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一章:生命の在り処
プロローグ 03
しおりを挟む胸ポケットからペンを取り出し、フルネームを書き連ねる。
「あっ、っ、有り難う御座います!」
受け取った本を胸に抱き破顔する陽向は、何度も頭を下げ、大事そうに鞄にと仕舞った。
不思議な青年だ、と研究室に向かいながら、つい先程別れた陽向のことを考える。
「もし。もしも、ご迷惑でなかったら、またお話聞かせて下さい」
食事を終えた陽向は、そう言い残して学生棟にと去って行った。
思い出して無意識に腕時計を撫でる。
壊れたままの時計は、愛しい人を喪った日から時を刻むことをやめた。
直すこともなく今も身に着けているのは、自分への戒めだ。
お前の命は、愛しい者を殺してまで得る価値があったのか、と。
今この瞬間、呼吸をし、心臓を動かし、思考を働かせ、生を得ているのは、妻の犠牲の上に成り立っているのだ、と。
愛しい者の臓器を喰い荒し生かされていることを決して忘れるな、と。
あの日から常に胸に抱いてきた戒めは、何年経っても尚、己訓を縛ったままだった。
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