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不機嫌な猫と掃除屋ロボット
ep27 シアンの思案
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「応答せよ」
僕は広範囲の魔力探知をかけて、リソーサーの反応を探した。
リソーサーは構成がほとんど人間と同じせいか、その魔力の反応も人に似通っているので、魔力探知でも見つけられる。
ちなみに、クリーナーは魔力が弱すぎて、かなり近づかないと分からない。
精密探知をかければすぐに見つけられると思うけど、クリーナーの反応は坑道に転がっている鉱石にも負ける程度だ。それでも全く無反応なガーディナーよりマシだけど。
さて、リソーサーの反応は、どうやら鉱山の西側にあった。
鉱山の北側にはコボルトがたくさんいたけれど、西側にはほとんどいない。
僕はすぐに坑道に入って、反応を追いかけながら、奥に進んで行った。
坑道の中には誰もいなくて、整備もされておらずとても狭い。
先ほど僕が入って行った場所とは違い、鍾乳洞みたいにひんやりとしている。でも同じように湿気がすごい。足下は濡れていて、遠くで水の流れる音がする。
僕は身をかがめて、突き出した岩を潜った。
「照らせ」
そこは少し広い空間だった。
僕が照らすと、リソーサーは驚いたように僕を振り向いた。
「どうしたの、リソーサー」
彼女は片手にランプを持っていた。しかしそれは既に消えている。
リソーサーは蹲って泣いていたようで、振り返ったときは、まだ目が赤かった。
「なんでお前が……」
「探しに来たんだよ」
「……俺のことは探さなくていいだろ。俺は……クリーナーを探してるだけなんだから」
「リソーサー相手なら、魔力探知が使いやすかったからね。一緒に探そうよ」
僕はリソーサーのランプを指す。
「ほら、そのランプも切れちゃったみたいだし」
「いや、俺は……」
リソーサーは何かを言いかけたが、自分の手の中にあるランプを見て、首を振った。
「……そうだな」
そしてリソーサーはふらふらと立ち上がり、空洞の奥の方を覗いて、歩き出した。
僕はその行く先を照らす。この空洞は広くて、入り組んでいた。
「……」
ぴちゃ、ぴちゃと濡れた足音が響いた。リソーサーは早足で、足下がおぼつかない。
「……本来、こんなに早く切れないはずなんだ。ただ湿度が、高すぎたせいで。中の部品がおかしくなったんだと思う」
聞いてもいないのに、リソーサーは言い訳がましく呟く。
独り言だったのかもしれない。僕は返事をしなかった。
「……クリーナーは、こっちに行ったの?」
「ああ。この入り口に入るのを見た。ここまで、一本道だっただろ」
「確かに」
リソーサーを見つけるまでに、分かれ道はなかった。
クリーナーはこの奥にいるのだろう。
「……」
リソーサーは、どこか遠くを見ながら、無我夢中で歩みを進めている。
足元がおぼつかない。濡れた地面と相まって、今にも転んでしまいそうだ。
せっかく僕が明かりを灯しているのに、彼女が前にいるせいで、結局リソーサーの足場は暗いままだ。
「リソーサー、そんなに急いで歩いたら転んじゃうよ」
「……早く見つけないと」
「よくあることなんじゃないの?」
僕がそう言うと、リソーサーは一瞬足を止め、またすぐに歩き出した。
「……クソなデザイナーが取り付けたセンサーのせいで、意味もなくクリーナーがすぐに飛び出して行くのは事実だ。でも……今回は違うんだよ」
「違うって?」
「明確な原因と理由がある」
「何が理由なの?」
「……俺のせいなんだ」
リソーサーは、暗く沈んだ声でそう言った。
暗闇の中で、その声は重く、淀んで聞こえる。
「喧嘩でもしたの?」
「……」
リソーサーは答えようとしない。ぴちゃぴちゃと、張り付くような水音が暗闇に響いている。
「リソーサー?」
「……クリーナーは、お前に、何も言わなかったのか?」
リソーサーは質問には答えず、ただそう言った。
「それ、前も言ってたけど、何もなかったよ」
「……あの夜は、お前がクリーナーに話しかけたのか?」
「何か気にしてることがあるの?」
リソーサーは足を止めて、僕の方を振り向いた。
暗くてその顔はよく見えない。
僕はふと、リソーサーは人の心が読めるのだと聞いたことを思い出した。彼女がいつも僕の方を見ているのは、僕の心が読みたかったからなのだろうか。
「……俺は」
リソーサーは、淡々と僕の前を歩き続けている。
その声は掠れていた。
「俺は、旧バージョンと、似てるんだ」
それはまるで取り返しのつかない罪を告白するような重々しさだった。
僕は一瞬、リソーサーがクリーナを殺してしまったのではないかと思ったくらいだった。
「旧バージョンって、リソーサーの前に開発されたっていうヒューマノイド?」
「……実験体だった。殺人事件を起こして、奴隷として雑用係に下賜された」
「うん」
「……似てるんだ、俺は」
リソーサーは、暗い声で言った。
「肌の色も、目の色も、髪の色も。声も背格好も食べ物の好みも。同じデータで得た遺伝子だから、当然と言えば当然だった。だから俺は、差別化しなきゃいけなかった。髪を伸ばして、男だと名乗って、一人称を変えて話し方も気を付けて、絶対に武器を持たず、公平で中立であろうと、努力した」
「頑張ったんだね」
思わずそう言うと、リソーサーはまた足を止めた。
そして、ランプを反対の手に持ち直し、指を顔にやった。
「……」
「……」
しばらくリソーサーは無言だった。
僕も彼女が話し出すのを待っていた。
「……でも、俺は、結局、似てたんだ」
「うん?」
「……クリーナーは、俺が何をしても、何も、言えないから」
「いじめてたの?」
「……」
リソーサーはまた黙った。
僕は背後からリソーサーのランプに手を伸ばし、そのランプを代わりに握って、取り上げた。
「……イライラするんだよ」
と、吐き出したその声は、苦しそうに、洞窟の中に跳ねる。
彼女は振り返らないまま、寝言のようにこう続けた。
「イライラするんだ。心臓の辺りが、ムカムカする。喉の奥が熱くなって、指先の感覚がなくなる」
「……」
「脳が捩れるような不快感を逃がしたくて、頭に穴を開けたくなる。口の中が、舌の先まで苦くて仕方ない。衝動……強い、衝動性だ。その場に留まっていられない、叫び出したくなる」
「苦しいんだね」
「なん……」
リソーサーは振り向いて、僕の目を見た。
でも、僕がそれを見返すと、また前を向いた。
「……なん、なんだよ」
「苦しそうに見えるけど。違うの?」
「……なんで俺を責めないんだよ」
「どうして責める必要があるの?」
「悪いことをしてたら、怒るのが普通だろ」
「リソーサーは、僕に責めてほしいんだ?」
彼女が振り返って僕に近づいたので、僕も彼女の顔が見えた。
その表情は、醜く引き攣っていた。強迫的に思考を侵されている。
「……俺はこの衝動を、矯正したいんだ。俺は、旧バージョンみたいに、あんな風に、誰かに魂を縛り付けられて、搾取され続けるなんて、耐えられない……」
闇の中、彼女の目は揺れている。
以前彼女の髪を「猫のようだ」と思った僕だけど、今の彼女は猫とは全く違う。
重く太く暗く濁った鎖と首輪に繋がれて、 冷たい氷のような幻覚に縛られている。
「そうだとしても、クリーナーにそうしてくれって頼まれたわけでもないのに、勝手に怒るのは変だと思うけど」
こういう態度が、『勇者』らしくないんだろうな、と思いながら僕はそう言った。
「クリーナーが僕に助けを求めてくれるなら助けたいけど、そう言われてないのに助けられないよ」
「助けを求めないからって、助けてほしくないわけじゃないだろ! クリーナーは何も話せないんだよ!」
リソーサーは突然、僕に掴みかかった。
でも彼女は、泣きそうな顔をしていた。
「だから、普通に話してたんだってば。それがいつからできるようになったのかは知らないけど、そんなに助けてほしければ、僕と世間話なんかしてないで、真っ先に助けてって言ったと思うよ」
僕は彼女の手を静かに払い、腕一本分の距離を置いた。
リソーサーは特に抵抗もせず、ふらふらと僕から離れる。
「クリーナーは、リソーサーにいじめられるのが嫌になって、飛び出して行っちゃったの?」
「……」
「リソーサー、大丈夫? 僕は、クリーナーよりもリソーサーの方が傷ついてるような気がするんだけど」
「……黙れよ」
「なんかクリーナーよりも、リソーサーの方が、助けを必要としてるように見えるっていうか」
「黙れって言ってるだろ、そんな目で俺を見るな!」
リソーサーは、そう言って僕を突き飛ばした。
しかし濡れた足場のせいで自分が滑り、リソーサーはバランスを崩してその場に尻もちをつく。
「あ、リソーサー」
僕は反射的に手を差し出したけれど、リソーサーはその手を取らずに立ち上がる。
でも、転んだことで何かのストッパーが外れてしまったのか、そのままボロボロと泣き出した。
「なんで、っ……なんで俺は、いつも、人を傷つけるんだよ、こんなの、こんなのまるで、旧バージョンみたいで……っ、それが、俺はそれが……」
「どうしてリソーサーって、そんなに旧バージョンさんのことばかり考えてるの?」
「旧バージョンは、俺のアンチモデルなんだよ! 考えるのが当たり前だろ!」
「リソーサーは機械じゃないんだから、意識しなくてもいいんじゃないの? それとも、それは難しい?」
「う……お前は……お前は本当に……何も、何も知らないくせに、俺のことなんて、何も、知らないくせに……っ!」
「嫌な思いさせてごめんね」
僕は素直に謝って、リソーサーに、持っていたタオルを渡した。
「難しいけど、リソーサーって、すごく頑張ってるよね。すっごく頑張って、その、旧バージョンさんにならないように、色々考えて。それなんか、すごいしんどそうだなって思うんだけど。もうちょっと楽になれないかな? リソーサーがやってきたことを否定するつもりはないんだけど、ちょっと無理しすぎじゃない? ほら、もうちょっと肩の力とか、抜いてみてさ」
リソーサーは僕の方を見て、タオルを口元に当てて蹲った。
「……気持ち悪い」
「酔っちゃった? 吐きそう?」
「失せろ」
リソーサーは、苦しそうにそう言った。
しかし、言ってから、その手を僕の方に伸ばして、僕の手を少しだけ握った。
「……」
(行かないでほしいんだろうな)
僕はリソーサーの隣に座り、ゆっくりその背中を撫でた。
リソーサーは、声を殺して、そのまま泣き続けた。
「……」
ふと気配を感じて、僕はふらりと振り向く。
そこには一人の少女が佇んでいた。
彼女は透き通るような綺麗な青い目を細め、幸せそうに微笑むと、小さく手を振り、軽やかな足取りで出口へと歩いていった。
僕は広範囲の魔力探知をかけて、リソーサーの反応を探した。
リソーサーは構成がほとんど人間と同じせいか、その魔力の反応も人に似通っているので、魔力探知でも見つけられる。
ちなみに、クリーナーは魔力が弱すぎて、かなり近づかないと分からない。
精密探知をかければすぐに見つけられると思うけど、クリーナーの反応は坑道に転がっている鉱石にも負ける程度だ。それでも全く無反応なガーディナーよりマシだけど。
さて、リソーサーの反応は、どうやら鉱山の西側にあった。
鉱山の北側にはコボルトがたくさんいたけれど、西側にはほとんどいない。
僕はすぐに坑道に入って、反応を追いかけながら、奥に進んで行った。
坑道の中には誰もいなくて、整備もされておらずとても狭い。
先ほど僕が入って行った場所とは違い、鍾乳洞みたいにひんやりとしている。でも同じように湿気がすごい。足下は濡れていて、遠くで水の流れる音がする。
僕は身をかがめて、突き出した岩を潜った。
「照らせ」
そこは少し広い空間だった。
僕が照らすと、リソーサーは驚いたように僕を振り向いた。
「どうしたの、リソーサー」
彼女は片手にランプを持っていた。しかしそれは既に消えている。
リソーサーは蹲って泣いていたようで、振り返ったときは、まだ目が赤かった。
「なんでお前が……」
「探しに来たんだよ」
「……俺のことは探さなくていいだろ。俺は……クリーナーを探してるだけなんだから」
「リソーサー相手なら、魔力探知が使いやすかったからね。一緒に探そうよ」
僕はリソーサーのランプを指す。
「ほら、そのランプも切れちゃったみたいだし」
「いや、俺は……」
リソーサーは何かを言いかけたが、自分の手の中にあるランプを見て、首を振った。
「……そうだな」
そしてリソーサーはふらふらと立ち上がり、空洞の奥の方を覗いて、歩き出した。
僕はその行く先を照らす。この空洞は広くて、入り組んでいた。
「……」
ぴちゃ、ぴちゃと濡れた足音が響いた。リソーサーは早足で、足下がおぼつかない。
「……本来、こんなに早く切れないはずなんだ。ただ湿度が、高すぎたせいで。中の部品がおかしくなったんだと思う」
聞いてもいないのに、リソーサーは言い訳がましく呟く。
独り言だったのかもしれない。僕は返事をしなかった。
「……クリーナーは、こっちに行ったの?」
「ああ。この入り口に入るのを見た。ここまで、一本道だっただろ」
「確かに」
リソーサーを見つけるまでに、分かれ道はなかった。
クリーナーはこの奥にいるのだろう。
「……」
リソーサーは、どこか遠くを見ながら、無我夢中で歩みを進めている。
足元がおぼつかない。濡れた地面と相まって、今にも転んでしまいそうだ。
せっかく僕が明かりを灯しているのに、彼女が前にいるせいで、結局リソーサーの足場は暗いままだ。
「リソーサー、そんなに急いで歩いたら転んじゃうよ」
「……早く見つけないと」
「よくあることなんじゃないの?」
僕がそう言うと、リソーサーは一瞬足を止め、またすぐに歩き出した。
「……クソなデザイナーが取り付けたセンサーのせいで、意味もなくクリーナーがすぐに飛び出して行くのは事実だ。でも……今回は違うんだよ」
「違うって?」
「明確な原因と理由がある」
「何が理由なの?」
「……俺のせいなんだ」
リソーサーは、暗く沈んだ声でそう言った。
暗闇の中で、その声は重く、淀んで聞こえる。
「喧嘩でもしたの?」
「……」
リソーサーは答えようとしない。ぴちゃぴちゃと、張り付くような水音が暗闇に響いている。
「リソーサー?」
「……クリーナーは、お前に、何も言わなかったのか?」
リソーサーは質問には答えず、ただそう言った。
「それ、前も言ってたけど、何もなかったよ」
「……あの夜は、お前がクリーナーに話しかけたのか?」
「何か気にしてることがあるの?」
リソーサーは足を止めて、僕の方を振り向いた。
暗くてその顔はよく見えない。
僕はふと、リソーサーは人の心が読めるのだと聞いたことを思い出した。彼女がいつも僕の方を見ているのは、僕の心が読みたかったからなのだろうか。
「……俺は」
リソーサーは、淡々と僕の前を歩き続けている。
その声は掠れていた。
「俺は、旧バージョンと、似てるんだ」
それはまるで取り返しのつかない罪を告白するような重々しさだった。
僕は一瞬、リソーサーがクリーナを殺してしまったのではないかと思ったくらいだった。
「旧バージョンって、リソーサーの前に開発されたっていうヒューマノイド?」
「……実験体だった。殺人事件を起こして、奴隷として雑用係に下賜された」
「うん」
「……似てるんだ、俺は」
リソーサーは、暗い声で言った。
「肌の色も、目の色も、髪の色も。声も背格好も食べ物の好みも。同じデータで得た遺伝子だから、当然と言えば当然だった。だから俺は、差別化しなきゃいけなかった。髪を伸ばして、男だと名乗って、一人称を変えて話し方も気を付けて、絶対に武器を持たず、公平で中立であろうと、努力した」
「頑張ったんだね」
思わずそう言うと、リソーサーはまた足を止めた。
そして、ランプを反対の手に持ち直し、指を顔にやった。
「……」
「……」
しばらくリソーサーは無言だった。
僕も彼女が話し出すのを待っていた。
「……でも、俺は、結局、似てたんだ」
「うん?」
「……クリーナーは、俺が何をしても、何も、言えないから」
「いじめてたの?」
「……」
リソーサーはまた黙った。
僕は背後からリソーサーのランプに手を伸ばし、そのランプを代わりに握って、取り上げた。
「……イライラするんだよ」
と、吐き出したその声は、苦しそうに、洞窟の中に跳ねる。
彼女は振り返らないまま、寝言のようにこう続けた。
「イライラするんだ。心臓の辺りが、ムカムカする。喉の奥が熱くなって、指先の感覚がなくなる」
「……」
「脳が捩れるような不快感を逃がしたくて、頭に穴を開けたくなる。口の中が、舌の先まで苦くて仕方ない。衝動……強い、衝動性だ。その場に留まっていられない、叫び出したくなる」
「苦しいんだね」
「なん……」
リソーサーは振り向いて、僕の目を見た。
でも、僕がそれを見返すと、また前を向いた。
「……なん、なんだよ」
「苦しそうに見えるけど。違うの?」
「……なんで俺を責めないんだよ」
「どうして責める必要があるの?」
「悪いことをしてたら、怒るのが普通だろ」
「リソーサーは、僕に責めてほしいんだ?」
彼女が振り返って僕に近づいたので、僕も彼女の顔が見えた。
その表情は、醜く引き攣っていた。強迫的に思考を侵されている。
「……俺はこの衝動を、矯正したいんだ。俺は、旧バージョンみたいに、あんな風に、誰かに魂を縛り付けられて、搾取され続けるなんて、耐えられない……」
闇の中、彼女の目は揺れている。
以前彼女の髪を「猫のようだ」と思った僕だけど、今の彼女は猫とは全く違う。
重く太く暗く濁った鎖と首輪に繋がれて、 冷たい氷のような幻覚に縛られている。
「そうだとしても、クリーナーにそうしてくれって頼まれたわけでもないのに、勝手に怒るのは変だと思うけど」
こういう態度が、『勇者』らしくないんだろうな、と思いながら僕はそう言った。
「クリーナーが僕に助けを求めてくれるなら助けたいけど、そう言われてないのに助けられないよ」
「助けを求めないからって、助けてほしくないわけじゃないだろ! クリーナーは何も話せないんだよ!」
リソーサーは突然、僕に掴みかかった。
でも彼女は、泣きそうな顔をしていた。
「だから、普通に話してたんだってば。それがいつからできるようになったのかは知らないけど、そんなに助けてほしければ、僕と世間話なんかしてないで、真っ先に助けてって言ったと思うよ」
僕は彼女の手を静かに払い、腕一本分の距離を置いた。
リソーサーは特に抵抗もせず、ふらふらと僕から離れる。
「クリーナーは、リソーサーにいじめられるのが嫌になって、飛び出して行っちゃったの?」
「……」
「リソーサー、大丈夫? 僕は、クリーナーよりもリソーサーの方が傷ついてるような気がするんだけど」
「……黙れよ」
「なんかクリーナーよりも、リソーサーの方が、助けを必要としてるように見えるっていうか」
「黙れって言ってるだろ、そんな目で俺を見るな!」
リソーサーは、そう言って僕を突き飛ばした。
しかし濡れた足場のせいで自分が滑り、リソーサーはバランスを崩してその場に尻もちをつく。
「あ、リソーサー」
僕は反射的に手を差し出したけれど、リソーサーはその手を取らずに立ち上がる。
でも、転んだことで何かのストッパーが外れてしまったのか、そのままボロボロと泣き出した。
「なんで、っ……なんで俺は、いつも、人を傷つけるんだよ、こんなの、こんなのまるで、旧バージョンみたいで……っ、それが、俺はそれが……」
「どうしてリソーサーって、そんなに旧バージョンさんのことばかり考えてるの?」
「旧バージョンは、俺のアンチモデルなんだよ! 考えるのが当たり前だろ!」
「リソーサーは機械じゃないんだから、意識しなくてもいいんじゃないの? それとも、それは難しい?」
「う……お前は……お前は本当に……何も、何も知らないくせに、俺のことなんて、何も、知らないくせに……っ!」
「嫌な思いさせてごめんね」
僕は素直に謝って、リソーサーに、持っていたタオルを渡した。
「難しいけど、リソーサーって、すごく頑張ってるよね。すっごく頑張って、その、旧バージョンさんにならないように、色々考えて。それなんか、すごいしんどそうだなって思うんだけど。もうちょっと楽になれないかな? リソーサーがやってきたことを否定するつもりはないんだけど、ちょっと無理しすぎじゃない? ほら、もうちょっと肩の力とか、抜いてみてさ」
リソーサーは僕の方を見て、タオルを口元に当てて蹲った。
「……気持ち悪い」
「酔っちゃった? 吐きそう?」
「失せろ」
リソーサーは、苦しそうにそう言った。
しかし、言ってから、その手を僕の方に伸ばして、僕の手を少しだけ握った。
「……」
(行かないでほしいんだろうな)
僕はリソーサーの隣に座り、ゆっくりその背中を撫でた。
リソーサーは、声を殺して、そのまま泣き続けた。
「……」
ふと気配を感じて、僕はふらりと振り向く。
そこには一人の少女が佇んでいた。
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