ヒョロガリ殿下を逞しく育てたのでお暇させていただきます！

１

「――き、筋肉っ！」





突如として目が覚め、紫がかった銀髪を揺らし、濃い紫色の瞳を大きく開いて起き上がった。
大きなベッドの傍らで豪奢な椅子に腰かけていたはずだが、どうやらそのままベッドに体を預けて突っ伏した状態で眠ってしまっていたようだ。

「急にどうしたの？エリシア」
「で、殿下……」

私を心配そうな表情で見つめながらベッドのヘッドボードに痩せ細ったひ弱な体を預けているのは、我が国の王太子であるテオファルド・ラ・ギルニカ殿下。
そして私、エリシア・ジルファーラ公爵令嬢の婚約者だ。




――――私はたった今、ここが前世で読んだ異世界恋愛小説である『異世界恋愛は筋肉から！』の世界であることを思い出した。











『異世界恋愛は筋肉から！』通称イセキンは少し変わった小説だった。



というのも、乙女ゲームのようにルート別にお話があるのだ。

優しい王子ルート、俺様騎士ルート、冷徹宰相ルート、妖艶神父ルート、と全部で4つのルート、つまり全部で4冊が刊行されていて、タイトル通り全員が筋肉質な男性たちだ。
ヒロインのマイカちゃんは大の筋肉好きで、それぞれのルートでそれぞれの男性のそれぞれの筋肉を愛でていくというラブコメだ。

前世で読んだ、とは言ったものの私が覚えているのはイセキンの内容だけ。しかも詳細に覚えているのは王子ルートだけで、他ルートは物語の概要しか思い出せずヒーローの名前もわからない。

それどころか前世の自分がどういう人間で何歳だったのかも思い出せない。今までエリシアとして生きてきた記憶もあるし、性格だって変わっていない。
言うならば『昔読んだ本の記憶が頭の中に急に入ってきた』という表現が正しいだろう。




物語は私と殿下が18歳、つまり今から5年後が舞台。

ひょんなことから異世界に転移したマイカちゃんは、転移して早々に国の重要人物と一斉に出会うところから話は始まる。
ここまでは4冊すべて共通であり物語のプロローグだ。
そしてマイカちゃんは1番筋骨逞しい男性に飛びつき、それがお話の分岐点となるのだ。


このお話には問題がある。


なんと王子ルート以外を進むと王子、つまりテオファルド殿下もそして私も死んでしまうのだ。
他ルートの殿下はマイカちゃんが来てすぐ亡くなってしまい、それが他ルートの話の大きな転機となっている。
殿下が死んでしまった後、婚約者だった私は殿下が亡くなったことを全てマイカちゃんのせいにして彼女を陥れようとする。だが結局その場で殺されるか処刑されるという悪役令嬢的悲劇の結末が待っているのだ。



――――それならばなんとしてでもマイカちゃんには王子ルートを選んでもらって、殿下も私も生きた未来をつかみ取らなければ！