2 / 159
ストーカーと冤罪令嬢
目が覚めても悪夢
しおりを挟む********
「ん…」
彼女は悪夢を見たかのように目が覚めた。内容は覚えていないが、とても疲れる夢だった気がする。
ぼぅっと目を開いてぼんやりとした意識を揺蕩わせると、なんだか体が重たいことに気がついた。ひとまず寝返りでも打つかと体を動かそうとして動かないことに気づく。
「…?」
腹の辺りに何かが乗っているような…重さと拘束感。これは一体なんだろうか。
ついでに言えば、視界はうまく開けないのに音だけやたらと聞こえる気がする。何か、そうこれは、荒い呼吸のような…。
そんな中で、そっと何かが頬に触れた。これは人の温かさと触り心地だと思って、誰かの手のように感じわずかにすり寄る。
「あ、は…」
震えるような声が聞こえた。
聞き覚えのない声のようだが、誰の声だろうか。やっと開いてきた視界でぼんやりと天井へ視界を向けると、そこには、
「あは…」
「!?」
知らない男がニヤついていた。
「…!」
人間、驚きすぎると声が出ないというが、まさか実体験になるとは思っていない。しかしながら、あまりの恐怖に目は覚めた。体は酷く重だるいが動けないほどではない。
動けないわけではないはずなのだが、実際物理的には動けなかった。なぜと言われれば、男が、目の前で満足そうにニヤついてる男が、自分の上に跨り、腹を脚の付け根でしっかりと固定しているからである。
確実に脳はパニックで、いっそなにも考えられそうにない。それでもその様子すら楽しむように相手はこちらを見て今にも果ててしまいそうなほど至福にニヤつきこちらを観察している。
この状況を“怖い”と言わずしてなんと言えばいいのか、彼女にはわからない。
「おはよう、リリーナ…」
見開いた目に映る男が、優しさに満ちた神父のような声を出した。なんなら見た目も、物語に出てくる王子のように見える。
この場は薄暗くて正確には言えないが、美しい黒髪に勿体無いほど濁ってしまった水色の瞳。まるで仄暗い場所にいるかのような目が、自分に向いている。
それにしても、男はなぜ自分の名を知っているのだろう。考えても答えが出る状況ではないが、やはり疑問が脳をチラつく。
「!」
男の大きな手が頬に伸びて思わず目を閉じた。それでも大きな掌は彼女の頬を優しく撫で、もう片手で彼女の小さな掌と重ね合わせ指を絡める。
「リリーナ…君は柔らかいんだね…とてもあんな場所にいたとは思えないよ。可愛いリリーナ…」
「ひ…」
「キスしていい? いいよね?」
「や…」
本気で拒否したいが声が出ない。しかし出さなければ純潔が一つ奪われてしまう。
薄目を開けると男の顔が迫ってきている。彼女は慌てて開いてる手で男の顔面を鷲掴みにした。
「や、やめてくださいませ…!」
できるだけ全力で力を込める。相手に通じてるかはわからないが。その時手錠が付いているのがわかった。さらに恐ろしい光景に自分の死すら連想してしまう。
しかし相手は彼女の細い手首を掴んで顔から引き剥がすと、その掌にそっとキスを落とす。
「ここにキスして欲しかったの?」
「ちが…っ」
そこからキスは手首に、腕にと落ちていく。その度に背筋がぞわりとした。
「怖いね、リリーナ。僕が誰かわからないよね、ここがどこか自分がどうなるか…全部わかんないよね。その顔も可愛いよリリーナ」
男はニタニタと満足そうに彼女の手を握っている。まるで心を見透かされているような発言にますます恐ろしさを覚えた。
それでも少し冷静になってきたのか、視界に映る男に見覚えを感じ始めた。表情こそ似ても似つかないが、あの優しい印象…のはずの目元に水色の瞳、整った目鼻立ち、ほとんど黒のような青い髪、高い背丈。確かに覚えている。
ここではない、あのいくつものパーティ会場で。
「でぃ、ディードリヒ、殿下…?」
思考に反射した震える唇で、無意識に名前を呼ぶ。
すると相手は、濁った瞳のままぱぁと顔を輝かせ、彼女を抱き上げた。その時、夢とは思わせないと言わんばかりに手錠に繋がれた鎖が音を立てる。
「まさか! 僕のこと覚えててくれたの!?」
「ひ…」
近くなった顔に怯えるも、震える体ではうまく力が入らず抱きしめてくる胸板を押し返すこともできない。
「そうだよ。僕がディードリヒ・シュタイト・フレーメンだよ。リリーナ・ルーベンシュタイン」
「…」
リリーナは絶句することしかできなかった。
フレーメン王国、リリーナのいたパンドラ王国の南にある大国で、その国で「ディードリヒ」といえば王国たっての美形と言われ、数々の才覚を示し、女性人気の大変高い王太子である。
王太子と言うことはすでに王位継承が決まっている立場であり、こんな、こんなどことも知らぬところでこんな見窄らしい女にニヤついている場合ではない。
リリーナが、パンドラ王国王子たるリヒター・クォーツ・パンドラの許嫁であった彼女が、この顔を知らないはずがないのだ。
いくつものパーティでその顔を見て、何度も挨拶を交わした外交の重要人物。
それがなぜ、こんなところで自分の掌に無遠慮なキスをするような変態行動に出ているのだろう。
「あ、貴方…何故このような…」
“信じられない”と、そう言うよりないほどの状況が揃ってしまっている。収まっていたパニックが帰ってきて、もはや頭は真っ白だ。
そんな真っ青な顔のリリーナを見たディードリヒは、優しく笑って言葉を囁く。
「そうだな…まぁ、“ストーカー”ってやつだからだよ」
そう囁いた笑顔は今にも爽やかな風が吹きそうで、正しく王子のよう、だったのに。
「はぁ…」
相手の宣言にも似た発言に卒倒しそうなリリーナの横で、物憂げなため息が聞こえた。ぎこちない首の動きでそちらを見ると、瞳を濁らせただけの美形が自分の髪に顔を近づけては物憂げなため息に変換している。
「はぁ…リリーナはいい香りがするね。まだ牢から出して間もないからこれが君の香りなんだってよくわかるよ…この香りがだんだん僕の家の石鹸の香りになってくるなんて、興奮が抑えられそうにないな…」
「ひっ…」
反射的に顔を離した。本気で怖い。
「あ、待ってリリーナもうちょっとだけ…」
そのままディードリヒは首筋に顔を近づける。
「やっぱ最高かも…このまま食べていい?」
その言葉にまた一つ顔が青くなった。
「お…」
もう耐えられない、と言うように震える喉は精一杯に声を放つ。
「お こ と わ り で す わ ぁ !!」
牢に入れられるより何より、この現実が自分への罰なのではと考えてしまって、彼女は自分の行いを心から悔いた。
21
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
見た目以外あんまり好きじゃない婚約者が幼児化したのでこれ幸いと育て直してみた
下菊みこと
恋愛
幼い子供に戻った婚約者を育て直すお話。
ご都合主義のSS。
元サヤでハッピーエンド。
ざまぁは横恋慕した婚約者の幼馴染にちょっと添えるだけ。
小説家になろう様でも投稿しています。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる