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マンション編
突然の闘い
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「誰かいるの?」
え? 聞き覚えのある声――…こ、この声はっ!
「たちば――…っ、じゃない! 万里っ!!」
リビングの入口に姿を現したのは、紛れもなく万里だった。
俺と店長を見て、不思議そうに丸い目をパチクリさせている。
「あれ? 都築、……そっちは確か、ムーンサイドの尾張サンだっけ。こんなとこで何してるの?」
「それはこっちの台詞だっ! まさかお前が、ここに霊をため込んでたってのか!?」
驚いて万里に詰め寄る俺の後ろから、店長の冷静な声が飛ぶ。
「僕の顔、知ってるんだ? まぁ、そうだろね」
万里は完全に俺を無視し、軽く首を傾げて店長へと愛らしく微笑んだ。
あざとく笑うな!
「そりゃ知ってるよ、有名人だもん。それに、出来れば仲良くなりたかったんだけど――…」
そこまで言って万里はいったん口をつぐみ、くるりと周りを見渡した。
「あ~、俺がためといた霊……全部祓っちゃった? 喰い合いして、けっこう強くなってるのもいたと思うけど……」
店長は軽く目を細め、万里を観察するように見つめた。
「喰い合いさせて、弱いのを取り込んで強くなった霊を、それに喰わせる予定だった?」
それ???
俺は店長の視線の先へと目をやる。万里の背後に……何かいるのか?
あぁ、もう! いちいち見えないせいで、いっつも蚊帳の外だ!!
「うん、大正解! ちょうどいい霊道を見つけたと思ったのになぁ……そっかぁ、全部祓っちゃったのかぁ」
俺一人状況が掴めないまま、どんどん進んでいく会話に、俺はとうとう我慢できず「待った!」をかけた。
「ちょっと待って下さい! いったい、何が、どうなってるんですかっ!?」
大きな声を出した俺に、万里は軽く目を瞬かせたが怯んだ様子は全くない。
店長は厳しい瞳で万里を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「これは、霊を使った『蠱毒』だよ――…」
「こどく???」
またしても、知らない専門用語が出てきたぞ。
すると、万里がちょっと驚いたようにわざとらしい声を上げた。
「えぇ~っ? 都築、蠱毒知らないの? けっこう有名な呪術なのに。壺とか、小さな入れ物の中に大量の生き物を閉じ込めて共食いさせて、最後に残った一匹を呪詛の媒体にするんだよ」
なんだ、その酷い呪術は……犬神の作り方もかなりキツかったが、そんなのばっかりか!?
てか、そんなもん知らなくても全く恥ずかしくないぞ!
「え……、てことは、つまり?」
俺は混乱しつつも、店長と万里を見比べた。
店長は苦々しく吐き捨てるように言った。
「蠱毒で強くなった霊を、自分の手持ちの式神に喰わせる……」
「うん! その辺の低級霊を喰わせてまわるより、ずっと効率的でしょ!」
なんだ、こいつ――…っ!?
ちょっと得意げに無邪気に笑う万里を、俺は未知の生物のように感じた。
店長は万里ではなく、その後ろの空間をずっと見つめている。万里が連れているという式神を警戒しているようだ。
「しかも、人間の霊を式神に使うなんて……蠱毒もだけど、どうして禁忌の術式を使う?」
人間の霊っ!? そうだ、万里が病院で言ってたじゃないか! 人間の霊を式神にしようとしてるって……成功したのか!?
俺は信じられない思いで万里を見た。
店長からの問いに、万里は不思議そうに首を傾げる。
「禁忌なんて、俺の知らない他人が知らないとこで勝手に作ったルールでしょ? 何で俺が守らなきゃいけないわけ?」
俺は直感した。
社会のルールを破りたい思春期とか反抗期とか、そういうんじゃない。
万里は本当に「分からない」んだ。
万里は歌うように続ける。
「その術式が存在するってことは、人間がそれを求めたってことでしょ。先人が組み上げてくれたすごい術式を、ありがたく有効活用させてもらって、さらにすごいモノに高めていく――…それこそが、俺たちの最大の使命であり欲望だと思わない? ね、尾張サン」
「思わない」
「えぇ~っ!?」
店長の即答に、万里はちょっぴり悲しそうに不満気な声を上げた。
「尾張サンなら、分かってくれると思ったんだけどなぁ……残念」
ぷぅ……と、拗ねたように頬を膨らませた万里を、店長はふんっと鼻で笑った。
「悪いけど、僕は術式や能力をいかに高めるかより、唐揚げの調味液の配合や最適な漬け込み時間の方がずっと興味ある」
料理か!!!!
一瞬ポカンと間抜けな表情をした万里は、すぐに大笑いしだした。
「くっくくく、……っ、あはははっ……尾張サン、おもしろーい!」
その時、突然――…
左手で護符を取り出した店長は右手で印を結び、万里へ向かって構えた。
「て、店長っ!?」
「人間の霊を式神にしてる以上、放っておくわけにいかない。その魂の呪縛、解かせてもらうよ」
店長が呪文を唱えようと口を開きかけた、その時――…、
「――……っ!?」
ふいに万里が上体を屈めた。コートのポケットから何かを取り出す。
水筒っ!?
マイボトルとして良く見かけるタイプの、小さなステンレス水筒だ。
万里はまるでダンスのステップでも踏むように、ひらりと背後に飛びながらクルルッと蓋を回して開けた。内蓋はなく、丸く開いた水筒の口を店長へと向ける。
「管狐っ!?」
店長の驚きの声が響く。
と同時に、店長の肩、肘、太腿――…全身あちこちが銃にでも撃たれたように血が弾ける。肉が裂けるような鈍い音と共にスローモーションのように赤い飛沫が散るのを、俺の瞳ははっきりと捉えた。
「店長っ!!」
目の前の光景が信じられない、理解できない。
これは何だ? 俺が見てるのは――…何だ?
「ぐっ――…ッ、……まさか、管狐まで使えるなんて……油断したっ……、……」
崩れるように膝をつきながらも、店長は印を解かない。
呪文を唱えだしたが、店長の傷はみるみる増えていく。
俺は弾かれたように万里へ駆け寄り、水筒を持っている手をガシッと掴んだ。手首を強く捻ると、水筒が床に転がり落ちる。
「いったーい! 都築、痛いってばっ!」
「今すぐ止めろっ! 止めさせろっ! 万里っ!!!!」
怒鳴りつける俺を、万里は涙目でキッと睨みつけた。
「尾張サンの方から仕掛けてきたのに! 俺はやり返しただけじゃん!」
「それでも止めさせろ! でないと――…!」
「でないと、何? 都築は術も使えないシロウトなんだろ? それとも犬神使って俺を殺す? そんなの、俺がやってる事と一緒だよ?」
「パトラッシュにそんな事させるかっ! バカッ!!!!」
俺は暴れる万里ともつれ合うように床へと転がり、あっという間に取っ組み合いに勝利した! 一介のインドア派大学生の俺でも勝てるほど、万里は橘と同じく細いし、ちっこいし、非力だ。
馬乗り状態で、万里の両腕をそれぞれ膝で押さえつけ、空いた両手で万里の両頬を掴む。
「でないと、こうだっ!!」
「何すんのっ!? や、やめ――…っ!」
万里の両頬を、思いっきりムニ~~~~ッ!!と抓る。
手足をばたつかせる万里だが、そんな細腕で俺の体重をはね退けるなど不可能!
「いっ、いひゃい! いひゃいって! いやぁあ~~~っ!」
涙目で痛がる万里の顔が、一瞬橘と被って見え、思わず俺の手から力が抜けた。
何故か鼻の奥がツンと痛い。
「頼む――…から、……止めさせて、くれ……」
真っ赤に頬を腫らした万里を見下ろし、俺は絞り出すように頼んだ。声が震える。
「もう……、止めさせたよ……」
ポツリと零れた万里の言葉に、俺は店長の方を振り向いた。床に座り込んでいるが、もう攻撃はされていないようだ。
生きてる! ――…良かった!!
しかし店長の傷は多く、深そうで、滴り落ちる血が痛々しい。
俺は万里から離れ、店長へと駆け寄った。
「店長っ!」
万里は起き上がり、床に転がっていた水筒を拾い上げると、小さく何か唱えてからキュッと蓋をした。
「こっちだって大損害だよ、管狐を三匹も失うなんて……やっぱ、尾張サン強いなぁ」
ぶつぶつと文句を垂れつつ、万里はマイボトルをコートのポケットへしまい、くるりと俺たちに背を向けて出ていく。
「――…待っ、……」
引きとめようとした俺の言葉が止まる。
店長の手が俺の服を掴んでいた。「追うな」「引きとめるな」と言われてる気がして、俺は出ていく万里をそのままに、血で濡れた店長の手を握った。
え? 聞き覚えのある声――…こ、この声はっ!
「たちば――…っ、じゃない! 万里っ!!」
リビングの入口に姿を現したのは、紛れもなく万里だった。
俺と店長を見て、不思議そうに丸い目をパチクリさせている。
「あれ? 都築、……そっちは確か、ムーンサイドの尾張サンだっけ。こんなとこで何してるの?」
「それはこっちの台詞だっ! まさかお前が、ここに霊をため込んでたってのか!?」
驚いて万里に詰め寄る俺の後ろから、店長の冷静な声が飛ぶ。
「僕の顔、知ってるんだ? まぁ、そうだろね」
万里は完全に俺を無視し、軽く首を傾げて店長へと愛らしく微笑んだ。
あざとく笑うな!
「そりゃ知ってるよ、有名人だもん。それに、出来れば仲良くなりたかったんだけど――…」
そこまで言って万里はいったん口をつぐみ、くるりと周りを見渡した。
「あ~、俺がためといた霊……全部祓っちゃった? 喰い合いして、けっこう強くなってるのもいたと思うけど……」
店長は軽く目を細め、万里を観察するように見つめた。
「喰い合いさせて、弱いのを取り込んで強くなった霊を、それに喰わせる予定だった?」
それ???
俺は店長の視線の先へと目をやる。万里の背後に……何かいるのか?
あぁ、もう! いちいち見えないせいで、いっつも蚊帳の外だ!!
「うん、大正解! ちょうどいい霊道を見つけたと思ったのになぁ……そっかぁ、全部祓っちゃったのかぁ」
俺一人状況が掴めないまま、どんどん進んでいく会話に、俺はとうとう我慢できず「待った!」をかけた。
「ちょっと待って下さい! いったい、何が、どうなってるんですかっ!?」
大きな声を出した俺に、万里は軽く目を瞬かせたが怯んだ様子は全くない。
店長は厳しい瞳で万里を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「これは、霊を使った『蠱毒』だよ――…」
「こどく???」
またしても、知らない専門用語が出てきたぞ。
すると、万里がちょっと驚いたようにわざとらしい声を上げた。
「えぇ~っ? 都築、蠱毒知らないの? けっこう有名な呪術なのに。壺とか、小さな入れ物の中に大量の生き物を閉じ込めて共食いさせて、最後に残った一匹を呪詛の媒体にするんだよ」
なんだ、その酷い呪術は……犬神の作り方もかなりキツかったが、そんなのばっかりか!?
てか、そんなもん知らなくても全く恥ずかしくないぞ!
「え……、てことは、つまり?」
俺は混乱しつつも、店長と万里を見比べた。
店長は苦々しく吐き捨てるように言った。
「蠱毒で強くなった霊を、自分の手持ちの式神に喰わせる……」
「うん! その辺の低級霊を喰わせてまわるより、ずっと効率的でしょ!」
なんだ、こいつ――…っ!?
ちょっと得意げに無邪気に笑う万里を、俺は未知の生物のように感じた。
店長は万里ではなく、その後ろの空間をずっと見つめている。万里が連れているという式神を警戒しているようだ。
「しかも、人間の霊を式神に使うなんて……蠱毒もだけど、どうして禁忌の術式を使う?」
人間の霊っ!? そうだ、万里が病院で言ってたじゃないか! 人間の霊を式神にしようとしてるって……成功したのか!?
俺は信じられない思いで万里を見た。
店長からの問いに、万里は不思議そうに首を傾げる。
「禁忌なんて、俺の知らない他人が知らないとこで勝手に作ったルールでしょ? 何で俺が守らなきゃいけないわけ?」
俺は直感した。
社会のルールを破りたい思春期とか反抗期とか、そういうんじゃない。
万里は本当に「分からない」んだ。
万里は歌うように続ける。
「その術式が存在するってことは、人間がそれを求めたってことでしょ。先人が組み上げてくれたすごい術式を、ありがたく有効活用させてもらって、さらにすごいモノに高めていく――…それこそが、俺たちの最大の使命であり欲望だと思わない? ね、尾張サン」
「思わない」
「えぇ~っ!?」
店長の即答に、万里はちょっぴり悲しそうに不満気な声を上げた。
「尾張サンなら、分かってくれると思ったんだけどなぁ……残念」
ぷぅ……と、拗ねたように頬を膨らませた万里を、店長はふんっと鼻で笑った。
「悪いけど、僕は術式や能力をいかに高めるかより、唐揚げの調味液の配合や最適な漬け込み時間の方がずっと興味ある」
料理か!!!!
一瞬ポカンと間抜けな表情をした万里は、すぐに大笑いしだした。
「くっくくく、……っ、あはははっ……尾張サン、おもしろーい!」
その時、突然――…
左手で護符を取り出した店長は右手で印を結び、万里へ向かって構えた。
「て、店長っ!?」
「人間の霊を式神にしてる以上、放っておくわけにいかない。その魂の呪縛、解かせてもらうよ」
店長が呪文を唱えようと口を開きかけた、その時――…、
「――……っ!?」
ふいに万里が上体を屈めた。コートのポケットから何かを取り出す。
水筒っ!?
マイボトルとして良く見かけるタイプの、小さなステンレス水筒だ。
万里はまるでダンスのステップでも踏むように、ひらりと背後に飛びながらクルルッと蓋を回して開けた。内蓋はなく、丸く開いた水筒の口を店長へと向ける。
「管狐っ!?」
店長の驚きの声が響く。
と同時に、店長の肩、肘、太腿――…全身あちこちが銃にでも撃たれたように血が弾ける。肉が裂けるような鈍い音と共にスローモーションのように赤い飛沫が散るのを、俺の瞳ははっきりと捉えた。
「店長っ!!」
目の前の光景が信じられない、理解できない。
これは何だ? 俺が見てるのは――…何だ?
「ぐっ――…ッ、……まさか、管狐まで使えるなんて……油断したっ……、……」
崩れるように膝をつきながらも、店長は印を解かない。
呪文を唱えだしたが、店長の傷はみるみる増えていく。
俺は弾かれたように万里へ駆け寄り、水筒を持っている手をガシッと掴んだ。手首を強く捻ると、水筒が床に転がり落ちる。
「いったーい! 都築、痛いってばっ!」
「今すぐ止めろっ! 止めさせろっ! 万里っ!!!!」
怒鳴りつける俺を、万里は涙目でキッと睨みつけた。
「尾張サンの方から仕掛けてきたのに! 俺はやり返しただけじゃん!」
「それでも止めさせろ! でないと――…!」
「でないと、何? 都築は術も使えないシロウトなんだろ? それとも犬神使って俺を殺す? そんなの、俺がやってる事と一緒だよ?」
「パトラッシュにそんな事させるかっ! バカッ!!!!」
俺は暴れる万里ともつれ合うように床へと転がり、あっという間に取っ組み合いに勝利した! 一介のインドア派大学生の俺でも勝てるほど、万里は橘と同じく細いし、ちっこいし、非力だ。
馬乗り状態で、万里の両腕をそれぞれ膝で押さえつけ、空いた両手で万里の両頬を掴む。
「でないと、こうだっ!!」
「何すんのっ!? や、やめ――…っ!」
万里の両頬を、思いっきりムニ~~~~ッ!!と抓る。
手足をばたつかせる万里だが、そんな細腕で俺の体重をはね退けるなど不可能!
「いっ、いひゃい! いひゃいって! いやぁあ~~~っ!」
涙目で痛がる万里の顔が、一瞬橘と被って見え、思わず俺の手から力が抜けた。
何故か鼻の奥がツンと痛い。
「頼む――…から、……止めさせて、くれ……」
真っ赤に頬を腫らした万里を見下ろし、俺は絞り出すように頼んだ。声が震える。
「もう……、止めさせたよ……」
ポツリと零れた万里の言葉に、俺は店長の方を振り向いた。床に座り込んでいるが、もう攻撃はされていないようだ。
生きてる! ――…良かった!!
しかし店長の傷は多く、深そうで、滴り落ちる血が痛々しい。
俺は万里から離れ、店長へと駆け寄った。
「店長っ!」
万里は起き上がり、床に転がっていた水筒を拾い上げると、小さく何か唱えてからキュッと蓋をした。
「こっちだって大損害だよ、管狐を三匹も失うなんて……やっぱ、尾張サン強いなぁ」
ぶつぶつと文句を垂れつつ、万里はマイボトルをコートのポケットへしまい、くるりと俺たちに背を向けて出ていく。
「――…待っ、……」
引きとめようとした俺の言葉が止まる。
店長の手が俺の服を掴んでいた。「追うな」「引きとめるな」と言われてる気がして、俺は出ていく万里をそのままに、血で濡れた店長の手を握った。
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