冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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彼女の好きなこと

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 午後。

 首都の郊外、農民の多く住まう地区の手入れのされた森の中にその家はある。
 リリーナからすれば小さな小さな小屋と言ったほうが近いが、実際は二、三人で住むにはちょうど良さそうな二階建ての家がそこにはあった。家の周りには柵が置いてあり、その内側ではいくつか植物が栽培されている。ハーブの類が植えてあるのか、すっきりとしたいい香りが漂っていた。

「ここ、ですわね…」
「うん、ここだよ」

 リリーナは仲介人であるファリカと、護衛としてミソラを連れアンムート宅まで来ている。お忍びなので服装もドレスではなく上着とブラウスに膝下のスカートと一般的な令嬢の私服を思わせる服装だ。もちろん日傘も忘れない。

「手紙は出してあるから、確認してくれてるといいんだけど…」

 そう言ってファリカがドアを叩く。すると少女の声で「はーい!」と返事が返ってきた。声の主は“少し待ってほしい”と言うのでしばし待っていると、内側から音を立ててドアが開く。

「お待たせしました…どちら様ですか?」

 ドアを開けて対応してくれた少女はこちらを見てやや動揺している。三人も急に訪ねてきたからか、それともどう見ても金を持ってそうな人間が来たからかはわからないが。

「アンベル商会の者よ。手紙を出してあると思うんだけど…」

 ファリカが控えめにそう言うと、少女はすぐに「あぁ」と言って合点がいったようだった。

「アンベル商会の方ですね。こんな狭い家でよければ中に入って待っていて下さい。今兄を呼んでくるので」

 促されるままに中へ入る。
 リリーナは下町に出たことがあるので庶民の家は対して大きくないことを知っているし、ファリカは家業の関係で見る機会もあるだろう。ミソラはよくわからないが、とにかく三人は特に抵抗もなく家の中に入っていった。

 使い込まれたソファに腰掛けて少女を待っていると、ふわりとコーヒーの香りが漂う。

「お待たせしました。大したおもてなしもできませんが、皆さんコーヒーでよかったですか?」

 ソファ前のローテーブルに置かれたコーヒーという気遣いに礼を述べつつ、温かい湯気を立てるそれを見つめる。当たり前の話だが、器は高価な茶器ではない、貴族から見ればお値段の張らない、柄もバラバラなマグカップが三つ。

 すると、リビングの入り口にかけられた暖簾のような布から男性が一人顔を出した。彼は中に入ってくると少女と二人床に座り位の高そうな三人を気遣う。

 二人とも薄い緑色の髪に薄い紫の瞳をしており、特に髪色はこの国では珍しいものだと物語っていた。男は長い、肩甲骨程度まで伸びた襟足を髪留めで一つにまとめ、薄い眼鏡をしている。彼はこちらを様子見するように視線を向けるも、リリーナと目があった瞬間には逸らしてしまった。

 少女は同じく長い髪を肩あたりで二つおさげにしている。活発そうな目元は迷いなくこちらを見て、男と同じ色の瞳が「コーヒー、飲みづらかったら言ってくださいね」と言った優しい声と共に笑った。

「自己紹介がまだでしたよね。私がソフィア、隣が兄のアンムートです」
「よろしくお願いします」

 一見兄妹は礼儀正しく頭を下げる。強いて言うなら兄の方がやや態度が硬い印象を受けた。

 二人の服装はある程度使い込まれてくたびれた印象で、少なくとも金持ちが道楽でやっているようなものではないことが伺える。

「じゃあこっちも。私が手紙を出したファリカ・アンベルよ。隣のお嬢さんが二人に用事があるってことで仲介させてもらったわ」

 ファリカは自分の左に向かって手を向けた。

「リリーナ・ルーベンシュタインと申します。本日は丁寧な対応に感謝しますわ」
「リリーナ様の侍女のミソラ・オダと申します。私のことはお気になさらず」

 ここ一帯の諸外国に多い文化だが、家名があると言うことは総じて貴族であることを指す。ソフィアは初めて見る本物の貴族に目を輝かせた。

「いえ、丁寧だなんて…何もなくて申し訳ないです」

 困ったように照れ笑いで返すソフィア。一般的な平民が貴族にできることなどたかが知れている。唯一できたことといえばいつもより豪華なコーヒー豆を買った程度だ。

 リリーナはソフィアの態度に「気にしないで」と言葉を返すと、視線を兄の方に向ける。

「では早速本題に移りましょう。アンムートさん、こちらの香水を作ったのは貴方と伺ったのだけど、お間違いないかしら」

 そう言ってリリーナは懐からディードリヒと下町でデートをした時の香水を取り出す。ローテーブルに置かれた瓶を見てアンムートは答えた。

「間違いありません、俺が作ったものです」
「そうですのね、合っていてよかったですわ。ある日露天で見つけて購入したのだけど、私とても気に入って」
「それは…ありがとうございます」

 リリーナは香水を集めるのが趣味ではあるが、あまり甘さの強い香りを好まない。どちらかと言うとさっぱりして後に残りすぎない香りを普段使いする。
 決して甘い香りのものを使わないわけではないのだが、夜会など場所を選んで使うことが多い。

 その点、露天で買った香水はリリーナのお気に入りの一つになった。爽やかなオレンジの香りから始まり、ハーブは詳しくないがすっと消えるハーブの香りが余韻に残る。

「そこで私から提案なのですけれど、首都で工房を持つ気はないかしら?」
「え!?」

 リリーナの提案に最初に反応を示したのはソフィアだった。ソフィアは少しばかり目を輝かせてリリーナを見る。

「街の方におにいの香水が出るんですか!?」
「えぇそうです。住居や工房も併せてご提供しますわ」

 喜びでそわそわと体を揺らす妹に対して、兄は、

「お断りします」

 そう即答した。
 アンムートのあまりの即答にソフィアとファリカがやや動揺する。

「何か理由がおありかしら?」
「工房を持つと言うことは、俺以外の人間が俺の香水を作るということです。俺は香水を感覚で作ってるからレシピの類を残していませんし、妹以外の人間と関わるのも苦手ですから」
「感覚だけでこれだけの代物を?」

 アンムートの作る香水は、首都の貴族向けであっても十分通用するだろう。計算されて作られていたとリリーナは感じていたので、その才能に少し感心する。

「基本がわかっていれば難しいことじゃない。正しい下処理と素材への理解があれば誰でもできる」
「おにい、その話やめなって。自分の技術に泥塗るのやめようよ」
「事実だろ」

 兄はつっけんどんにそう返すが、妹はそれを心配している。技術は確かでも、態度が悪ければ失礼だと。何より意味もなく自分を貶す必要などない。

「とても万人ができるセンスではないと思いますが…」
「やっぱりそうですよね! よかった、わかってくれる人がいて」
「…」

 不機嫌そうな兄は、そのまま口を開く。

「…とにかくそういうことだから。今までも間者? の人とか何人か来たけど全部断ってるし貴方たちも変わらない。申し訳ないけど帰ってくれませんか」

 アンムートの意思は頑ななようだ。

「レシピを残さないのは何かこだわりが?」
「そうじゃないです。自分で作るには全部覚えてるので」
「報酬は話し合ってみてわかることもあると思うのですが…できうる限りのものを用意させます。それでもだめかしら?」
「報酬はなんでもうまいに越したことないけど…そう言う問題ではないんです。すみません」
「…」

 あまりに頑なな態度に、リリーナは少しばかり考える。そしてでた結論は、

「わかりました、今日は帰りましょう」

 すっぱりと一度帰ることで合った。
 リリーナはあっさりと立ち上がるも、動揺したファリカが声をかける。

「え!? い、いいの!?」

 驚いた様子を隠さないファリカだが、リリーナはそれにさも平然と答えた。

「交渉というものはその場で粘ればいいというものでもありません。今日は顔を知ってもらうために来たようなものですから、一先ずは帰りましょう」

 “一先ず”という言葉をはっきりと聞いてしまったアンムートは動揺を隠せない。

「つまりまた来るってことですか…?」
「勿論です。時間を見計らってまた伺います」
「やめてください」
「それだけは生憎ですが…私はどうしても貴方の腕が欲しいのです」
「えぇ…」
「詳しい話や書類はまた後日お持ちしますわ。本日はお邪魔しました」

 あからさまに嫌そうな顔をするアンムートを置いたままリリーナは颯爽と帰っていく。ミソラは平然と、ファリカは動揺が隠せないままそれについていった。

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