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36 おやばか

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 コツコツとヒヅメと床の当たると音が、誰もいない室内にこだましている。


 既に骸と化した人々の死骸が、あちこちに転がっていた。

「……ジャック」
「めぇ」

 また無意味に鳴きながら、ジャックは曲がり角を曲がる。


 室内は薄暗く、周囲はほとんど見えない。
 しかしルルには目的の場所が既に分かっていた。

「どこにあるのか、分かるのか?」
「どくとくのけはいがする」
「……なるほど」


 がら空きの室内、ルルは何の障害もなくその場所に辿り着いた。

 そこは周囲に不釣り合いなほど、硬い扉で閉ざされている。

「……」

 ルルはジャックから飛び降りて、その扉に手を当てた。

『コウゲキしてみようか?』
「……ん」

 ルルは頷き、ポポをジャックから降ろした。


「……めぇええ!!」

 ジャックは鮮やかに地面を蹴り、思いっきり扉に突っ込んだ。


 ガゴンッ、とこの世のものとも思えない変な音が聞こえて、扉がちょっと歪んだ。

 突っ込んだジャックは跳ね返され、尻餅をつく。


「……ジャック、だいじょうぶ?」
『ダイジョウブだよ。ルルのために、ガンバル!』

(すごくかわいい)


 ジャックはすぐに立ち上がり、再び突撃する。

 再びすごい音が鳴り、再びちょっとだけ扉が歪む。


「お、おい、大丈夫か? すごい音がしてるんだが……」
『ナンカ、コワイヨ』
「……」

 確かにすごい音だ。ケケとヨロイがここを掌握してくれていなければ、あっという間に敵に囲まれていただろう。


 しかし扉は確実に歪んでいる。

 ジャックのパワーは凄まじいのだ。
 大きい木とか、揺らすどころか根こそぎ引っこ抜いたりしてくれる。

「めぇぇええ!」

 ゴンッ、と鈍い音。
 同時に扉が歪み、それに耐えきれなくなった扉が、枠ごと部屋の中に吹っ飛ばされた。


「……よくやった」

 ルルは扉の残骸を跨いで乗り越え、部屋の中に入る。


 部屋はそれほど広くない、ルルが暮らしていた洞窟くらいのサイズしかない。

 しかもその中央に設置されたオブジェクトのせいで、余計に狭く感じる。


「……おー」

 それは白い立方体、コムギ遺跡で見たのと同じように、表面には文字が浮かんでいる。
 それは高速で浮かんだり消えたり変化し続けていて、読むことは難しい。

 大きさはルルがすっぽり入るくらいはある。
 しかも空中に浮かんでいて、ゆっくりと回転しているように見える。


 乾いてひび割れていたのとは違い、こちらは表面がしっとりと水で濡れていて、表面には波紋が見える。

 透明なのでその表面は完全に見えるが、水の波のせいで光が歪み、表面の文字を読み取ることはさらに困難だった。


「……これが本体か」
「……」

 ルルはそれに近づく。
 幻覚かそれとも実際にそうなのか、冷たい風が吹きつけて来る、ような気がする。


「こんなところに放置されているとは……人間はこれが何か知らないのか?」
『コレ、ナァニ?』

「この世界の、全ての情報が保存されている。人々が『ステータス』と呼んでいるものだな」
『ナァニソレ?』

 ポポは知らないようだ。
 確かに、魔物はステータスなんて理解しないし、理解していたとしても全然気にしない。

 人々はお互いがどんな能力を持っているのかを重視し、相手によって態度を変えるが、魔物は相手の能力値が高くても低くても、自分の本能に従う。

 好戦的な種族なら、相手が強くても喧嘩を売るし、逆に憶病な種族なら、相手が弱くても尻尾を巻いて逃げ出す。


「……ところで、どうしてルルはこれの存在を知っていたんだ? 誰かに聞いたのか?」
「……」
「……」
「……ルル?」


 ルルはその表面の水に指先を触れさせた。
 そしてまた糸を紡ぐように、そこから『でえた』を引き出す。


「……この際だ、ワラワも伴食させていただこう。ポポ、ゴーだ」

 ポポはぽんぽん跳ねながら近づいてきて、浮いているそれの下部に取りついた。

 そしてその体は柔軟に伸びて、気を遣ってかルルがいる方向とは別の方向に広がり、それ全体を包み始める。


 ルルは目を閉じ、集中することにした。

「……」

 情報の奔流がルルの中に入ってくる。
 ステータス、状態、家族構成から現在の居場所、感情まで。

 それらは今も瞬く間に更新されている。主に負の方向へ。


 量が多すぎて特定の個人の情報を探すようなことは、さすがに今のルルにはできないが、それでも必要な情報は多くない。

 ルルはすぐに作業を終えて、両手を離した。

「……おわった」


 ルルが離れると、そこを埋めるようにしてポポがゆっくり移動してくる。

 オブジェクトはかなり大きいのに、ポポの体で全てが覆われてしまった。

 表面はとぽとぽと柔らかいスライムで覆われてしまい、今や表面は全く見えない。
 ニコは一体、何をしているのだろうか。あれで何かが手に入るとは思えないのだが。


「……」

 ルルはニコを待つ間、地面に絵を描いた。

 大きな結界を作るのに、設計は必須だ。


『ナニをカイテルの?』
「ん……せっけいず」
『ルルは、すごくアタマがイイよね……』

 ジャックはルルの目の前に、足を畳んで座った。


「……」
『……』

「……」
『……』

「……ジャック。さいきん、おひるねしてない」
『タシカニ、ソウかも』
「……おひるね、しようかな」
『やったー、ルルとオヒルネ、スキ!』

(ひじょうに、かわいい)

 ルルはお絵描きを中止し、ジャックの背中によじ登って横になった。


「おやすみ」
『オヤスミ、ルル』

 ルルは目を閉じた。
 疲れていたルルは、すぐに夢の世界に旅立った。
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