速度極振りエセ侍の異世界奇譚

シュペーマン

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告白と再構築

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佐々木は出来る限りの事をロアに伝えた。もちろん《カオスエイジ》がゲームであり、[佐々木小次郎]の中身は冴えない一般人など言えない。ロアの反応から佐々木というキャラクターを信頼している様に思えた為、裏切る様なことはしたくなかったのだった。つまり佐々木という凄腕の侍が邪神により異世界に飛ばされたという話が出来上がった。

時折「…コジロウと、二人きり…」と呟いていた。なるほど他のギルメンがいない状況は彼女にとっても寂しいものなのだろう。

「…これからコジロウはどうしたいの?」

「どうしたいか、か…」

多くの事が短い間に起きた為、気持ちの整理が付かなかった。ただ怖い、ただ寂しいという場当たり的な感情に身を任せて行動して来た。今度は行動方針を決めなくてはならない。

ロアを見ると佐々木をジッと見つめている。主人の言葉を待っているのだろう。彼女も思う事があるだろうに主人を優先してくれている。

(俺なんて恥ずかしいな…)

ここははっきりと言ってやるべきだろう。佐々木は深呼吸の後ロアに向き合う。

「元に戻る事は優先したいが、手掛かりも何もない。今すべき事は生活の拠点を手に入れる事だと思う」

「…人里にいくの?」

「正直言葉が通じるかどうか分からないから止めておこう。拠点製作のアイテムがあるから少し開けた場所を探そう」

「…分かった。食べ物はどうするの?」

「取り敢えず備蓄は沢山あるんだ。それに補給に関しては少し考えがあるんだ、…それがだめだったら別のを考えよう。」

そう言って佐々木はアイテムボックスである指輪を見せる。

「…でももう夜、いくの?」

「今日は野宿だな…」

佐々木とロアは大樹にもたれ掛かりながら夜を過ごした。

焦げ臭い森の中でランプの灯りが二人を見守っていた。



朝、木漏れ日が佐々木の顔を照らし眼を覚ます。精神的な疲れでいつの間にか眠ってしまっていたのだろう。横を見るとロアが佐々木にもたれ掛かって眠っていた。

佐々木はロアを起こさない様に掛けていた毛布を出て身体を動かす。

ゲームの体であるが、既に自分の体の様に動く。またしても夢でなかった事にため息をつきながらランプを回収する。夜のうちに彼等を襲う者たちはいなかった様だ。

ボックスから出した水で口を濯ぐ。大きな石を椅子の代わりに、切り株に布を引きテーブル代わり食べ物をいくつか出す。…と言ってもパンとサラダしか無いのだが。

そうしているうちにロアも起きて来た。眠け眼を擦りながらフラフラとやってくる。

「…私が準備したのに」

「悪いな、仕事奪ったつもりはなかったんだ」

「…いい、コジロウの料理が食べられるから」

「と言っても既製品だぞ?」

「…こういうのは雰囲気の問題」

僅かばかりロアの口角が上がる。微笑とも呼べないわずかな変化だが、今までに無い新鮮な表情に佐々木は驚いた。

「そ、そうか」

ゲーム内でロアが表情を変えたことなどなかった。どんなに撫でても、傷を負っても、レベルを上げても仮面の様に変わらない顔。何か隠し要素があるんじゃ無いかといろいろな場所に連れ回し、困難な好感度上げもカンストまでしても変わる事はなかったのだ。

(コイツもちゃんと生きてるんだな)

自分の知らないロア。未知を恐れる佐々木であったが、この発見は心地よいものであった。

「…早く食べよ?」

気づけば先に切り株のテーブルにロアがついていた。先ほどの微笑みは既に消えまたしても無表情になっている。佐々木もすぐに座り食事にする事にした。

「…そう言えば気になっている事がある」

食事の途中、唐突にロアから質問が飛んだ。

「なんだよ?」



「…コジロウの話し方、態度、変」



「あ、」



マヌケな声とともに佐々木は固まる。今まで忘れていた[佐々木小次郎]というキャラクター。《カオスエイジ》でロアの知る主人は、雅な羽織をはためかせ戦場を駆ける伊達男である。

決して異世界に落とされオロオロしている中身の一般人ではない。

「それは…」

言葉が続かない。どう取り繕っていいか分からない。

正直に言えばロアは幻滅するかもしれない。そうすれば俺を見限るかもしれない。そんな不安が生まれた。

しかしこの場を丸く納める嘘をつける余裕は今の佐々木にはなかった。

しばしの沈黙の後、佐々木は決意した。

(………言ってしまおう、嘘をついたってどこかでバレるだろうから)

正直に言えばロアも考えてくれるはずだ。二人の戦闘力は凄まじい。見限るにしても殺し合いになれば双方ともただでは済まない。ロアだって考えなしでは無いはずだ。

「ごめん!」

佐々木は頭を下げる。精一杯の謝罪である。

「…どうしたの?」

ロアは驚いたのか、理解できなかったのか訝しげに質問する。

「全部、演技なんだ…」

「…演技?」

「俺はロアが思っている様な伊達男じゃ無いんだ…弱い自分が嫌で[佐々木小次郎]ってゆう仮面を被ってたんだよ…」

佐々木は正直に話す。それは自分を責めている様な気配すら感じる。

「………」

何かを考える様に押し黙るロア。相変わらずの無表情だが、ゲームの時と違い感情の機微が佐々木にはわかった。

「俺は…実は普通の人間なんだ…現状が知らない事が多すぎて怖くてたまらない。力があってもどうしようもなく怖いんだ…」

正直な思いを伝える。ロアは黙ったまま聞いている。

「君の知る[佐々木小次郎]はただの偽物なんだよ………………………………正直、幻滅したろ?ロアが俺を頼りに出来ないと思うなら去ってくれても構わない………。でも、もし、それでも俺に付いて来てくれるなら、………俺を支えてくれないか?」

佐々木は再び頭を下げる。切り株に頭をぶつけるが構っている余裕が無い。

(情けないな…)

思わず涙が流れる。それでも一生懸命頭を下げた。ここでロアという仲間を失いたくはなかったからだ。

二人の間に沈黙が流れる。その間も佐々木は心の中で願い続けた。


「…いくつか質問がある」

そう口火を切ったロア。佐々木は慌てて頭を上げる。

「…コジロウは未知が怖いと言った。…じゃあ今までの私との冒険も嫌だった?」

「それは違う!ロアが一緒だから俺は冒険を続けられたんだ!!」

佐々木は強く否定する。いくらバーチャルの世界とは言え《カオスエイジ》で過ごした時間は佐々木にとって宝物であった。《鮮血龍姫》をオトモにしてからはその爽快感は比べる事のできないものであった。二人で何十匹の魔物を相手に大立ち回りを演じ、挙句全滅させたのは今でも鮮明に覚えている。

「……………そう」

簡素な返事。流石に短すぎるためロアが何を思っているのか全く分からなかった。

「…じゃあもう一つ、そんな怖がりなコジロウは、……私が怖く無いの?」

「え?」

佐々木は問題の趣旨を理解できなかった。しかし聞き返せばロアが去ってしまうかもしれない。そう考えた佐々木は一生懸命質問を咀嚼しようとする。

(ロアが怖い?確かにコッチに召喚する時は不気味だったけど、やっぱり長い間使って来たオトモだしなぁ…、正直警戒解いちゃってるよな、俺)

佐々木はいくら考えても質問の意味が分からなかった。ロアが黙って見つめ続けているのに気がつく。

「う、うーん、…特に怖いと思ったことはないかなぁ~」

何とかして解答を絞り出すが、何とも腑抜けた答え方になってしまった。

「…どうして?」

「ええっと…ロアだから?」

曖昧な返事になってしまったと佐々木は心の中で猛烈に反省する。

(そりゃ不気味な怪物みたいなデザインなら怖いけど、見た目完全に美少女だしなぁ…)

心の中で汗を掻く。もしかしたら今の受け答えで呆れられてしまったかもしれない。

現にロアは佐々木に聞き取れない音量でブツブツ何かを言っている。

早く結論を聞きたいが佐々木にそんな権利は存在しない。

ただ静かに時を待った。


「…いい、許す」

「…え?」

突然の言葉に反応が遅れる。

佐々木は驚いた顔のまま固まる。

「…許すと言った。私はいつも通りコジロウの従者」

「い、良いのか!?俺は思ってる以上に情けないなぞ!?」

思わず前のめりになって迫る様に確認する佐々木。

「…特に問題ない、新しい発見があって新鮮だった」

その余りにも器の大きな言葉に佐々木の涙腺は人生最大級の決壊をした。

「ありがどーー!ロアアァァぁあああ!!」

思わずロアを抱き締める佐々木。大の男が号泣しながら無表情な少女を抱きしめている奇妙な絵が出来てしまった。

「…よしよし」

ロアは佐々木の頭を撫でる。泣きじゃくる佐々木を小さな体で抱きしめた。

異世界生活2日目の朝は佐々木小次郎にとって色んな意味で忘れられないものとなった。



「本当にごめんな…」

佐々木が泣き止むまでロアが介抱した結果、出発は大きく遅れ、現在日が傾いているにも関わらず、目的地を見つけられずにいた。

大人として主人としての威厳の一切がなくなってしまい、やるせない気持ちのまま道中何度も従者に反省の意を伝える男がそこに居た。

「…気にしない、いくら強くてもコジロウも人間、むしろそれが確認できて安心した」

本日何回目かのロアのフォロー。またしても涙腺が緩みそうになる。異世界に来てからというもの佐々木の涙腺はどんどん締まりがなくなって来ている。

「…でも不思議、そんなに臆病なら他のギルドメンバーも大変だった?」

「他のギルメンは知らないよ、ずっと[佐々木小次郎]を演じていたからな」

「…じゃあ私以外に知らない?」

「そうなるな」

佐々木は《カオスエイジ》をなりきりプレイしていた為、素を出す事は一切無かった。と言うのもそうでなければ恥ずかしくて会話ができなかったからだ。

「………」

ロアは佐々木と反対方向に顔を向けていた。

佐々木には何をしているか分からなかったが、やがてロアは向き直り佐々木を見つめていた。

「…コジロウの素顔はこれからの生活では支障が出ると思う」

「うっ…やっぱりそうか…」

突然の指摘に佐々木はたじろく。

「…何が起こるか分からないから舐められるわけにはいかない。だから絶対に外で本性を出してはいけない」

無表情で淡々と告げるロア。佐々木は妙な威圧を感じた。

「そ、そうだよなぁ…でも出来るかなぁ」

ここはゲームとは違う現実の世界。佐々木にはなりきりを素面で赤の他人に行える度胸はあまり無い。

「…私がサポートする。コジロウも頑張って欲しい」

「ありがとう、俺、頑張るよ」

佐々木は潤んだ瞳を必死で抑えている。こんなに自分を助けてくれる人はリアルでは一人もいなかった。

「…うん、でも演じ続けるのは大変、だから二人きりの時は本当のコジロウでいてくれて良い。…だから絶対に外では演技で過ごして」

強く念押しする様にロアが言う。表情は変わらないが眼は真剣そのものであった。

「本当にありがとう!大好きだよ、ロア」

ゲーム内でのいつもの癖でロアの頭を撫でる。ゲーム内であれば好感度を上げる重要な作業であったが、ここは現実、途中で気付いた佐々木はハッとする。

「………分かればいい、だから約束は絶対」

そう言うと小指を出してきた。佐々木はロアの見た目相応の態度に微笑ましく思いながら、こちらも小指を出し指切りをするのだった。

そのあと数十分後、二人は条件に合う場所を見つけるのだった。
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