「今の時点では何とも言えないな……。影響を受けないと言っても、何でもかんでもってわけじゃなく、種類によってはしっかり影響を受けてしまうって可能性もある」
「種類……?」
俺の問いかけに店長は軽く頷いた。
「都築くん、実体のある物理的な攻撃には普通にダメージを受けるよね?」
「はい、普通の人間なんで」
「例えば、『悪魔』なんかは完全な霊体じゃないんだ。霊体と物体半々……てとこかな。もしかしたらそういうモノからの攻撃にはダメージを受けてしまうという可能性だってある」
「なるほど……って、悪魔っ!?」
悪魔……実在したのか……。
いや、神社の絵馬事件で神様だっていたんだから、悪魔がいても不思議じゃない。
「とにかく、まだ情報不足だ。今日見た感じだと人形に何かあるのは間違いない。でもあの場で一体ずつ解体して調べるわけにもいかなかったからね。明日借りてきたら一体ずつ、髪の毛一本からドレスのボタン一つまで……全部、徹底的に調べさせてもらおうじゃないか」
あれ? なんか……店長いつになく顔が怖い。
もしかして俺のことを心配してくれてるのだろうか。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
解熱鎮痛剤が効いたのか、腹痛が和らいできた俺はアレクにアパートまで送ってもらった。
部屋に入るなり万年布団に直行する俺をアレクはもの凄く心配し、食べやすそうなゼリーや飲み物、額に貼る冷却シートなど色々コンビニへ買い出しにまで行ってくれたのだ。
ありがとう! 心の友!
しかしそこから熱は上がり始め、俺はせっかくアレクが買ってきてくれた大好物の桃ゼリーすら一口食べるのがやっとだった。熱で頭がぼんやりして思考もまとまらない。
同じ症状とはいえ、七瀬さんより酷くないか?
ふいに冷たいものが右手に触れる。
かすむ視界の中、アレクが十字架のネックレスを俺の手に握らせてくれていた。
金属の冷たさが心地いい。
何も見えず何も感じないことを、今まで何度か寂しく思ったこともあったが、俺は間違ってた! 自分がどれほど恵まれた体質だったのかを俺はようやく思い知ったのだった。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
翌日――…。
なんとアレクは一晩俺に付き添ってくれていた。
アレクに連れられて何とか店に着いた時には、もう昼前だった。店の前にはトラックが停まっていて、白い手袋をした専門の運搬業者のような人達が人形を店に運び込んでいる。ちょうど作業が終わるところだったようだ。
「ありがとうございましたー!」
愛想よく笑顔でトラックに乗り込み帰っていくおじさん達を見送り、俺とアレクは店内へと入った。
「みぞおち、かしら」
一緒だ――…!!
七瀬さんは今も痛むのか、軽く眉を寄せてお腹に手をあてた。
俺は何にも感じないし何の影響も受けないはずじゃなかったのか?
霊感が全くのゼロじゃなかったとか?
祓い屋の手伝いをしてるうちに少しずつ目覚めて来た……とか?
何にしろ、俺は七瀬さんと一緒に何かの悪い影響を受けてしまってるのは間違いない。
その時、リビングのドアが開き店長とアレクが入ってきた。
「素晴らしいコレクションですね、ゆっくり拝見しました。ありがとうございます」
七瀬さんに礼を言う店長の横をすり抜け、アレクは真っ直ぐに俺へと近づいて心配そうに顔を覗き込んでくる。
「都築、さっきより顔色が悪くなってるぞ……大丈夫なのか?」
「あぁ、うん……熱も測らせてもらったんだけど、微熱程度だったし心配いらないと思う」
何言ってんだ、俺!
俺、影響受けちゃってるんだ! 痛いし、怖い!!
今すぐここから逃げ出したい!
正直に言えばいいのに……そんなこと言って撤収にでもなったら、店長たちの祓いの邪魔をすることになるかも知れない。俺はグッと奥歯を噛み締めた。
「すみません、大切なお願いがあるのですが……少しお話いいですか?」
七瀬さんのOKも待たず、店長はソファに腰を降ろした。
アレクは俺の隣に座り、まだ心配そうに俺にちらちら視線を向けてくる。俺は「大丈夫」となんとか笑ってみせた。
「なんでしょう?」
いきなり「大切なお願い」なんて言われた七瀬さんは、ちょっと警戒するように店長を見る。
「七瀬さんのコレクションを拝見したところ、歴史的にも美術的にも大変価値の高いものをいくつもお持ちで驚きました。もし良ければ、うちの店をギャラリーとして展覧会をさせていただけないかと思いまして……」
店長は胸ポケットから名刺を取り出し、七瀬さんへ差し出した。
店名や店の住所、店長の名前以外にも店のロゴマークのようなものまで印刷されている。
名刺があるだけで「ちゃんとした」感じが出るのがすごい。
きっと人形に問題があるのは確かなのだろう。
ここから持ち出し、きちんと「祓い」を行うために展覧会として借りるつもりか。
店長、考えたな。
「人形の展覧会ですか?」
「はい、うちの店では定期的にギャラリーとしてスペースを解放し、演奏会や絵画などお客様方に芸術に触れていただく企画をしています。女性のお客様が多いので七瀬さんのコレクションはとても喜ばれると思うのですが、いかがでしょう?」
そんな事してるの見たことないぞ。
店長、今思いついたのか……。
「…………」
七瀬さんは考え込んでしまった。
すぐに断らない辺り、コレクションの価値を認められて嬉しい気持ちもあるのだろう。
もう一押しと思ったのか店長が言葉を続ける。
「もちろん、人形は美術品として絵画と同様きちんと保険をかけ、持ち運びや展示にも細心の注意を払います。貸し出し一体ずつそれなりの謝礼金もご用意させていただきます」
流れるような店長の説明……やり手の営業マンのようだ。
七瀬さんは目を瞬かせながら戸惑うように店長の話を聞いていたが、しばらく黙って考え込んだ後、頷いた。
「分かりました」
「ありがとうございます! それでは明日、契約書を作成して人形をお借りしに参ります」
「明日? そんな急に?」
「はい、会場設営などの準備やパンフレットのための写真撮影など、早めにお借りしたいと思います。それでは明日同じ時間に伺いますので、よろしくお願い致します」
七瀬さんに疑問を抱く間も与えず、店長はどんどん話をすすめていく。
悪徳商法の手法を目の当たりにしてるような複雑な気分だ。
「……分かりました」
「それでは、本日は突然お邪魔してすみませんでした。ありがとうございました!」
笑顔でソファから立ち上がった店長は七瀬さんの手を取り、商談成立とばかりにしっかりと握手した。
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「都築、本当に大丈夫なのか?」
店に戻った俺は、そのまま店舗奥のソファで休ませてもらっていた。
アレクが心配そうに声をかけてくる。
店長が市販の解熱鎮痛剤と一緒にコップに水を入れてきてくれた。
「ありがとうございます」
コップを受け取り、俺は錠剤を口に含んでから水と一緒に喉へと流し込む。
冷たい水が全身に染みわたっていく感覚が心地いい。
俺はホッと息を吐いた。
店長は口元に手をあて、観察するように俺をじっと見つめてくる。
「症状は、腹痛、吐き気、微熱……か」
「はい、七瀬さんと全く同じです」
アレクは厳しい表情で俺と店長を見比べた。
「尾張、これはどう考えても……『貰ってきてしまった』という事だよな? けど都築は体質的に大丈夫なはずじゃなかったのか? どうなってるんだ……都築に霊感が発現した? いや、元々少しでもあったなら『祓い』の手伝いをしているうちに霊感が刺激されてより敏感になるってことはあるかも知れないが、全くのゼロから発現するなんてこと、あるだろうか……」
「いや、もし少しでも都築くんに霊感が発現したら、その瞬間に僕から流してる逆凪で即死だ」
おい、ちょっと待て……!!
「今の時点では何とも言えないな……。影響を受けないと言っても、何でもかんでもってわけじゃなく、種類によってはしっかり影響を受けてしまうって可能性もある」
「種類……?」
俺の問いかけに店長は軽く頷いた。
「都築くん、実体のある物理的な攻撃には普通にダメージを受けるよね?」
「はい、普通の人間なんで」
「例えば、『悪魔』なんかは完全な霊体じゃないんだ。霊体と物体半々……てとこかな。もしかしたらそういうモノからの攻撃にはダメージを受けてしまうという可能性だってある」
「なるほど……って、悪魔っ!?」
悪魔……実在したのか……。
いや、神社の絵馬事件で神様だっていたんだから、悪魔がいても不思議じゃない。
「とにかく、まだ情報不足だ。今日見た感じだと人形に何かあるのは間違いない。でもあの場で一体ずつ解体して調べるわけにもいかなかったからね。明日借りてきたら一体ずつ、髪の毛一本からドレスのボタン一つまで……全部、徹底的に調べさせてもらおうじゃないか」
あれ? なんか……店長いつになく顔が怖い。
もしかして俺のことを心配してくれてるのだろうか。
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解熱鎮痛剤が効いたのか、腹痛が和らいできた俺はアレクにアパートまで送ってもらった。
部屋に入るなり万年布団に直行する俺をアレクはもの凄く心配し、食べやすそうなゼリーや飲み物、額に貼る冷却シートなど色々コンビニへ買い出しにまで行ってくれたのだ。
ありがとう! 心の友!
しかしそこから熱は上がり始め、俺はせっかくアレクが買ってきてくれた大好物の桃ゼリーすら一口食べるのがやっとだった。熱で頭がぼんやりして思考もまとまらない。
同じ症状とはいえ、七瀬さんより酷くないか?
ふいに冷たいものが右手に触れる。
かすむ視界の中、アレクが十字架のネックレスを俺の手に握らせてくれていた。
金属の冷たさが心地いい。
何も見えず何も感じないことを、今まで何度か寂しく思ったこともあったが、俺は間違ってた! 自分がどれほど恵まれた体質だったのかを俺はようやく思い知ったのだった。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
翌日――…。
なんとアレクは一晩俺に付き添ってくれていた。
アレクに連れられて何とか店に着いた時には、もう昼前だった。店の前にはトラックが停まっていて、白い手袋をした専門の運搬業者のような人達が人形を店に運び込んでいる。ちょうど作業が終わるところだったようだ。
「ありがとうございましたー!」
愛想よく笑顔でトラックに乗り込み帰っていくおじさん達を見送り、俺とアレクは店内へと入った。
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