速度極振りエセ侍の異世界奇譚

シュペーマン

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チートがあっても…

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「………ハッ!?」

夕焼けの強烈な光に、佐々木は目を覚ました。

大の字に寝転がっていたのは腐葉土、ふわふわとした感触は佐々木にとって新鮮であった。

「…………………」

むくりと上半身だけ起き上がると自分が森の中にいることがわかった。

目の前の大木は屋久島の縄文杉を彷彿とさせる様な大樹であり、しかも見渡す限りそこら中に生えている。

この様な場所なら知っていてもおかしくは無い筈だが、佐々木の知識には無い。現実にも、《カオスエイジ》にも。

「…………」

バシッ!

佐々木は己の頬を平手打ちにした。極振りしてるとはいえ上位ランカー相応の筋力からの一撃はジンジンとした痛みを与えた。

バシッ!!

今度は反対側の頬をぶつ。しかし先程と同じく痛みだけが頬に残った。

「…痛い、夢じゃない…」

佐々木はいくらゲーム漬けの日々を送っていたとしても現実非現実の区別はつくと思っていた。

そのため、邪神という超常的な存在にあった出来事は半分夢ではないかとも空想していた。

しかし、佐々木の今いる場所は現実の世界でもカオスエイジの世界でもない。

ヒリヒリとした痛みが非常な事実を教えている。

「NOOOOOO!!!!!」

絶叫である。

突きつけられた現実に佐々木は思考のやり場を失い、ただ泣き叫ぶしか出来なかった。

頭を抱え縦横を転がりまくる。外見は長身のイケメンであっても百年の恋も冷めるというものだろう。

端整な顔立ちは涙と鼻水に濡れ、深い青の髪と装備の着物は腐葉土で汚れている。

「あのクソガキがー!なにが邪神だふざけやがってー!!」

激しい絶望は怒りに変わり、居ない邪神へと向けられる。

目の前にいれば口ごたえも出来ない程恐ろしいが此処は異世界、陰口と言えないレベルの大声で罵る。

「なにが無双だ!何がハーレムだ!そんなの出来る度胸ねーよ!!」

確かにゲームでは爽快感を求めて佐々木を作ったが、それはゲームの話。現実で生き物を狩った事などない。

人付き合いも得意でないからその時間をゲームに費やした。寂しかったから[佐々木小次郎]という皮を被った。今更ハーレムを築ける話力があるバズがない。

つまり詰んでいる。

叫び疲れた佐々木は汚れたまま再び大の字になる。


「でもなんとかして生きないとな…死になくねーし」

既に薄暗くなった森の中で、これからどうするか思案し始めたが中々固まらない。

([佐々木小次郎]ならどうするだろうな…)

佐々木小次郎というキャラクターは自身のコンプレックスの反動で作り上げたものであった。

剣の達人でありながら軟派者、花鳥風月を愛し、その掴み所の無さは戦場において遺憾無く発揮され、誰も佐々木小次郎を捉えることは出来なかった…。

(そんなキャラ設定だったな…)

自分の憧れを詰め込んだ[佐々木小次郎]ならばこの様な状況でも飄々としているだろうが、作った本人はそうはいかない。

「取り敢えず安全を確保しないと…」


佐々木はゲームの時と同じ様に嵌めている指輪に力を込める。不思議と何が入っているか理解した。

(画面が出る訳じゃない…不思議な感覚だな)

アイテムボックスがゲームの仕様とは異なるが、それでも異世界に飛ばされた身からすれば多少のことでは驚かない。

佐々木は何本かのランプを取り出すと周りに設置する。

このランプは光源とモンスター避けを兼ねたアイテムで《カオスエイジ》のプレイヤーには基本的なアイテムである。

拠点製作系アイテムもあるのだが現状を把握しきれていないので使う事は控える事にした。

続いて食事をする事にした佐々木は再びボックスから手頃なパンをいくつか出す。ゲーム内ではなかった香りと食感に少々驚いたが、気分を紛らわせるため黙々と食べ続けた。

食べ終えた佐々木は少し落ち着いて巨木にもたれかかる。ゴツゴツとした感情は首を痛めそうだ。

「ひとり…………だな」

辺りは既に暗く、ランプが無ければ枝葉で夜空を遮られた森の中は暗闇が支配していただろう。現にランプの光の届かない場所は一寸先が闇である。

怖い。

不意に襲った感覚に佐々木は思わず身震いする。

それもそのはず、佐々木自身は便利な都会で生きてきた。自然とたわむれるなど学生時代の旅行以来何年もしていない。

森の中の一人野宿など経験したことがなかった。

今まで内側に向いていた意識が外に向く。[佐々木小次郎]の優れた肉体は否応なしに周りの情報を拾ってゆく。

森の中を吹き抜ける風が枝葉を揺らす音が、夜に鳴く鳥の声が、暗闇に蠢く獣たちの息遣いが闇の中からやってくる。

「怖い、怖い、怖い、怖い」

森の闇は佐々木の心をも染めてゆく。言いようのない恐怖についに声まで出てしまう。

「ろ…ログアウトだ」

思わず出来るはずもないログアウト画面を探す佐々木。メニュー画面が出現するが殆どが文字化けしていて読むことすら出来ない。

「落ち着け…まだ焦るような時間じゃない…」

焦っている自分に気付き、深呼吸をする。ボックスから水を取り出し口に含む。嫌な汗が頬を伝う。

「…………ん?」

少し落ち着いた時、まだ開きっぱなしであったメニュー画面が点滅しているのに気づく。

点滅している所をよく見るとメール選択のボタンに“new ”という表示が出ている。

誰かが連絡してきたのかも知れない。

藁をも掴む思いで佐々木はメールを開いた。

“from 邪神”

その表記にすぐさまメールを閉じる佐々木。長いため息に生気の全てが抜けていく。

「…知ってた」

先程までの恐怖心が抜けるほど佐々木にとって邪神は癪に触る存在になっていた。

息を整え再度メールを確認する。送り主が邪神である事に変わりはない。

腹が立つのを抑えながら佐々木は意を決してメールを開いた。

『ヤッホー!邪神だよ!

元気にしてる?僕は元気だよ!

きっとこのメールを見てるって事は一人寂しく野宿でもしてるのかな?

僕は曲がりなりにも神様だからね!予想付いちゃうわけ!

そんな可哀想な佐々木君に僕からプレゼントだ!

君の【オトモ】に魂を与えたよ!大事にしてあげてね!

P.S
このメールは事前に送信してあったものだから異世界の君の状況を見ている訳じゃないよ?

でもきっと寂しい状況なんだろうけど(笑)

君に幸あれ、素敵な出会いが君の人生を豊かにする事を願っています』






「ざっっっけんなコラーー!」

まさかのボッチを見透かされていた事にも腹が立つが、それよりもムカつく事がある。

「なにが『君に幸あれ』だ!谷底に落としたのお前じゃねーか!!」

まさに邪神。その身勝手さに佐々木は怒りが治らない。

衝動に任せて愛刀《烏羽》を引き抜く。そして力任せに巨木に叩きつけた。

身体能力に任せた斜め一閃はシュバッ!という擦過音と共に音速を超え、大木を両断する。

佐々木が二人手を広げて並べる長さの直径があった幹は、自重に従い自然落下を始める。

それは佐々木に覆い被さる様に倒れ始めたが、彼は再び刀を構える。

「【斬釘截鉄】!!」

【秘剣・燕返し】とは別の必殺技、佐々木にしては珍しい火力推しの一刀が倒れゆく巨木に炸裂する。

ヒットする毎に小爆発を発生させ、防御力貫通の小ダメージを与えるスキルを軸にいつもの如くヒット数を増加させた結果、剣士職でありながら本職の爆破魔法と見紛う大爆発を発生させる。

ただでさえ切れ味鋭い烏羽により空中でバラバラになった大木は、爆破の渦に飲み込まれ塵も残さず消滅した。

激しい閃光と風圧は辺りの木々をしならせ、森の夜の住人達を仰天させる。鳥は飛び去り、獣は体力が尽きるまで走り逃げていった。

一瞬夜空を赤一色に染め上げた爆轟は森の中で反響しながら次第に夜の闇に溶けていった。

「はっ……はっ、はっ、は~~」

佐々木は今目の前で起こった出来事に驚愕した。

(なんだよ…これ…)

使い慣れた筈の必殺技、勝手を知っている筈のこの技が全く違うものに見えてしまったからだ。

確かに仕様は変わっていない。切断面から爆発を起こし防御力貫通と吹き飛ばし判定を相手に与えるという効力は変わっていない。

しかしゲーム内ではここまでのエフェクトは出なかった。体に打ち付けるビリビリとした風圧も、目を覆いたくなる様な閃光も、足元がくらみそうになる大地の揺れも《カオスエイジ》の中には存在しなかった。

「はっ…はは、ハハハハハ!!!」

こんな力、個人で制御しきれるのか?

自身の人外じみた力に佐々木は笑う他なかった。

(こんな力他人に見つかってみろ、討伐されるに決まってる)

個人で戦略兵器並みの火力を持つ剣士などどんな世界であっても放置する事は無いだろう。

自国民や勝手を知るものであれば国に歓迎するだろうが、佐々木は見るからに異邦人。不気味以外の何者でも無い。

(こんなんじゃ、町の中に紛れる事も出来ないな…無双出来る力か…邪神め!この事も予測しているんだろ?)

いくらスキルを使わなくとも並外れた身体能力によりいずれ目をつけられるだろう。嫌が応にも苛烈な環境に立たされるのは目に見えている。

佐々木自身は一般人だ、ただ《カオスエイジ》をやり込んでいただけの普通の人間であった筈だ。

「これからどうしたらいいんだ…………誰か助けてくれ…」

その場にしゃがみ込み膝に顔を埋める。不安感だけが胸の中をグルグルと回り続けていた。

その時、邪神からの手紙を思い出す。

「オトモ…あいつ確か【オトモ】って書いてたよな!」

すぐさまメールを見返す。そこには確かに『【オトモ】に魂を与えた』の一文がある。佐々木は慌ててアイテムボックスを開く。

【オトモ】

《カオスエイジ》においてソロ活動時に連れて共に戦う事の出来るNPCの事である。

人間もいれば亜人種、魔物、精霊など多種多様な種族が存在し、ある程度のゲーム内マネーを払えば購入する事が出来る。

様々なタイプが存在し、前線に立つものや遊撃に出るもの、後方支援とNPCでありながら優秀に動いてプレイヤーを支えてくれていた。

その中で一等強力なのが一部のボスモンスターが落とす【特殊オトモ】であった。

そのドロップ率は極悪で四桁マラソンしても落ちない、もはや都市伝説の存在である。

しかも高難易度のボスしか落とさず、手に入れれば羨望と嫉妬の入り混じるネットリとした視線に晒される事となる。

かくゆう佐々木の所持しているのも【特殊オトモ】であった。

偶然ドロップした当初はギルドメンバーからゲーム内でストーキングされる事態にまで至った逸品である。


エンドコンテンツの一つである《七龍》の1匹、《鮮血龍  パンドラ》

大量のデバフによりプレイヤーを弱体化させ、強烈なブレスで一掃する、返り血により体を染める事を至上の喜びとする邪龍。

そんな極悪の存在がドロップする、オトモの中でも最強クラスのNPC。

邪龍の一人娘。白銀の長髪に黄金の瞳、ゴシック調の黒のドレスに身を包んだ少女の形をした災害。

佐々木は頭の中に浮かぶ表示に息を飲む。

《鮮血龍姫  ロア》

佐々木の最高戦力であり、長く連れ添ったパートナーの名前であった。

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