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好きなもの、嫌いなもの

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「お母さま、ナイスです!」
「ふっふ~ん?」

 お母さま――イゼルダが、ドヤ顔で部屋に戻ってきた。
 ミルカが、更に称賛する。

「やりたい盛りの童貞少年と、処女を捨てそこねた美エロいダークエルフの、なんか変な匂いのしてきそうな汁まみれの貪りあいを『僕たちの清らかな初体験』なんて、ちょっとキラキラした風の薄っぺらい言葉で纏めさせてたまるものかという、強い意志を感じましたわ! 流石ですわ~!」

「でしょでしょ~ん?」

 盛り上がる母と娘に、俺は訊ねた。

「あの、灯りをつけていいですか? あと、立ちませんか?」

 3人共、いまだに床に這いつくばったままの状態だったのだった。
 とりあえず椅子に座って、灯りは点けるのを止められたまま。
 自己紹介が、始まった。

「イゼルダです。ミルカの母よ。よろしくね」

 貴族――公爵夫人の割には、えらくあっさりしていた。いや、偉い人ってのはそういうものか。だけど、こっちはそうもいかない。

「クサリと申します。今回は、貴重な学問をする機会を頂き、誠にありがとうございます。また王都に着きましてからのご厚意、ご厚遇いただき、感謝に堪えません。ご期待に添えますよう、努力いたす所存でございます」

「へ~え」

 イゼルダが、にやりと笑った。
 大きな、ふてぶてしい猫みたいな笑みだった。

「クサリちゃんは……さ。どっちかなあ」

 どっち?

「お皿に好きなお料理と、そうでもないお料理があったら、どんな順番で食べる?」

「両方を交互に食べます。順番は、その時の気分で」

「じゃあ……嫌いな料理と、そうでもない料理だったら? 嫌いな料理はいつ食べる?」

「食事の中盤あたりで、一度に食べます」

「そう……そうよね。会話をしながら、ひょいひょいっとね……それもアリよね」

 イゼルダが、ちょっとしょんぼりした顔になった。
 いかん!
 こんなことだから、俺は陰キャの童貞で前世を終えてしまったのだ。
 察しろ!
 ここで求められてるのは二択。
『どちらを先に食べるか』だけ。
 それ以上の細やかさは求められていない。

 だから――

「でも、もし好きなものと嫌いなものだったら、嫌いなものを先に食べるかもしれません」

「そう! そうよね! 憂鬱なことは片付けて、早くすっきりしちゃいたいわよね!」

 ぱああっ。
 イゼルダの顔が輝いた。

 顔全体から、光が発せられてるようだった。その光は、どろどろに汚れきったドブ川すらも浄化しそうな――うわあ、前世の俺だったら、絶対、好きになっちゃってるよ。

 推してるアイドル(小学3年生)のお母さんを好きになってしまった記憶が甦る。もちろんイゼルダほど美しくはなかったけど、ライブの後の物販の列に並んでたら『娘を応援してくれてありがとうございます!』なんて微笑みかけられたりしちゃって、好きになってしまったのだ。

 仕方ないんだよ! こっちはアラサーの童貞だったんだから! チョロいんだよ! 惚れっぽいんだよ! 優しくされたら、すぐ好きになっちゃうんだよ!

 内心、ぐぬぬっとなってる間に、話が進んでいた。

「でね、クサリちゃんが行く学園は、すごく楽しい場所だと思うのよ。ね? ミルカ」

「ええ、その通りですわ。お母さま。先生も生徒も気持ちの良い方ばかりで、クサリさんにも、絶対、気に入ってもらえると思います」

「というわけでクサリちゃん。楽し~い楽し~い学園生活の前に、さくっとヤっちゃって欲しいことがあるんだけど、いいかなあ」

 ああ、そういうことか。
 嫌いなものを、先に食べるっていうのは。

「「うふふ……」」

 俺の表情を見て、母と娘が笑った。
 俺は言った。

「殺るって――どこの誰をですか?」

 親指で、首を掻っ切る仕草をしながら。

 答えは、イゼルダからだった。
 彼女は言った。

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