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霊媒編

終結!酢豚戦争

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「ありがとうございましたーっ!」

 ランチタイム最後の客を見送った俺は店内へ戻り、残っていた皿をトレイにまとめてカウンターへ運ぶ。

「店長、新メニューの『ヘルシープレート』の日替わりミニデザートですけど、今日のティラミスすっごい好評でしたよ! 他のプレートにもミニデザートつけてみたら喜ばれるかも知れませんね」

 話しながらテーブルを拭いていると、店長がカウンター奥からまかないを運んできてくれた。

「なるほど……、ミニデザートならたいした手間じゃないし、考えてみてもいいかもね。都築くん、冷めないうちに食べちゃって」

「はーいっ! 今日のまかないは何かな~?」

 わくわくとカウンターに腰を下ろした俺の目の前にあったのは……。

「え?――…酢豚?」

 いや、待て! これは……!!
 酢豚のあちこちに、甘酢タレをまとって黄金に輝くパイナップルが顔を覗かせているじゃないか!!
 店長、あんなに「酢豚にパイナップルはなし!」って主張してたのに……。

「あの……これは、いったい?」

「僕の分には入れてない。都築くんの分にだけだよ」

 ぷいっとそっぽを向いてしまう店長……いきなりのツンデレ発動か!?
 いや、これは素直に喜ぶべきだ!!

「ありがとうございます! 店長!! いっただっきまーっす!!」

 俺は思いっきりの笑顔で店長に感謝を伝え、パン! と手を合わせた。
 さっそく箸を構え、食べ始める。
 ごろごろの豚肉は食べ応え抜群! 甘酢タレが絡んだ人参もピーマンも玉ねぎも……どれもこれも白飯との相性はばっちりだ。
 そして――…パイナップル!!
 こってりの甘酢タレとパイナップルのさわやかな酸味は最強コンビと言えよう!

 豆腐とワカメの入った玉子スープをすすって、いったん一息ついた俺は、豚肉とパイナップルをほかほかご飯にのせて一気にかき込む。

 し・あ・わ・せ――…!!

「美味しいです! 店長! すっごく美味しいです!!」

 箸が止まらない俺を、店長は苦笑しつつ眺めている。
 あぁ~、やっぱり「ムーンサイド」で働いてて良かった!

 俺は旨みたっぷりの豚肉と幸せをめいっぱい噛み締めたのだった。




「あ、そうだ! 店長、夜の営業前の休憩時間に、俺ちょっと外に出てきていいですか?」

 綺麗に空になった皿を厨房の流し台で洗い終わった俺は、手を拭きながら店長に声をかけた。

「いいけど、珍しいね」

 カウンターでランチ営業の帳簿をつけていた店長が顔をあげ、不思議そうにこっちを見る。

「ちょっと買い物に行きたくて……」

「買い物?」

「ドッグフードを買いに行ってきます!」

 店長の手からペンが滑り落ちた。

「都築くん、もしかして……そのドッグフードって、犬神に?」

「はい! まつったりとか難しいことは出来ないけど、せめておそなえ物くらいはと思って!」

「――…っぷ」

 えっ!?
 店長はいきなりカウンターに突っ伏し、ふるふると肩を震わせて笑いだした。

「ちょっと! 何なんですかっ? 何がおかしいんですかっ!?」

「ごめんごめん、犬神へのお供えでドッグフードね……っぷ、くくくっ……まったく、都築くんにはかなわないなぁ……」

 楽しそうな店長……俺、そんなに変なこと言ったか?
 ちょっぴりムッとして、俺は店長を軽く睨んだ。

「そんなに笑うなら、正しい『お供え物』ってのを教えてください」

「いやいや、こういうのは気持ちが大事だから! うん、いいと思うよ……ドッグフード!」

「…………」



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



「これでよし!」

 バータイムの営業が始まるまで残りニ十分くらいか……、俺は近くのスーパーで買ってきたドッグフードを自分のロッカーへ入れ、パタンと扉を閉めた。
 店舗前の掃除もしたし、店内装飾の入れ替えもOK! 他に何か忘れてることはないかと考えつつ事務所を出ると、店長が女の子を招き入れるところだった。

「お客様ですか?」

「あぁ、予約はなしだけど祓いのお客様だよ」

 珍しい。
 店の前に「祓い」や「占い」の看板を出していないため、いきなり飛び込みの客が来るなんて俺の記憶では初めてじゃないだろうか。
 見れば、千代ちゃんと同じ高校の制服を着ている。
 なるほど……学校の怪奇事件を解決したのがいい宣伝になったのだろう。

 だが! うちの「祓い料金」分かってるんだろうか……。
 かなりいいお値段ですよ?

 俺の心配をよそに、店長は彼女を店舗奥のソファセットへと促した。

「まずはお話を伺って、ご依頼されるかどうかは料金と相談なさってからで大丈夫です」

 女子高生はずいぶん緊張しているようだ。ちょっと顔が強張っている。
 店長が優しく声をかけると、彼女はようやくソファへ腰を下ろした。

 俺は女子高生に軽く頭を下げてから厨房に入り、お客様用の湯呑を取り出した。
 二人の話を聞きながら、お茶を淹れようとして手を止める。

 相手は女子高生だぞ……緑茶じゃダメな気がする。

 少し考え、俺はグラスを取り出すと冷蔵庫からオレンジジュースを出して注いだ。
 店長にはいつも通りの緑茶を淹れてトレイにのせ、二人の元へ運ぶ。

 それぞれの前にグラスと湯呑を置き、二人の会話の邪魔にならないよう、俺は遠慮がちに店長の隣に座った。

「とにかく、毎日怖くて不気味で……どうしたらいいのか……」

「ふむ……いつでも常に見えてるわけではないのかな?」

「はい、何かのタイミングでスイッチが入るみたいに……急に見えるようになるんです。でもしばらくするとだんだん見えなくなって……でも、ほとんど毎日だからずっと怖いんです」

 女子高生の相談を一言でまとめると「見たくもない霊が見えて困る」というものだった。
 彼女の名前は百園ももぞのさん。
 千代ちゃんと同じ高校の一年生だそうだ。
 自力で祓う能力はないのに「見える」というのは、また……かなりキツいだろう。

 喉が渇いていたのか、百園さんはオレンジジュースをコクコクと飲み、ホッと小さく息を吐いた。
 店長も何やら考えながら湯呑を口に運び、改めて百園さんを観察するように見つめた。

「今は見えていないよね?」

「はい、何も……」

 何だろう……今もし百園さんが「ばっちり見える」状態だったら、こんな風にゆっくり座ってジュースなんか飲んでられないようなモノがここに居るっていうのか?

「思春期の……特に女の子は一時的に霊感が強まることがある。そういうものなら、御守りやお札を上手に使って大人になるまでやり過ごすってのが一般的だけど……」

「私は小さい頃からずっとなんです……物心ついた頃にはもう、そんな状態でした」

「それなら、生まれつき『見える』体質ってことか……」

 店長は、ふむ……と口元に手をあてて考え込んだ。
 小さい頃からずっと?
 毎日がお化け屋敷&ホラー映画状態ってことか……さすがにそれはキツいだろう。

「選択肢としては二つ、かな。一つめは、御守りやお札を定期購入してそれらを寄せ付けないようにする。まぁ一生買い続けるのはけっこう大変だと思うけど……」

 お祓いアイテムの定期販売とは……さては店長、商売の幅を拡げようとしてるな。

「二つめは、自力で祓えるようにする。見えたらその都度消してしまうというやり方だ。霊感がそれだけ強いなら、霊力だって修行次第でそこそこ使い物になるんじゃないかな。霊感が強いというのを忌々しい体質だと思わず、『才能』と考えてそれを伸ばす。もし商売としてやっていけるようになったら、普通の会社員よりずっと儲かるよ」

 店長の言葉に、百園さんは驚いたように目を瞬かせた。
 まさに『目からウロコ』のプラス思考!

「どちらを選ぶかは、君が決めることだ」
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