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一章:責任取ってね?
神沼が大変です 06
しおりを挟む義一郎はソファーの前のテーブルにお盆を置いた。
膝を着き、明紫亜の顔を見詰める。
明紫亜は汗をかいて魘されているようだった。
唇が小さく動いている。
小さなか細い声で彼は、すてないで、と発した。
義一郎は目を見張り、明紫亜をマジマジと眺める。
苦しそうに伸ばされた手は、何かを掴もうと指が曲げられて、そのままパタリと肘置きの上に落ちた。
心臓が、どっどっどっ、と速打ちし、手には汗が浮かぶ。
握り締めた拳を胸に当てた。
動悸がうるさくて、息苦しい。
怖い夢を見ているのだろうと思いたい気持ちと、あまりの魘されように、もしかしたら、と疑惑が頭を占めていく。
ここ最近、よくニュースで耳にするようになった単語は、義一郎の脳から離れていかない。
児童虐待、育児放棄、ネグレクト。
そんな単語が世間で囁かれるようになったとは言え、それでも身近なことではない。
普通に生活していれば関わることもない、そう思っていた。
おかあさん、と明紫亜の唇から放たれた切ない響きに、胸がひどく痛んだ。
常に明るい彼からは想像も出来ない。
明紫亜はいつだって笑顔で明るい。
彼の胸の内など何も知らないで、義一郎はただただ羨ましがるだけだった。
けれども、明紫亜はきっと、死ぬ思いで身につけたのだろう。
その明るい性格を手に入れるのに、彼はどれだけの痛みを呑み込んできたのか。
考えるだけで目の前が滲んだ。
乱暴に目元を擦り、神沼、神沼、神沼、と何度も名前を呼ぶ。
詳しい事情など知らないし、無理に知ろうとは思わない。
だが、彼を苦しめているものから早く遠ざけたかった。
気持ちが昂り、両手を肘置きに置いて顔を近付ける。
義一郎の体重を支えてか、ぎしり、と軋む音が響いた。
明紫亜の睫毛が揺れ、んん、と声を漏らしながら身動ぐ。
ゆっくりと目蓋を開ける彼の目と視線が合った。
「あ、起きた? 体調どう? ご飯は貰っておいたよ。そこに置いてあるからね」
ぼんやりとした顔が義一郎から目の前のローテーブルにと向けられ、食事を確認した明紫亜は、眠たそうに目を擦る。
彼からは、くふり、と独特な笑い声がした。
「うん、ありがとー。委員長、優しいね」
先程の夢のことなど覚えていないのか、いつものことで気にもならないのか、明紫亜のいつもの笑顔で嬉しそうに見詰められてしまう。
そんなことないよ、と慌てて両手を顔の前で左右に揺らし否定したが、内心は嬉しくて堪らなかった。
「体調は、だいぶ良くなったかも。いただきます」
そう言う明紫亜の顔色は、確かに悪くはないので安堵に息が漏れる。
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