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しおりを挟む「俺が産まれたとき、母親が死んだんだ」
2人寄り添って、ベッドの上で毛布に包まって座った。
話の前にリュカは温かいハーブティーを淹れてくれて、その香りとリュカと混じり合う熱が毛布の中が溶けあってひどく心地いい。
「獣人は元々体が強いけど、母親は特に体が丈夫な人だったらしくてさ、兄貴達を産んだときもすげぇ安産だったらしいんだ」
「うん……」
「そんな強い人が、俺を産んで死んだって聞いて……出産とか妊娠がすげぇ怖いって子供の頃から思ってた。そうなる要因のセックスも……」
毛布の中、リュカの手を握るとこんなに暖かい毛布の中で指先だけひどく冷えていた。
その手を温めるように強く握ると、私の手に縋るようにギュッと握り返してきた。
「だから一生独り身でいようって決めてたんだ。俺に大切な人ができて、その人との子供ができても、その子が俺みたいに母親を殺してしまうかもしれない。俺の大切な人を奪うかもしれない、……そうなったら、俺はその子を愛せる自信がない。そんな可能性があるのなら、こんなことを考えてしまうなら……って、そう思ってたんだ」
そんなことありえない、とすぐさま心の中で否定した。
だってリュカは子供が大好きだ。一緒に歩いているとき、小さい子供や赤ん坊を見かけるだけで優し気に目を細めるリュカを今まで何度も見てきている。
あんな目をする人が、子供を愛せないなんて絶対にありえない。
きっとリュカだって自分が子供好きなことをわかっている。わかっているのにそう思ってしまうリュカの傷が、ひどく悲しく、ひどく愛おしく思えた。
「誰も好きにならないようにしようって思った。誰かを好きになったら、獣人の本能がその人との子を欲しがってしまうから、だからずっと1人でいようって……そう思ったのに」
繋いでいる手を握り直しながら、リュカがゆっくりと私に目を向けた。
満月のような黄金の瞳が、ほんの僅かに潤んでいるのを見て、私のほうが視界を滲ませた。
「――……ラーラが、俺の前に現れた」
眦に溜まる涙を、リュカが優しく、本当に優しい手つきで拭ってくれた。
たったそれだけのことでリュカが私を好きでいてくれるのだと、痛いほどわかった。
「本当は初めて見たときから惹かれてた。誰かを好きになるなんて初めてだけど、すぐにこれが愛しいってことなんだってわかった。……だからこの想いはずっと隠していこうってすぐに決意した」
森で迷い、足を痛めて動けなくなって途方に暮れていたとき、私を助けてくれたのがリュカだった。
私を心配そうに見つめる満月のような瞳があまりに綺麗だったことを、私は生涯忘れることはないだろう。
その日からリュカを追い続けた。初めは相手になんてされなかったけど、私を無下にすることはせず、その優しさに益々好きになっていったことを思い出す。
「ラーラは人間だから……獣人よりも、母さんよりも弱い人間だから。俺の不安が現実になってしまうかもしれない。……だって食事なんて少ししか食べなくて、腕も肩も手もラーラの体全部薄くて細くて、獣人ならすぐ治る怪我で足を悪くしてしまうほど弱い。本当にか弱い、俺が世界で一番大切に思ってる人間なんだ……!」
リュカは、私から目線を外すことはしなかった。
ただまっすぐ切実に、見つめてくれている。
「でもラーラは、そんな俺の決意を壊すくらい、好きだって言ってくれた」
涙が一つ落ちた。
それを皮切りに涙が溢れて止まらなくなる。
「もうラーラを好きじゃない振りなんてできなくなった。いつか俺を好きじゃなくなって、ラーラが他の奴の者になるって考えただけで、頭がどうにかなるくらい嫌だった。……だからラーラが俺との未来を望んで、そして俺との子を望んでいるのなら、このどうしようもない恐怖に打ち勝ってやろうって、そう思ってラーラと付き合った。…………なのに、今度は体が子供を作ることを拒絶した」
「……っ」
「でも俺、どこかで安心してた……。俺がずっと不能なら、ラーラは俺のものでいたまま子供を産まなくてすむ。だから死ななくていいって……ずっと俺の傍にいてくれるってそう思ったんだ」
繋いだ手から、微かな振動が伝わってくる。
「俺は、顔も知らない子供よりも君が大事だ。君が1番大事なんだ。体は繋げられなくても、ラーラさえ傍にいてくれればそれいい。……そんなことを思ってる、どうしようもなく情けない奴なんだ」
大好きな人が、こんなにも自分を大切に思ってくれている。
私よりも私のことを大切にしてくれている。
熱いパンケーキの上に置いたバターのように、悲しさが溶けて心が温かくなる。
リュカは結構かっこつけだから、自分の弱い気持ちも、機能しなくなってしまった大事な部分も、きっと私には言いたくても言い出せなかったんだろう。
――――……でもね、リュカ。
私は、そんな弱いリュカさえ愛おしいと、そう思ってしまうほどにあなたが大好きなんだよ。
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