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クルーズ編

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 俺は記憶に従って、女の子たちが納品された客室を順にまわっていく。

 最初の部屋にはすぐに着いた。
 薄く開いているドアからそっと中を覗くと、年配の女性が床に倒れている。
 中に入って見回すが、店長や女の子の姿はない。

 俺は女性に近づいて状態を確認した。生きてる、ただ気を失ってるだけだ。
 どこからどう見ても、ごく普通のオバサンだ。
 とてもじゃないが、人身売買で女の子を買い取るような人には見えない。
 俺は複雑な気分でオバサンから離れ、客室を出た。

 ここは救出完了だな。

 見取り図のルートを思い出し、次の客室へと向かう。
 次も、その次も……買い取り客と思われる人が倒れているだけで、店長と女の子の姿はない。

 順調みたいだ。

「次で最後か……」

 ずっと走りっぱなしで息がきれる。
 最後の客室の前に、店長の姿を見つけた。
 少し離れた防火扉の影に女の子が四人身を隠し、不安そうにしている。

「店長……っ……」

「都築くん、来たのか……」

 店長に近づき、俺は声をひそめた。

「ここで最後ですよね?」

「そうなんだけど、ちょっと面倒なことになってる」

「どうしたんですか?」

「僕が踏み込む前に、オークション主催のあの老人が橘くんを連れてこの部屋に入って行ったんだ」

「えっ!?」

 俺はドアへと目を向けた。しっかりと閉まっていて中の様子を伺い知ることは出来ない。

「入る時に聞こえた会話によると、橘くんに紹介したいお得意様っぽい」

「えぇ……、どうするんですか?」

 室内には、老人、眼鏡秘書、買い取り客、女の子、橘の五人……。
 わざわざ橘に紹介したいというからには、その客もかなりの大物と思われる。
 そして老人と眼鏡秘書も、この組織のトップなんだ。そうとうな能力者の可能性が高い。

 店長が渋い表情かおで呟いた。

「人数が多すぎる。狭い客室で混戦になったら女の子が流れ弾に当たる可能性もある。なるべく、混戦にならないようにするつもりだけど……」

 それはマズい……。

「中に突入したら、俺が盾になって女の子を庇って連れ出すってのはどうですか?」

「けっこう雑な作戦だね……うん、まぁ……それで行ってみようか」

 店長は小さく深呼吸してから、ドアをノックした。
 俺はドアの死角に隠れる。
 少し間があって、ドアが開いた。

「どなたですか?」

 対応に出てきたのは眼鏡秘書だった。
 店長を見て驚いたようだ。
 そりゃ、オークション始まって以来の最高額落札者がいきなり訪ねてきたんだもんな……。

「こちらのお客様に、何かご用でしょうか?」

 丁寧な口調で問いかける秘書に、店長は必殺極上スマイルを浮かべた。

「ちょっと大切なお話が――……、よろしいですか?」

「大切な話……?」

 店長はドアに手をかけた。
 いきなり、勢い良くドアをバンッ! と開き、眼鏡秘書の横をすり抜けるように部屋の中へと入った。隠れていた俺も飛び出して、店長に続く。

「なっ、なにごとだっ!?」

「うわぁああっ!!」

「犬神憑きっ!?」

 驚きの声が上がる。
 部屋に入った俺の目に飛び込んで来たのは、応接セットのソファに座る老人と客と思われる男性、そして橘。
 女の子の姿は――……いた!
 意識がないのか、部屋の隅に荷物のように転がされている。

 俺は迷うことなく一直線に女の子へ駆け寄った。
 助け起こすが、女の子の四肢はだらんと力なく垂れてしまう。荷物扱いして悪いが、俺は女の子を何とか担いだ。

 振り向くと――……、

「店長っ!?」

 店長は客と思われる男性の背後にピタリとつき、二本立てた指をその首筋に当てていた。
 まるで銃でも突き付けられているように、客は青ざめて体を強張らせている。
 
 老人と眼鏡秘書も、客と店長を凝視したまま動かない。
 まるで時間が止まってしまったかのようだ。

 店長はスッと目を細め、冷たく言い放った。

「動くと、首が飛びます」

 こっっっっわ!!!!
 あんた、暗殺者アサシンかよ!!!!

 頬を引きつらせた客が店長に問いかける。

「も、目的は何だ? 金かっ!?」

 強盗だと思われてるーーーーーっ!!!!

 しかし、心配した混戦にはならずに済んだようだ。
 良かった! ……のか?
 
 張りつめた空気の中、自由に動けるのは俺と橘だけだ。が、橘もあまりの展開に呆然と立ち尽くしている。
 そんな橘に、店長が声をかけた。

「橘くん、ぼーっとしてないで。ほら、さっさとその二人を片付けちゃって!」

 店長の台詞せりふがいちいち悪役っぽい!!
 
 橘は店長の言葉で、ハッと我に返ったように動いた。老人の前に立つ。

「た、橘様っ!?」

 老人は目をむいた。橘も俺たちの一味だと知って、かなりショックのようだ。

「騙していて、申し訳ありません」

 橘は本当に申し訳なさそうに謝った。
 そして、老人の視界を塞ぐよう、右手を目の前にかざした。
 何か呪文を唱えつつ、人差し指で老人の額に字のような物を書く。

 橘の髪が風をはらんだように、ふわりと揺れた。
 老人の体がドサッとソファに崩れ落ちる。

 橘は眼鏡秘書も同様に意識を失わせてしまった。
 そして、人質にされていた男性もまた、店長によって倒れてしまう。

 店長は、倒れている老人と眼鏡秘書を見下ろしてから、橘へと視線を投げた。

「もっと強い術、いくらでも使えるだろうに……これだと、何分もつか分からないよ?」

「これ以上強いものだと、精神崩壊を起こす可能性があるので……」

「そういう甘さが命取りに――……って、あぁもう! 説教してる場合じゃない、行こう!」

 店長が出口へと走り、橘も続いた。俺も女の子を抱えて後を追う。
 防火扉の影に隠れていた女の子たちも加わり、医務室へと急ぐ。

 先頭を行く店長を見ると、やっぱり脇腹を押さえている。……大丈夫か?

 医務室に着くと、八神医師が迎えてくれた。
 診察台から起き上がった百園さんは、顔色もずいぶんましになったようだ。

「驚いたな、本当に全員助けちまったのか……」

 八神医師は後から来た女の子たちにも、船の作業員や乗組員の制服を渡す。これだけの枚数を入手するのはさぞかし大変だったろう。

 店長はちょっと疲れたとでもいうていで壁にもたれかかった。

「橘くん、着替え終わった子たちに認識阻害かけてあげて。あれに関しては、僕より橘くんの方が上手だから」

「えっ? は、はいっ!!」

 負けず嫌いな店長の口から、『自分より上手だ』なんて驚きの言葉が飛び出し、橘は驚きながらも返事をして女の子たちの方へと近づく。

 俺は逆に店長の方へと歩み寄った。

「……都築くん?」

 不思議そうに俺を見る店長をジト目で睨みつける。

「失礼しますっ!!」

「えっ!? な、何っ!?」

 驚く店長の制服の裾を掴み、強引にガバッと捲り上げた。
 胴体に巻かれた包帯の脇腹の部分が赤く染まっている。

 やっぱり!!!!

「傷が開いちゃってるでしょう! なんで黙ってるんですか、おバカさんですか!!」

「だ、だって……格好悪いだろ、こんなの」

 拗ねたように頬を膨らませ、ぷいっと横を向いた店長に俺は軽い頭痛を覚えた。

「黙って我慢してる方が、よっぽどカッコ悪いです!!」

 んがーっ! と怒る俺に加勢するように、八神医師が消毒薬や医療器具を出してきた。

「都築の言う通りだぞ、ほら……応急手当するからこっち来い」

「で、でも時間がっ……!」

「逃げる手筈は整ってる。この船が港に着くまで十五分はここで待機だ。……この痛み止め飲んで、大人しく座れ」

 ちょっと強引な八神医師に、店長は諦めたように渋々従った。
 二人のやり取りを見ていると、どうやら完全に対等っぽい。
 八神医師がいてくれて本当に良かったと、俺はちょっぴり羨ましく二人の様子を眺めていた。
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