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はっぴぃ[です]でぃ
しおりを挟むその日、僕は魂を捧げる筈だった。
神に捧げる21gは、何故かまだ僕の中にあり、息を吸えば吐き出し、吐き出せば吸い込んでしまう。
身体が生命を維持しようと勝手に行う本能だった。
真っ白に埋め尽くされた部屋で、ベッドに半身を伏せる母の泣き声が気持ち悪い。
彼女は僕を罵っては呪いの言葉をぶつけてくる。
振り乱された髪が濡れる頬に張り付いていた。
母の関心は生きている僕には微塵も向いてはくれない。
物体に帰した命無い僕になれば愛してくれるのかもしれない。
そんな期待すらも裏切られ、体内から21gを捧げることに失敗した僕は、ただ壊れた女の戯言を聞いた。
僕の役割は死ぬことだった。
21gとは、魂の重さだと女は主張し、神に魂を捧げることで父が生き返るのだと本気で信じている。
与太話だと笑っていられたのは何時までだっただろうか。
毎日、寝ても覚めても繰り返される浮世離れした妄想が、何時からか僕を支配していた。
死ね、とリフレインする優しい子守唄に酔い痴れて、死ぬことが僕の使命なのだと、そんな泥酔感に溺れていたのだ。
体躯には40kgと少しの重みが乗っかり、首に巻かれた両の掌が喉仏を絞め上げていく。
本来ならば、「はっぴぃばぁすでぃ」を歌う、数年前に僕という生命が誕生した日に。
僕を産んだ女から「死ね」と歌われながら、生命を捨てられていく。
酸素の供給が断絶された脳が苦しいと喘ぐ。
必死で引っ掻いた大人の手は、僕を殺そうと力を弛めたりはしない。
耳から遠退いていく「死ね」が、どうしても離れていかない。
意識が常世から離れていこうとする僕の頭では、「死ね」が延々と流れていた。
はっぴぃ[です]でぃ、なのだ。
僕というガラクタから21gを搾取しようとする殺人鬼には、生贄としての価値しか見えていない。
死ぬことを祝福される世界が正しい訳などなかった。
死ぬ寸前、きっと僕は心地の良い夢心地な酔いから醒めたのだろう。
生を望んだのか、死が怖かっただけなのか。
助かった今でも僕にはわかりはしない。
死ね、と泣き叫ぶ女の肩を抱いて女性警察官が病室を出て行った。
最後の最後まで「死ね」が僕を彩り、僕という存在が祝福されることがないままで、21gの重さだけが残されていた。
「どうして死んじゃったの、お父さん」
21gと妻子を捨てた父のせいで、僕は一生21gに縛られて生きていく。
父に捨てられ、母に殺された僕の誕生日に相応しい名前を呟いて嘲笑った。
「はっぴぃ[です]でぃ、だ」
固く瞑った眼の隙間から流れた水滴は枕に吸い込まれ消える。
叫びたい強い憤りは体内から吐き出せず、僕の臓腑を焼いた。
胸を締め上げる悲しみが僕の視界から色を無くした。
「はっぴぃ[です]でぃ、だ」
もう一度、ゆっくりと噛み締め口に乗せた言葉を最期に、21gとは別れを告げた。
はっぴぃ[です]でぃ【完】
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