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ギフトの制限
しおりを挟むこうして、王都にある『スネイル』の拠点は壊滅した。
だがイゼルダの話によると、まだ終わりではないらしい。
『スネイル』の強みは、その復元力だ。
商店や宿、貴族の屋敷。『スネイル』は街のあちこちに構成員を送り込み、身分を偽らせている。そして拠点に何かあった場合は、それらの人員を足がかりに、速やかな活動再開を目指すというわけだ。
拠点を潰したその次は、そういった潜伏者を狩る段だ。
これも、やるのはミルカの『贈与物』だった。
『黒い代行者』
黒い人影が、王都の方々へと散らばっていく。
それを追いかけて、俺たちは馬車を走らす。
と――その前に。
「奥様。総員、配置を完了いたしました」
馬車の外から言ったのは、ウィルバーだった。俺と一緒の時は見せなかったイケオジっぶりである。単に真面目くさってるというわけでもなく、主への忠誠心とか、決してこの女性に恋してはいけない。ああ、でも……みたいな秘めた想いなんかが渾然として窺える、男の純情と誠実さが色気となって立ち上ってくるような、匂うほどの男っぷりなのだった。
そんなウィルバーに、イゼルダは微笑みで応えた。
「さあ、行きましょう。と言っても、適当な影を追いかけて街を回るだけなんですけどね」
街路には、あれがそうだと分かる男女が何人も見えた。彼らもまた『贈与物』を見ることが出来る人物に違いない。黒い影を追って、ひとつの影につき2,3人のグループで歩いている。
「拠点と違って、今度は一般の家とか宿だから。そういうところに潜り込んでる『スネイル』が標的――ってことは、分かるわよね?」
「ええ。一緒に家まで燃やすわけには行かないってことですよね――でも、どうやってそれを防ぐんですか?」
「ほら、あそこ! 始まりますわよ!」
ミルカが指さしたのは、宿屋だった。
看板には『月灯』とある。
黒い影がそちらに方向を変えたのを見て、後を追ってた3人組が追い越し、先に宿へと飛び込んだ。すぐ声がした。「火事だ! 逃げろ!」。もちろん、火なんてまだ点いてない。だがその声に追われて、入り口から半裸の男たちが飛び出してくる。緊急時だからか、ほとんどは隣にいる者と手を繋いでいた。そして最後に、
「オマエかぁあああっ!」
怒鳴り声と一緒に、窓から男が放り出された。
窓辺には、3人組。そしてその背後に、黒い影。
影は窓枠から身を乗り出すと、そのまま街路へと転がり落ちた。
だがすぐに立ち上がり、うずくまって苦鳴をあげる男に覆いかぶさる。
炎が、燃え上がる。
そういうことだった。黒い影が触れる前に、標的を建物の外へと叩き出す。単純で手間はかかるが、他には考えられないほど確実な方法だった。
しかし、だったら……
「だったら――クサリちゃんなら、きっと思うわよね。『最初から、標的を家から追い出す手順を入れとけばいいじゃないか』って」
その通りだ。
しかし、そうしないというのは……
「私の『前払いでOK』にも、ミルカの『黒い代行者』にも、ただ一つだけ制限がある。手順数に、限りがあるのよ。『両断するまで斬り続ける』くらいならいいのよ。でもね、そこに『足を蹴る』とか『魔法で熱しながら』なんて手順が加わると……私の場合、全部で、5つか6つが上限。で、ミルカはもっと少ない」
「では、上限を超える手順数が必要になった場合は?」
「出来ない。不可能って答えが『贈与物』から返ってくる――あれ? クサリちゃん。どうしたの? お腹痛いの?」
「いえ、大丈夫です」
ステップ数の上限――前世でプログラマーをやってたこともある人間には、胃が痛くなるような話だった。特に俺みたいな、ワンチップマイコンのアセンブラの経験なんてものがある様な人間には。
イゼルダが言った。
「まあ……だから、クサリちゃんが必要なんだけどね」
「と、おっしゃいますと?」
「『スネイル』――組織のじゃなくて、組織のリーダーである『スネイル』個人の話なんだけど……『不可能』だったのよ。奴を殺すのは。『スネイル』をぶった切るのも、『スネイル』に勝つのも、『前払いでOK』はコストを計算してくれた。でも『スネイル』を殺すってことに関してだけは『不可能』。手順数の上限を超えていた。でもね……それが、ある日『不可能』じゃなくなったの。それで『前払いでOK』が割り出した手順を見てみたら――」
「私、ですか?」
「そう。『クサリを同行させる』って手順が入ってたの。当然『クサリって誰よ!?』ってなるじゃない? そうしたらミルカから……」
「『クサリさんとお友達になりました』って、お話ししたのよ?」
お友達……いつの話だろう?
ぶっちゃけミルカと会うのは、今日でまだ2度目なのだが。
とにかくグイグイ来る母と娘に、俺には抗う術が無かった。
応援ありがとうございます!
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