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彼女の好きなこと
新しい友人(3)
しおりを挟む「諦め、ですか?」
驚いたのはファリカ。ファリカからすれば、ヒルドはいつだってディードリヒに恥じない振る舞いの女性だと感じていたため、少し意外に感じた。
「そうです。いつ何時も、殿下の仮面が剥がれることはありませんでした。どのパーティも私たち候補者を見ることすらないほどに」
「確かに、殿下が夜会に顔を出すこともありましたが、表情が変わることはありませんでしたね…」
「だから、やがて諦めてしまったのです。微塵もない可能性のために感情に任せて行動するなど…無駄なことに思えてしまって」
「…」
ヒルドの疲れた様子に、リリーナは自分もまた立場が違えば考え方も違ったのだろうと考える。
そもそも王子とは用意された場で会ったところで、どうでもいい世間話をする程度の仲だったのだ。ヒルドのように曖昧な関係であったなら自分も今のような努力を重ねることはなかっただろう。
そう考えると、ヒルドに言われた言葉を返したくなってしまった。
きっと貴女の立場だったら、楽だっただろうと。
「見苦しい自分に成り下がるくらいならここで心を決めようと思いました。表向き…特にお父様の前では気づかれないよう努めましたが」
「引き際を弁えていらっしゃるのですね」
醜い行い故に冤罪をかけられた自分とは大違いだ。自分の努力に見合わなかったことに腹を立て、文字通りの愚行に走った自分とは。
「そういったわけではありません。ただ…殿下がリリーナ様をお連れになった時、とても気が楽になりました」
そう再び微笑んだヒルドはやはり疲れたような表情で、それでいてどこか安堵したようにも見えた。
リリーナを連れたディードリヒを見たヒルドは解放されたような思いだったに違いない。
「いつまでも貫き通せる嘘でもありませんでしたから…これで良かったのです。お父様には少しだけ申し訳ないけれど」
「…」
ヒルドの真意は、リリーナが思っていた予想を超えた苦労を感じた。言われた通り努力をしても叶わず、どこかで気持ちの諦めが就いてしまうほどの虚しさとはいかほどか。
確かに自分と似ている。積み上げた努力を否定されたという意味では。
だが本当は、どちらの道が良かったのかなど誰にもわからない。
だからこそ、この散らかってしまった思いをどう伝えればいいのだろう。
「私の話などに意味はありません。ただ、このようなつまらない話でご納得いただければ、とは思いますが」
「オイレンブルグ様…」
感情だけが先に出た。しかしヒルドはただ彼女の苗字をこぼす彼女を見てにこりと微笑む。
「さて、これでリリーナ様は気兼ねなく私を名前で呼んでくれるかしら?」
「!」
ヒルドの言葉に少し驚く。何か要求はされるだろうとは思っていたが、まさかそんなことだとは。
しかしリリーナからすればこのような、不躾な話口喧嘩をするためのような場に彼女が来ただけでもその条件は満たしている。
「えぇ『ヒルド様』。私、是非貴女とお友達になりたいと思いましたわ」
「嬉しい。私はずっとお友達になりたかったの。でもそうね…」
「?」
「お友達になれるのなら“様”なんて要らないわ。なんでもない『ヒルド』と呼んで?」
そう言ってヒルドは嬉しそうに笑う。その笑顔にリリーナもまた笑って返すと、リリーナの声はハッキリと彼女をよんだ。
「わかりました、ヒルド。私もなんでもないリリーナとして接しますわ」
「ありがとうリリーナ。これからよろしくね」
「勿論です」
そこでヒルドは安堵したようにため息をこぼす。
「あぁ、よかった。安心したわ。最初にリリーナを名前で呼んでしまった時、随分警戒されたから嫌われたと思っていたの」
「そういえば、どうしてヒルド様はリリーナ様をお名前で?」
「初めて会った時からシンパシーのようなものを感じていたの。だから気持ちが昂ってしまって…とても失礼なことをしたわ。ごめんなさいねリリーナ」
「もう過ぎたことですわ」
今となっては過ぎたことだ。そこからこの関係になれたと思えば悪くない。
「シンパシーって、何を感じてたんですか?」
ファリカの質問に、ヒルドは立てた人差し指を唇に当て微笑む。
「ないしょよ」
その笑顔は妖艶で、ファリカは少しばかり目を奪われた。ファリカが決して醜いわけではないが、リリーナとヒルドはファリカから見ると驚くほどの美人に分類される。
「ねぇリリーナ」
「どうしましたの?」
「王妃様のお茶会の時からずっと気になってることがあって…」
「?」
ヒルドの言葉にリリーナは小首を傾げた。彼女の反応にヒルドはわくわくと胸を高鳴らせたように笑い、口元に手を当てる。
「仮面のない殿下はどういった方なの?」
「!」
「結局あの時はちゃんとした話が聞けなかったもの。今日こそ聞きたいわ」
「いや、それは…」
「私も聞きたいですリリーナ様。そもそもその問題言い出したの私ですし」
リリーナの背中にはおびただしいほどの冷や汗が流れていた。まさかこの話題を掘り返されるとは思っていなかったのである。
「二人の出会いはどんな様子だったのかしら? パーティで逢瀬をしていたのでしょう? ロマンチックで気になってしまうわ!」
「あの、その」
「愛想笑いじゃない殿下ってどう笑うんでしょうか? そもそも笑うんですか?」
ディードリヒの話題で盛り上がる二人には悪いが、リリーナとしては絶対に本当のことを言いたくない。ディードリヒの名誉を守りたいのではなく、自分かされたことをとにかく言いたくないのだ。
「そ、それに関してはお話しするのが難しいと言いますか…」
「それは、もしかして二人だけの秘密ということ!? 内緒なのね!?」
間違っているようないないような。
まぁ人に言えないことには変わりない。
「少しだけでもダメですか? 内緒にしておきますから!」
迫ってくる二人の圧に気押されそうになっている。ここに限ってはミソラを退出させてしまったことを後悔した。まぁいたところでミソラはリリーナを助けないだろうが。
(た、助けてくださいませ…!)
リリーナの叫びが神に届きはしないだろうが、彼女はどうやってこの場を切り抜けるのか。
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