冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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彼女の好きなこと

交渉と思い出(2)

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 ***
 
 フレーメン城内にあるリリーナの部屋には大きなウォークインクローゼットがある。とは言っても要人であるフレーメン一家の部屋には全てウォークインクローゼットは配置されている上、ディアナは自身が持っているドレスブランドの関係上空き部屋をいくつも試作品で埋めているのだが。

「ミソラ、手伝ってもらってごめんなさいね」
「いえ、この程度でしたらお気になさらず」

 そう言うとミソラはウォークインクローゼットの最奥に積まれた木箱を一つ持ちあげ、床に置く。そのままトンカチの後ろにつけられた釘抜きで釘を抜くと、中は桝目に仕切られ、布に包まれたいくつもの“何か”が入っていた。

 リリーナはその一つを手に取ると、巻かれていた布を外し始める。その中身はまだ液体が中で揺れる香水瓶であった。

「これも違いますわね…」

 そう言うとリリーナは布を巻き直し箱に戻す。一つ一つが布に巻かれているのはガラスが割れないようにするのと、何より臭いが混ざらないようにするためだ。

「しかしリリーナ様、探し物でしたらメイドでもよろしかったのではないかと思われますが」
「そうなのだけど、これは自分で探そうと思いましたの。久々にコレクションを眺める機会にもなりますから」

 会話しながらも作業は進む。
 いかんせん木箱がいくつもにもなる数のコレクションだ、早々見つかったりはしない。

「では飾られてはいかがですか?」
「それでは無闇に香りが飛んでしまいますわ。空瓶を飾る程度ならいいのですけれど…」
「けど?」
「もう手に入らないものも少なくありませんから、できうるだけ大切にしたいのです」

 そこでふと、ミソラは思い出した。リリーナはいつもディードリヒに渡された香水の瓶を持ち歩いている。

「ディードリヒ様より頂いた香水よりもコレクションが大事…だったりするのでしょうか」
「殿下から頂いたものはお守りですわ。一番大事なので持ち歩いていますし、それとこれは別です」
「ではそのように報告しておきます」
「そうなさい」

 小話を続けながらまた一つ布に包まれた香水を確認するも、やはりこれではない、が続く。
 数があると言っても本来香水は高級品なので、どこかにあるはずなのだが。

「丸い瓶、夕日の色…見覚えがあるのですが」
「そうなのですか?」
「ソフィアから聞いた限りは…ですが。数年前海外の商人から似たようなものを買った記憶があるのです」

 開けられた木箱に入っている、布に包まれた香水を巻かれた布を外しては確認し丁寧に巻き直す…そんな作業を十ある木箱の内五つが開いた辺りでそれは見つかった。

「…見つかりました」

 リリーナの手に持たれているのは球体フラスコを思わせるような瓶の香水。筒のような部分がスプレーになっていて、色は夕日を思わせるオレンジ色。

「こちらが?」
「おそらくは…瓶が美しいと思って買ったもので、すぐ後に忙しくなってしまったせいで私も香りまでは知りません。一先ず開けてみましょう」

 二人は簡単に箱を片付けてウォークインクローゼットを出る。明日にも男性使用人に頼んでまた封をしなくては。

「いきますわよ」

 リリーナはミソラからハンカチを一枚受け取ると、閉じた香水の封を開けた。その段階で甘い香りが漂ったが、これだけでは正解とはいえない。少し緊張した面持ちで、リリーナはハンカチに数回香水を噴いた。

「!」

 ふわりと香ったそれは確かに馴染みのない香り。
 知らない植物なのか果物なのか、とにかく甘い香りと同じく知らない花のような余韻が残る。

「ここやパンドラで感じる香りではありませんわね」

 ここではない、文献で見る南の国はこういった香りなのだろうか、と連想させた。確かにこの香水を買った商人も知らない異国の装いで、遠い国から来たと言っていたのを思い出す。

「私も仕事柄、香水を纏ったご婦人とすれ違う機会は多いですが、このような香りのものは初めてです」

 何もリリーナでなければ香水を持ち合わせていない、ということはない。パンドラの社交界ではしつこすぎない香水はマナーと言われている。
 フレーメンでは流石にそこまでは言わないようだが、やはりファッションとしてある程度の普及を感じていた。ミソラの言う“機会”とはそういった理由だろう。

「…これだといいのですが」

 そう言ってリリーナは曲面に自分の顔が映り込んだ瓶を撫でる。幼い日に母親を失った兄妹の、何か助けになればいいのだが。

「明日、またあのお宅に向かわれますか?」
「そうしましょう。空けられる予定は空けてしまって」
「でしたら、午後はお時間がございます」
「ではその時間に行動しましょう」
「かしこまりました」

 頭を下げるミソラに、リリーナは一つ呟く。

「あと…」
「?」
「明日は殿下とランチをしたいの。ドレスを選ぶのを手伝ってちょうだい」

 そう言って少し顔の赤いリリーナに、ミソラはやや“意外だ”と感じた。

「最近は随分と積極的に行動されますね」

 ミソラの言葉に、リリーナはやや視点を下に向ける。

「ただでさえ心配をかけていますから…こちらから声をかければ、少しは安心なさってくれるかと思いまして」

 どんなことをしたところで、最終的にこちらの行動は筒ぬけなのだろうということは、わかっている。

 それでいても、この間渡したクマのぬいぐるみがサプライズになってしまったように、例外も存在することがわかってしまった。

 何があろうとお茶会の時間までには城に帰り、毎日顔を合わせてはいるものの、それだけではまた要らぬ疲れをかけてしまうだろう。

 以前言ったように、リリーナとしてもディードリヒの心情をやたらと揺らすのは本意ではない。
 いつもは相手の執務の時間上ズレが生じやすいが、たまに時間を合わせる程度なら融通も効くはずだ。

「こちらからお声がけをしておきますか?」
「いいえ、私から声をかけます。その方が殿下も喜んでくださるはずです」
「それは…同意します」
「ドレスを選ぶのはディナーの後にするわ。ディナーには殿下もいらっしゃるから」

 ディナーはフレーメン一家…つまりディードリヒとその家族と共にすることが多い。正直自分が部外者であることには変わりないので申し訳なさがあるのだが、歓迎してもらっている感覚はやはり嬉しい。

「かしこまりました」

 頭を下げるミソラから見たリリーナは少し不安げだ。
 実際それはその通りで、リリーナの中ではディードリヒに心配をかけたくない気持ちとこのままやるべきことをやりきってしまいたい気持ちの板挟みに合っている。

 どちらも大切なのだ。ディードリヒがわかってくれるかはわからないが。
 それでも後少し、今だけは譲れない。
 苦しかろうがやるしかないのだ、今は特に。
 
 こういう時、自分から共に眠ることを提案できたら、などと考えてしまった。
 温もりが欲しい。彼の自分を求める温もりが。

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