1 / 2
はっぴぃ[です]でぃ
しおりを挟むその日、僕は魂を捧げる筈だった。
神に捧げる21gは、何故かまだ僕の中にあり、息を吸えば吐き出し、吐き出せば吸い込んでしまう。
身体が生命を維持しようと勝手に行う本能だった。
真っ白に埋め尽くされた部屋で、ベッドに半身を伏せる母の泣き声が気持ち悪い。
彼女は僕を罵っては呪いの言葉をぶつけてくる。
振り乱された髪が濡れる頬に張り付いていた。
母の関心は生きている僕には微塵も向いてはくれない。
物体に帰した命無い僕になれば愛してくれるのかもしれない。
そんな期待すらも裏切られ、体内から21gを捧げることに失敗した僕は、ただ壊れた女の戯言を聞いた。
僕の役割は死ぬことだった。
21gとは、魂の重さだと女は主張し、神に魂を捧げることで父が生き返るのだと本気で信じている。
与太話だと笑っていられたのは何時までだっただろうか。
毎日、寝ても覚めても繰り返される浮世離れした妄想が、何時からか僕を支配していた。
死ね、とリフレインする優しい子守唄に酔い痴れて、死ぬことが僕の使命なのだと、そんな泥酔感に溺れていたのだ。
体躯には40kgと少しの重みが乗っかり、首に巻かれた両の掌が喉仏を絞め上げていく。
本来ならば、「はっぴぃばぁすでぃ」を歌う、数年前に僕という生命が誕生した日に。
僕を産んだ女から「死ね」と歌われながら、生命を捨てられていく。
酸素の供給が断絶された脳が苦しいと喘ぐ。
必死で引っ掻いた大人の手は、僕を殺そうと力を弛めたりはしない。
耳から遠退いていく「死ね」が、どうしても離れていかない。
意識が常世から離れていこうとする僕の頭では、「死ね」が延々と流れていた。
はっぴぃ[です]でぃ、なのだ。
僕というガラクタから21gを搾取しようとする殺人鬼には、生贄としての価値しか見えていない。
死ぬことを祝福される世界が正しい訳などなかった。
死ぬ寸前、きっと僕は心地の良い夢心地な酔いから醒めたのだろう。
生を望んだのか、死が怖かっただけなのか。
助かった今でも僕にはわかりはしない。
死ね、と泣き叫ぶ女の肩を抱いて女性警察官が病室を出て行った。
最後の最後まで「死ね」が僕を彩り、僕という存在が祝福されることがないままで、21gの重さだけが残されていた。
「どうして死んじゃったの、お父さん」
21gと妻子を捨てた父のせいで、僕は一生21gに縛られて生きていく。
父に捨てられ、母に殺された僕の誕生日に相応しい名前を呟いて嘲笑った。
「はっぴぃ[です]でぃ、だ」
固く瞑った眼の隙間から流れた水滴は枕に吸い込まれ消える。
叫びたい強い憤りは体内から吐き出せず、僕の臓腑を焼いた。
胸を締め上げる悲しみが僕の視界から色を無くした。
「はっぴぃ[です]でぃ、だ」
もう一度、ゆっくりと噛み締め口に乗せた言葉を最期に、21gとは別れを告げた。
はっぴぃ[です]でぃ【完】
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる