滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢

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09 交流の成果

ものは試し

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 初めて白玉の森からコムギ村に来たときは、森を抜けてからはゆっくり歩いて、ちょうど朝くらいに到着した。

 今回はさらにゆっくり歩いたみたいで、辿り着いたのはお昼前だった。
 人が多かったからかもしれない。

 移動中、お互いの世界のことについて情報を交換したりして、道中は結構楽しかった。


 コムギ村に到着すると、わたしたちはアリスメードさんたちが懇意にしている宿にお邪魔することになった。

 どうやら、偉い人がちょうど近くに来ていて、もうすぐ到着するらしい。
 異世界からの訪問者さんだし、なんか難しい話をしてるし、会いたいってことらしい。来るまでは待っててほしいってことみたいだ。

 コムギ村のギルドはあまり大きくないので、大人数なら宿の方が都合がいいとかで、そこで待機ということになった。


 さすがAランクのパーティが常連になるだけあって、宿は豪華だ。
 部屋には大きなソファとか、飾りのついたテーブルがある。

 ロイドさんは例の如く獣舎に入り浸ってるらしく、シアトルさんとアリスさんは何か用があるらしい。
 スードルは食べ物を調達してくるといって、村に繰り出していった。


 というわけで、この場にいるのは世界樹の都市に興味津々のレイスさんと無口なフェンネルさんだけだった。

「へー、あの植物、スノウっていうんだ!」
「こっちでは、植物の栽培は水平方向に広げるんだな」
「世界樹の都市では違うの?」
「こちらでは、植物の栽培は垂直方向に広げるんだ! ウォールプラント、壁面栽培だな! ハハハ!」
「こちらの世界は、それほど広いわけではありませんからね」

 広大な小麦畑にすっかり感心した様子の四人は、既に満足そうだ。
 なんでだろう。わたしよりずっと異世界人してる気がする。


「皆さん! 近所のベーカリーから差し入れですよ! ディーさんたちもどうぞ、たくさんありますから!」

 スードルが、パンがたくさん入ったカゴを持って来てくれた。

 それをテーブルに置くと、いち早くレイスさんが食べ始める。

「ふわっふわだー! やっぱ、この村のベーカリーは一流だよね!」
「そうですねー!」

 スードルも嬉しそうに顔を綻ばせながら食べている。
 わたしも、ホテルロールに似たパンを手に取り、一口齧ってみた。

 すごく柔らかくて、甘くて、温かい。
 もちもちした食感、ぱさぱさしてなくてしっとりした生地。
 絶品だ。さすがコムギ村。

「美味しい!」
「キー!」
「え、ほしいの? いいけどキース、食べないじゃん」

 キースは幻獣という魔力を食事にする生き物であるせいか、肉とか草とかとにかく食べ物を食べない。
 だからパンもいらないかなと思ったのだけど、予想に反してキースは千切ったパンを一口食べた。

「キー!!」

 キースは大きく鳴いて、宙返りする。
 どうやら宙返りが気に入ってるみたいだ。

 もしかして、アリスメードさんに教わったのかな?
 喜んでいるということが分かりやすくていいと思うけど、できることなら人類以外の師を見つけた方がいいと思う。


「こ、これ……食べ物なんですか?」

 世界樹の都市にはパンすらないのだろうか。
 改めてゾッとする世界だ。水も死ぬほどまずいし、お菓子はなんか咀嚼音が怖いし。


「そうだよー! おいしいよー!」

 レイスさんは大口を開けて豪快にパンを貪る。
 生肉の勢いだけど、食べてるのはフランスパンだからちょっと可愛い。

「待て、一旦エーチに食べさせよう」
「エーチはもう食べてるよ」
「うむ、美味いな! なあエーチ!」
「アイも食べてるみたいだね」
「久しぶりに……久しぶりに……毒じゃないものを……食べた……」
「ハハハ! 泣くほど美味いか! ハハハ!」

 エーチさんの扱いが不憫すぎる。彼はボロボロと泣きながらパンを食べていた。水分の消費がすごそう。

 アイさんは、何も気にせず元気にクロワッサンを食べていた。ディーさんは心配してたけど、二人が平気そうなのを見て、恐る恐る食べ始める。

「!」
「美味しい!」
「初めてです……!」

 ディーさんだけでなく、エフさんとエヌさんも目を見開き、驚く。

「すごい香り……薄味だけど、香りのおかげで美味しく感じます!」
「塩味でもないし、砂糖の味もしないのにねー! すっごい!」
「繊維みたいに柔らかい……食べ物とは思えないな」


「えへへ、そうですか? スズネもいっぱい食べてね! あ、そうだ、スズネにあげようと思って、王都で瓶詰のジュースを買って来たんだった。ちょっと持ってくるね!」

 なぜか上機嫌になったスードルは、軽やかに部屋を飛び出していく。

「みんな面白い人だねー! どれだけ喋ってても飽きないよー!」

 と、レイスさんが楽しそうにそう言った。

「私たちからすれば、こっちの世界の方が面白いよ!」
「そうだな、こんなにたくさんの植物なんかないし……」
「小さい羽虫が飛んでいるのも、慣れれば悪くないな! ハハハ!」


 わたしはキースにパンを差し出す。
 キースは首を振った。どうやら千切ってくれということらしい。

「わ」

 千切ったパンが予想外にクリームパンだった。わたしは慌てて溢れたクリームにかぶりつく。

 パンの熱で溶けたクリームは、甘さが控えめでわたしが知ってるのとはだいぶ違ったけど、それでもこれはこれでかなりおいしい。

「キー!」

 キースは千切ったクリームパンの欠片を、嬉しそうに食べている。


 そのとき、スードルが大きな瓶を持って帰ってきた。

「お待たせしました! スズネ、王都の果樹園のジュースだよ。すごくおいしいんだ」

「この世界には果実もあるの?」
「そうですよ。王都には大きな果樹園があって、そこで収穫されるんです」
「世界樹の都市にはないんだねー」
「果実は栽培が面倒ですからね」

 スードルはグラスにジュースを注いで、真っ先にわたしに渡してくれた。


 とろっとして濁った橙色のミックスジュースで、桃のそれに匂いは似ている。
 わたしはグラスを手に取り、一口含んだ。

「おいしい……」
「そうだよね! 学園のカフェとかジュースバーで飲んだんだけど、オリジナルのミックスブレンドでね。スズネにも飲んでほしかったんだ! 皆さんも、どうぞ!」

 純粋な果実の味わい。何かハーブのような香りが残る。
 お茶とは違うんだろうけど、冷たいフルーツティーのような後味だ。


「見たことない色だな……」

 食べ物より、飲み物の方が警戒されるみたいだ。ディーさんはかなり不安そうにしている。

「ジュースって、カフェインのエナジードリンクとは違うんですか?」
「カフェイン? そういう果物は、なかったと思いますけど……」

「なんか、変わった匂いがするねー! いただきまーす!」
「んぐっ、んぐっ……」
「ハハハ、頂こうではないか!」

 エーチさんは真っ先に飛びついて一気に流し込み、エフさんとアイさんもグラスを取る。
 慎重なディーさんとエヌさんは、少し困惑しているように見えた。


「ねえキース、キースは飲む?」
「キー、キー」

 いらないらしい。パンが好きなのかな。
 わたしはまたパンを千切ってあげてみた。

「マンプク」

 キースはわたしの足の上にひっくり返って寝始めた。
 コウモリらしからぬ爆睡だ。順調に人間味が増している。


「う……」
「エーチ!」

 そのときだった。エーチさんが口元を抑え、ソファに倒れる。
 隣にいたアイさんの膝に頭が乗っかり、アイさんは心配してかエーチさんの額に手を当てた。

「大丈夫かエーチ、どうした?」
「うぅ……」

 エーチさんは苦しそうにしている。
 スードルが、慌てたように声をかけた。

「だ、大丈夫ですか!? 僕、ポーションとか持って来ましょうか!」
「どうしたんですかエーチさん、喉に詰まったんですか?」
「うぅ……う……」

 苦しさからか、エーチさんはボロボロ泣いていた。
 ジュースを喉に詰まらせるってどういうことだろう。あ、急いで飲んだから器官に入っちゃったのかな?


「ふむ、反応からして、毒ではなさそうだな。急いで飲むからそうなるんだぞ、落ち着いて飲みたまえ」

 アイさんはエーチさんを起き上がらせ、背中を撫でながらそう言った。ちょっとお母さんみたい。

「ぅまい……」
「なんだ?」
「美味いんだ……こんなに、こんなにおいしいもの、生まれて、初めて口にした……うぅ……うぅ……」

 エーチさんは、涙を流し、嗚咽を堪えて呟く。

「えっ……それだけですか?」
「だって美味しくて、こんなもの、初めて口にしたんだ……うぅ……」

 エーチさんの涙は、単純にジュースの美味しさに感動してのものだったらしい。

 確かに、水を飲んでるんだか消毒液を飲んでるんだか分からないような味に慣れていたら、衝撃的だろうけど。

 逆に味覚が変わってて、気に入らないんじゃないかとすら思ったけど、意外とそういうことでもないようだ。
 自然な果実の甘さっていうのは、未来都市でも人気があるってことらしい。


「ネェ、スズ」

 そんな一連の騒ぎを見ていたキースが、頭を撫でていたわたしの指を甘噛みした。

「チョットダケ、チョウダイ」

「満腹だったんじゃないの?」
「チョットナラ、ヘイキ」

 どうやら、キースも興味が湧いたみたいだ。
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