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二章:悲劇の日から
精神科と睡眠科 07
しおりを挟む部屋に入るなり、布団に潜っていた僕から掛け布団を奪ったサンは、フンと鼻で嗤った。
「莫迦だな、君は」
そういつものように僕を馬鹿にして、それなのに、優しく笑うのだ。
僕は、寝転がった姿勢のままで、情けない顔でサンを見上げていた。
「芋虫のように転がるしか脳がないのかい。其れだから、さっさと来いと言っていたんだよ、ボクは。君は仕事をクビになった。19歳になるから、もう此処にも居られない。どうするんだい? ボクが迎えに来ないと動けもしないのか。其れだから君は莫迦なのだよ。少しは頭を使え。他人に頼れ。ボクは、ボクだけは君の味方だろ? いい加減に学習したまえよ」
げし、と脇腹を蹴られた。
なんて非道い言い草なんたろうかと、頭の片隅で文句が浮かんでも、サンの優しさが解るから口に出ていかない。
「だっ、て。僕は」
「言い訳は要らないよ。ほら、さっさと支度しなさい。ボクだって暇じゃないんだ」
怒った表情で僕の腕を掴んで引き上げるサンに、されるがままに起き上がった。
その日、僕は児童施設を出て、折半で払っていたアパートに移り住んだ。
そして、半年程の無職期間を経て、新しい職場に就いたのだ。
僕がこうして生きているのは、矢張りどう考えてもサンのお陰である。
どうにか彼に恩返しがしたい。
そんな気持ちを抱いているのも事実。
医者になることが、サンのためだと思うのは、何だかんだ言って、サンも医療が好きなのを知っているからかもしれない。
僕は自分の部屋で回想に浸り、溜め息を零した。
サンは頑固だ。
ひねくれてもいる。
どうしたら大学を辞めないでくれるかを延々考えて、この日は満足に眠れないのだった。
それから、何週間が経った。
1ヶ月は経たないので、2、3週間だろう。
ちょうど仕事が休みで、サボリがちだった掃除をしていた時だ。
家の電話が鳴った。
相手はサンで、忘れ物を届けて欲しいと言う内容だった。
あれから、取り敢えずまだ籍を置き、授業にも出ている様子で、僕は安心していた。
サンに言われた茶封筒を抱えて家を出る。
此処からサンの大学までは徒歩で10分程だ。
夕飯の献立を考えている内に校門に辿り着く。
守衛さんに頭を下げ中に入ろうとした、ちょうどそのタイミングで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
彼は、スラリと背が高い。
そして、どこかの国の人形みたいに綺麗な顔をしている。
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