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オーガをしばき倒す
しおりを挟む双剣を打ち鳴らす。
ダンジョンに、その音がこだまする。
かん…………
それは、一種の音波探知だ。
空間を跳ね返った響きは、周辺の魔素をも巻き込み持ち帰り、元から得ていた『鎖』からの情報を、更に立体的なものへと深化させる。
かん…………
そうして立ち上がる、情報の濃霧。ゴブリンやオークや爺さんや『お嬢さん』の像が埋め込まれたその中に、俺の自我すらも埋没していく。
そして得る――時すらも越えた、完全なる鳥瞰を。
変性意識。前世の記憶を取り戻した俺には、そう表現することが出来る。拡張する認識。倍増する情報処理能力。剣を打ち鳴らすのをきっかけに、俺はトランスともフローともゾーンとも呼ばれる領域に飛び込んでいく。
そんな俺を前に――
両手の木剣から、オーガたちは俺を爺さんの仲間と認識したようだ。
一瞬戸惑い、たたらを踏みかけ、その結果マシに見える方――
「「「うんおぼぉおおおおおっ!!」」」
――俺に向かってきた。
有り難い。
仮に爺さんの方に行ったとして、斃すのは俺なのだ。
だったら最初からこっちに来てもらえた方が、手間がかからなくて良かった。
「バッ!」
破裂する呼気とともに、木剣を振り下ろす。
もちろん、オーガたちはまだ遠く、剣尖すら届く距離ではない。
だが――「ぉぎゃおっ!」
オーガの先頭数匹が、仰け反り転がった。
その皮膚は、重度の火傷みたくずる剥けて、真皮までこそげ取られている。
触れもせぬ木剣の、剣圧がそうさせたのだ。
変性意識における極限の集中。それは、身体能力をも増強する。おまけにここは、魔法のある世界。伸びしろは、物理とか科学とか生物とかの制限を受けない、私立文系的とも呼べる、青天井の爆上げだ。
「「「むんごおおおおっ!?」」」
あくまで女児のものでしかない、小さな足。
その足で、俺は地面をひと蹴り。
ぴょーんと。
それだけで、地面と垂直に3メートル。
そのまま、水平へと向きを変える。
オーガたちの頭上を越えながら、俺は剣を振った。
今度は、直に叩く。
触れずともオーガの皮膚をずる剥けにした剣が、触れればどうなるか?
「ぐむ」
「あぎ」
「やぎ」
「ぐぎ」
「むぎゃ」
「いぎ」
「あぎゃ」
「ぐっ」
着地して、振り向いた。
目の前に、赤い霧が立ち込めていた。
爆散した血と肉によって、着色された空気だ。
がちゃり。
そしてその中で崩れ落ちる白――オーガたちの骨格。
爺さんの、げんこつは無かった。
どうやら、追試には合格できたみたいだった。
こうして俺たちは『お嬢さん』の救出に成功した。
俺は爺さんを見た。
その眼差しに、こんな問いかけを含めたつもりだった。
なあ爺さん――
『『お嬢さん』は、どこにいる?』
●
何がおかしいか?
それは、ただ一点。
『ミシェール』の不在だ。
助けを求めに来た、男は言った。
『ゴブリンに襲われて……灯りを叩き落とされて……混乱……失態……まんまと……お嬢様が、ミシェールと……ミシェールと……』
俺がここに来た時、いたのは『お嬢さん』だけだった。『ミシェール』らしき人物も、男の言ってたような青い鎧も見当たらない。あるのは緊急モードで『お籠り』した、『お嬢さん』の鎧だけだ。
それが『?』となったのは、ゴブリンを倒した後。
爺さんが、近付いてくるのを見た時だった。
『再遇の貝』について、ほとんどの奴が知らないことがある。
『再遇の貝』は、対になった貝殻型の魔導具だ。そして対になった同士で、常に通信を行っている。電波とかでなく、人間の可聴範囲外の音波によって。普通なら、人間が聞くことは出来ない。だが俺の『鎖』は、そんな超音波さえも捉えてくれる。
通信の頻度は、ふたつの貝殻の距離が開けば開くほど頻繁になり、近付けば減る。
つまり『再遇の貝』の片方を持った爺さんが、もう片方を持った『お嬢さん』に近付けば、自動的に通信の頻度は少なくなっていくはずなのだった。
しかし、それが変わらなかった。
爺さんが姿を現した後も、通信の頻度はまったく変化を見せなかった。
ということは、だ。
『お嬢さん』が、『再遇の貝』を持っていなかったということになる。
だが、そんなことが有り得るだろうか?
本来『お嬢さん』が持ってるべき貝殻を、落としたとか、実は他の人間が持ってたとかいう可能性は、考え難かった。『再遇の貝』は、護衛がはぐれた主人を探し出すための魔導具だ。主人の側の貝殻は、魔法で身体に接着されるのが常だと聞く。
――という前提を、固いものとするなら。
答えは簡単だ。
いま俺の視界の隅で『お籠り』している鎧。
その中身が――
『お嬢さん』ではない
――ということなのだ。
久しぶりに、爺さんの声を聞いた。
さっき来た方に戻りながら、爺さんが言った。
「………来い」
ゴブリンとオークの死体、そして鎧を置き去りに、俺たちは歩き出す。
行き先は聞いてないが、説明不足はいつものことだ。
ただ今日の場合、ひとつだけ確実なことがあった。
向かった先に、誰がいるかだ。
(?)
違和感は、嗅覚から来ていた。
血の匂い。
歩き出し、オーガの死体から離れるにつれ薄まってた血の臭いが、再び濃くなり始めていた。
それも、急速に。
それほどの殺戮の現場が、この先にあるということか。
しかし、死んではいないだろうと、なぜか思った。
その通りだった。
角を曲がって出た、広い場所。
軽く10を超える死体は、魔物のものではなかった。
人間だ。
どれも格好は冒険者風だが、あくまで『風』で、少なくともこのダンジョンに出入りしているような冒険者とは、どこかで一線を引かれたように様子が異なっている。そんな死体や、その断片がバラ撒かれた真ん中で。
「あら、やけに時間がかかると思ったら――その娘を、連れに行ってたのね」
『お嬢さん』は、優雅にお茶をしばいてらっしゃったのだった。
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