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裏切り者のララルーシャは死にたい

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悪政に苦しんだ市民が起こした反乱。
そのキッカケとなった「カンティラの悲劇」と呼ばれる惨劇があった。
善良なる市民の多くが犠牲となった惨劇を導いたのは、ララルーシャという一人の平民兵。
その後、ララルーシャは王に気に入られ、王城付きの兵となった。
民は「裏切り者のララルーシャ」と口々に囁いた。

反乱ほどなくして、非道と恐れられた王は死に、その配下たちは刑に処された。
国に平和が広がるなか、ララルーシャは刑に処されることなくひっそりと姿を消したーー。

 ◆ ◆ ◆

赤い。赤い。
視界が真っ赤に染まる。

「やめろ! 殺さないでくれ!」
「ぎゃー!!」
「お願い、助けてっ」

逃げ惑うひと、人、人。
呼吸が、できない。

「なんで、ここが!?」
「まさか……ララルーシャ、お前っ!?」

僕は、僕は。

「反逆には死を」

耳をつんざく、悲鳴。
血溜まりが足元に迫ってくる。

「裏切り者」


 ◆


 木目の天井。ガタガタと風で揺れる窓。
 隙間風が入り込む質素な古家。
 ここは今、僕が住処すみかにしている場所だ。
 また、僕は・・・ーー

「また生き延びた、なんて、どうせアンタは思ってるんでしょうね」

 海の底のように冷たい青い瞳で僕をにらむアネノネ。
 彼の言う通り、僕は、生き延びたと思っている。

「なんで、死なせて、くれ、ないんだ……」

 気管のどこかに穴が空いているかのように、ひゅうひゅうと息が漏れる。
 苦しさから視界はぼやけて、涙がこぼれる。
 手さえ動かせない僕は、それでも目を動かし、アネノネに訴えた。

「……何度言ったら覚えるんですか。アンタが生きたいと思わない限り、オレは殺したりしない」

 アネノネは節くれたった指を僕の顔に伸ばす。

「ほんと、クソがつくほど弱い。アンタ、今までどうやって生きてたんだよ」

 その指は、とても冷たくて心地が良い。

「わから、ない……」
「あっそう」
  
 そう言うと、アネノネは額に何かを置いた。
 冷たい。布を水に冷やしてくれたのだろう。
 アネノネは口が悪いけど、優しい青年だ。
 だからこそ僕は、彼に望みをかけている。

「どうせ、ほっといても治るとかいうんでしょうけど、そう言うのオレ、イヤなんで。それに、アンタを殺すのがびてもらっちゃ困る。オレだってヒマじゃないし……」

 アネノネの小言は長い。
 数ヶ月前に僕の前に現れたアネノネの声は、いつの間にか僕に安心感をくれる存在となっていた。
 ふわりと浮き上がっていた意識は気付く間もなく途切れ、深い眠りへと旅立っていた。


 ◆


 この国は4年前まで、恐慌きょうこうの嵐であった。
 それは王の独裁による政治そして、たみを苦しめる税収。すこしでも意にそぐわない態度と見なされれば処罰対象となり、貴族でさえ、処刑されることがあった。

 僕は物心つく前から孤児院にいた。国から補助金で成り立っていた孤児院の子供たちは16歳になると、院を出て、国の兵として徴兵ちょうへいされた。
 だから知らなかった。国がどれだけおかしいのか。国王がどれだけ狂っていたのか。
 民は、税を支払うために身を粉にして働き、税を支払えなければ強制労働場へ連れていかれる。それは、女子供だろうが関係なかった。
 これらのことが、どれだけ異様なことなのか。

 1年と経たずとして抱いた疑問に気付いた時には、もう後戻りができなかった。

 なんの疑問も持たず、のうのうと生きてきた僕。
 せめてもの償いとして、傷つき、治療さえまともに受けることができない彼らをほんの少しでも助けてあげれればと思った。
 僕にはすこしだけ不思議なちからがあった。傷を癒すと言ったら大げさだけど、薬草の効果を高めることができた。それはほのんのささやかな力であった。
 孤児院の院長はそのことを知っていて「決して、誰にも話してはいけない」と言われていた。
 だから、孤児院でささやかな支給を行う集会をすることにした。それぞれ有志で集めたモノを提供するだけの、施し。偽善と言われれてしまうようなモノだけど、みんな笑って「ありがとう」と喜んでくれていた。

 だけど、本当にそれは、俺の思い上がりで。
 誰かを巻き込むことに、みんなを巻き込んでしまうことになることを、理解していなかった。

 傷ついた人が集まっていただけのはずなのに、それは王の反する意思があると見なされた。
 数年に続く悪政による不満が高まってきたなか、反乱を起こすために極秘裏に決起集会をしていると、民の中で噂が広まっていた。
 そのことを王が気づかないワケがない。
 ささやかな集会は、一転して、残虐な制裁の場となった。
 血に塗れる人、人、人。
 生き残った僕は、首謀者として、王の前に連れて行かれた。
 死を覚悟した。さらし首か、撲殺か。
 首謀者として、どんな酷い殺され方ても仕方がない。
 それなのに、王は僕を殺さなかった。

「ララルーシャ。貴様の、その稀有けうちからわれのために使え」

 そうして、僕は檻に囲まれた庭園に幽閉された。
 来る日も来る日も、言われるがままに、薬草を育てた。

 それから2度、春を迎えたあと、民は反乱を起こした。
 長い冬の終わり、平和を取り戻した。
 悪政をふるった王と、その配下たちは刑に処された。多くは死刑だった。

 当然、僕も、処刑されるものだと思っていた。
 多くの人を死へ導いてしまった僕は、死んで当然の存在。なのに
「生きよ」
 そう新しい王に言われてしまった。

 ただ、処刑することもしないが、国で保護することも難しい。
 だから、国を出てほしい。


 僕は頷いた。


 国を出て知った。
 僕は「裏切りのララルーシャ」と民の間で、そう呼ばれていることを。
 そして、あの事件は「カンティラの悲劇」と名をつけ、多くの民とって反乱する活力となったことに。
 多くの犠牲によって、平和を取り戻した国に、その中心となった僕がいることはふさわしくない。

 あてもなく歩いた。歩き続けた。
 国さえ出れば、人の目につかなければ、自ら死ぬことができると思っていた。
 だけど、僕は、とても、卑怯で弱虫だった。
 自ら、剣で刺すこともできず、毒を飲み込むことさえできなかった。
 すこし傷をつけただけで手を止め、くちに含んだだけで吐き出した。

 あぁ、なんて、僕は、臆病なんだ。
 死にたいと言いながら、死ぬのが怖くて震えてしまう。

 そんなうつうつとした旅を続けた僕は、行き倒れた。
 死を選ぶことはできないが、食は進まず、野晒しで生きていれば当然のことだった。

 
 やっと、死ねる。


 そう思って、目を閉じた。
 しかし僕は再び、目を覚ますことになった。

「お母さん、目を覚ましたよ」
「まぁ、よかった」

 平和になったとは言え、国と民のあいだには、まだまだ軋轢あつれきが残っていた。
 そのため祖国から亡命する人は多くいたらしい。
 国境に近い、この小さな村に住む、親子に命を救われた。
 彼女たちは僕のことについて深く追求することはなかった。
「ありがとうございます」
 死にたい。殺してほしい。と思っているけれど、生かしてくれた彼女たちを恨んだりはしない。
 それは死を選んでもいない彼らが死してしまったことと同じく、死を選びたくても死ぬことができない僕は真逆だが、同じごうである。

 いつしか、彼女たちによって与えられた森近くの古家で暮らすようになった。
 どこの誰ともわからない者を保護して彼女たちに恩返ししたい。
 だけど、また、不幸を繰り返してしまうかもしれない。
 古家に籠る日々が続いた。
 ある日、女の子が僕の古家を尋ねた。
「お母さんを助けて」
 どきりと心臓が跳ねた。僕のせいでまた巻き込んでしまった。
 だけど、内容を聞いて安堵した。
 国で流行っていた風邪が、この村にも届き、母親が患ってしまったらしい。治療院もない小さな村では、ただ自然治癒することを待つのみ。それであらかた治っていたが、ただの風邪とは言えないほどの病状に女の子は焦った。
 そこで思い出したのは、僕のこと。もしかしたら、なにか知っているかもしれないと思ったのだ。流れてきた人々は村人からすれば、どの人物も博識であったから。僕を頼ったのは、ワラにもすがる思いだったのだろう。根拠はないはずだけど、女の子は、運が良い。
 僕は、僕の知っている知識と力で、薬草を渡してあげた。専門的な医療知識がない僕だが、孤児院にいた時に院長に教えて貰っていたので、なんとなく、薬草の良い悪いが判断できていた。もしかしたら、僕のもつ不思議な力も関係しているのかもしれない。でも、明確な答えはない、気休め程度だ。
 結果として、母親は良くなったと、多くの野菜と共に感謝の言葉が返ってきた。
 こんな僕でも役に立てたことが嬉しかった。
 でも、自惚れてはいけない。
 僕は”裏切り者のララルーシャ”だ。

 気づけば季節は移り変わり、国を出て4年の月日が経っていることに気づいたのは、彼が目の前に現れた時だった。
 12歳の時にあの事件で両親を亡くし、2年後の反乱時には少年兵として参加。その後、国の兵として入隊し、僕の情報を得るために腕を磨いた。復讐に燃える彼は18歳、立派な青年となっていた。
 月日を経て、少年から青年となった彼は”アネノネ”と名乗った。 

「お前を殺しにきた」

 出会って早々、そう宣言したアネノネ。
 僕を殺しに来たアネノネが身の上から名前まで語ったには理由わけがある。
 常の罪人だったら、怯えて命乞いをするのかもしれない状況にも関わらず。

「ありがとう、僕を殺しに来てくれて」

 そう、僕が歓喜に震え、泣いたからだ。
 嘘じゃない、心の底から嬉しかったんだ。王も、国も、誰も罰してくれない。
 ここでは誰も僕の罪を知らずに、頼ってくれている。
 だけど、本当の僕は、彼が言うような”殺されるべき人間”だ。
 僕が待ち望んでいた瞬間だった。

「やめた。らくに死ねると思うな」
 
 なのに、彼は、最初の発言をひるがえしてしまった。
 そうしてなぜか、アネノネは僕のこの小さな古家に居座り、共同生活をはじめることになった。


 ◆


「つーか。その頭、どうやったんだ?」
「え、な、なに?」
「死にたいって言う割に、白髪に染めて、結局、生きたくて隠してるつもりか?」

 伸ばしっぱなしにしている僕の髪は腰にまで届いている。
 アネノネの歪んだ笑顔から吐かれた言葉に、僕は思い出した。
 僕は昔、金髪であった。今は白髪になっている。
 あの事件で幽閉された頃から色を失いはじめていたらしく、気づいた時には白髪だった。
 だから、僕にとって当たり前だったけど、過程を知らない人からすれば、そう見えるのか。と気づいた。

「違うよ。だけど、そっか……だから周りは気づかなかったのかな」
「はぁ?」
「金髪にすれば、みんな気づいて、殺してくれるかな……」
「はあ?」
「でも金髪に戻す方法って……染め粉? でも手に入れるのは難しいし、なにか代用でき……」
「おい、普段は大して喋らないクセに。なんで、そうも、死ねることになると口数多くなるんだよっ」

 アネノネは苛立ったように声を上げた。
 小さい頃から体を鍛えていたアネノネは僕と違って体格がよく背が高い。頭1個分は違っていて、必然的に見下ろされる形になり、アネノネが怒りっぽいと分かっていても、威圧的に感じてしまい、勝手に体が震えてしまう。

「えっ、ご、ごめん」
「はぁー……」

 アネノネは額に手を当てて、大きなため息を吐いた。
 言葉は荒くて、くちが悪いけど、根は良い子。アネノネと暮らしはじめて分かったことだ。
 こんなことをアネノネに言ったら怒るから言わないけど、そんな良い子に、復讐の人生を歩ませてしまった僕は、なんて酷い人間なんだろうと思う。そして、殺してもらおうとしている。アネノネの優しさに甘えている。でも、そうじゃないと僕は死ぬことができない。わずかな希望。

「ルー、いる?」
「いっいる、いるよ」

 女の子の声が聞こえた。僕を救ってくれたターシャだ。
 僕はこの村では「ルー」と名乗っている。
 この村の人は「ララルーシャ」だと知っても住ませてくれるかもしれないけれど、犯罪者を匿っていると追求されてしまうことを避けたかった。追い出されても……と考えたが、僕は、もう旅を続けることに疲れてしまった。どこまでも、僕は、卑怯で最悪な人間だ。死にたいと言いながら、死ぬことができるかもしれない旅に出ることを拒否をする。

「ど、どうしたの?」
「ルー。大丈夫? いじめられてるの? 最近ずっと元気ないし……」

 ターシャは小屋の奥にいるアネノネに視線をチラチラと動かしながら、僕を心配してくれる。

「大丈夫。僕が、悪かった、だけなんだ……」
「ほんと? ルーはすぐ我慢するから心配」
「ありがとう」
「あ、これ。母さんが」

 野菜と乾燥肉が入ったカゴを渡される。
 僕は食欲がわかず必要最低限で済んでいたが、アネノネはそうじゃない。
 備蓄していた食糧では足りず困っていたところだった。

「助かるよ、ありがとう」
「どういたしまして」

 代わりに育てている薬草を渡す。

「少ないけど、これ」
「ありがとう。困ったときはお互い様だよ? あ、いじめられたらうちに来ていいんだからね」

 ターシャは笑って、そして最後に、小声で不穏な言葉に残して去っていった。

「・・・」

 そろりと様子を伺うと、アネノネはその目を吊り上げた。

「アンタが無駄にビクビクするからいじめてると思われてんだろ」
「ご、ご……」
「どもんな、ますますオレが虐めているみたいじゃねぇか」
「ちっ違う、僕が悪くて……」
「んだよ。悲劇のお姫様気分で楽しいか」
「そんなつもり、なくて、ほんと、ごめん……」

 僕の視線はうろうろと床をう。
 本当にそう思っているのに、アネノネには伝わらない。 
 そりゃそうだ。
 悪人の悪あがき。まるで命乞いしているようにしか見えないだろう。
 でも、なんと言えばいいのか、わからなくて。
 言葉に詰まって、苦しい。



「目ぇ、覚ましたか?」



 僕はまた、夢を見ていたらしい。
 息を吸う度に、ヒリヒリとした痛みが喉を走る。
 呼吸はまだひゅうひゅうと息が抜けている。

「こ、ろして、よ……」

 涙がこぼれた。
 僕には生きている価値がないのに、こうして生きている。
 胸が苦しい。息を吸うことができない。
 堤防が崩れた川のように、ボロボロととめどなく流れる。
 はふはふと言葉にならない音をただ、ただ、続ける僕をアネノネはどう思ったのか分からない。
 熱と酸欠で頭がぼんやりするなか、唇にあたたかい何かが触れたような気がした。


「     」


 再び、僕は意識を手放した。
 どうか二度と目を覚ますことがありませんように。
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