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王太子と辺境伯
明日も君と(1)
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「リリーナっ」
今回の騒動が大方ひと段落して一週間ほど経過しているある日。
リリーナは久しぶりに時間が空いたので庭に花を眺めにきていたのだが、急に背後から抱きしめられ声が漏れる。
「きゃっ…ディードリヒ様?」
驚きつつ振り返ると、そこにはディードリヒの姿が。彼は今日もご機嫌に笑っているが、今日はより弾んでいるような。
「仕事抜け出してきちゃった」
「…」
ディードリヒの発言に“なんと無責任な”とリリーナが眉を顰めると、それを見た彼は「あはは」と調子よく笑う。
「嘘だよ、普通に休憩。怒った顔も可愛いよリリーナ」
「…離してくださいませ」
「やだ」
「誰が見ているかわからないんですのよ」
「それに関しては前にも言ったじゃん『僕らがラブラブで誰が文句あるの?』って」
「それ以前の、お行儀の問題ですわ」
「あ、その物言いはまた肩肘張ってるな」
リリーナの発言に少しむくれたディードリヒは彼女の頬に指をあて、ぷにぷにと弄ぶ。
「まだ昼間なのですから、休むような時間ではありません。小休憩とは意味が違うのですから」
「でも今は自由な時間なんでしょ? そんなに肩肘張らなくてもさ」
「ここは『王城』でしてよ。貴方を含め多くの方にとってここは仕事場なのです。一人だけだらけていられません」
「うーん…そうだとしても、もっと気を抜いた雰囲気の方が良いと思うんだけどな」
リリーナの一本筋が通ってしまっている思考にディードリヒは少し頭を抱える。
花を眺めにくるくらいなのだから、そんなに凛としなくても良いように思うのだが。かといって外から見たら柔らかい雰囲気の優雅な女性なのだから、余計言葉に困る。その姿こそ彼女の演技だというのに。
「それに貴方だって人のことは言えないでしょう。私がいないと氷のような表情をして」
リリーナの表情が怪訝だ。
しかし彼女の言っていることも間違っていない。
ディードリヒはリリーナがいなければ基本的に無表情か愛想笑いしかしない人間なので、他人との会話も事務的な上装飾されたような言葉は一切使わないのだ。
家族のことは彼なりに愛してはいるし、決して家族仲が悪いわけではないのだが、それでも見せる感情や表情はリリーナを相手にしている時に遠く及ばない。
「それはほら、リリーナじゃないから」
「あんなに素晴らしいご両親の間にお産まれになって、どうしてこんな変態が出来上がってしまったのかしら…」
リリーナは深くため息をつく。
国王であるハイマンは豪快でやや荒い性格をしているような雰囲気だが、実際は情に厚く器も大きい人間だ。人の話を聞くのが上手く、会話を弾ませ場を和ませることもできる。
王妃ディアナは一見天然で温和な印象の女性だが、実際は周囲をよく観察しており時に鋭い言葉を使うこともある人物なので侮れない。
そんな両親に産まれたディードリヒは、両親から何かを継いでいてもおかしくはない…はずなのだが。
「それはそれ、これはこれだよリリーナ」
「…貴方ほどその言葉が似合う方もいないような気がしますわ」
それはそれ、これはこれ。ディードリヒが開き直る時によく使う言葉だが、リリーナから見れば彼はその言葉を体現した存在なのではないかと思えてくる。
こういうところに心底呆れる男なのがディードリヒだ。それを思ったリリーナは呆れ顔を隠さない。
「じゃあリリーナ」
「きゃあ!?」
リリーナが隙を晒したと言わんばかりにディードリヒは彼女を姫だきにする。そのまま歩き出した彼は大変機嫌がいいようだ。
「これからリリーナの部屋に行こうか。ここ最近できてなかったからたっぷり甘やかしてあげる」
「ディードリヒ様! 降ろしてくださいませ!」
「やだ」
「誰が見ているかわからないんですのよ!」
「大丈夫大丈夫」
「それに貴方執務が」
「今日は暇な日だからディナーまで大丈夫だよ」
ああだのこうだの言いつつ、リリーナの顔は赤い。今この状況に珍しく彼女は怒っているのではなく戸惑っている。
ドレスというのは基本的に布の塊だ。身に纏っているから動けるのであって、それでも重いものだというのに易々と持ち上げるものでもない。
それをディードリヒは簡単そうに持ち上げている。人間の体もそう軽いものではないというのに。
その筋肉はどこから…! などと考えてしまうと、芋蔓式に思い出されるあの試合の記憶。
あれだけの戦いができるほどの力が、この調子のいい男にあるのだとしたら…そう考えてしまい、ギャップのようなもに心臓が高鳴っているのだ。
「リリーナの部屋なら誰も見てないんだから、たくさん休んでても問題ないよね?」
「そっ…れは、そうかもしれなませんが」
「ついでにキスしてもいいよね!」
にっこりと笑うディードリヒはリリーナに強く頬を摘まれた。
「いひゃいいひゃい…」
「やはり縫い付けた方がよろしいようですわね」
「だからリリーナがキスで…いひゃい!」
さらに強く彼の頬を摘むリリーナ。どうやらディードリヒに学習能力はないらしい。
しかしこの会話の中でリリーナはずっとディードリヒに姫だきにされている。要は気を逸らされて話がうやむやになっているのだ。
こういうところを計算して行うような男であるゆえに、彼の愛には計略性があると言われるのだろう。
***
結局流されるままに部屋まで運ばれてしまったリリーナ。本人的にはやや不服だが、ここまできたら仕方ないと諦めていつものようにベッドに運ばれる。
よく考えればあの庭には付近にミソラとファリカがいたはずなのだが、なぜ助けてくれなかったのか…。この間の二人旅といい、最近二人は意図的に自分達を近づけようとしている気がする。
不思議といえばディードリヒもそうだ。
なぜか毎度自分の部屋に彼は来て、かといって自分をベッドに上げたところで手を出されたことはないのだが、それはそれで何がしたいのだろう。
しかし今回は様子が違うようだ。ディードリヒはリリーナをベッドに降ろすと珍しく靴を脱がし始める。
「な、なんですの急に」
「いいからいいから」
そうは言っても、やはり急な行動をとられると動揺してしまう。
そんな彼女を置いたまま、ディードリヒは自身も靴を脱ぐとリリーナを抱き直しベッドに上がる。それから彼はベッドの上で胡座をかきその股座にリリーナを乗せ、彼女を背中から抱きしめた。
「…あの」
「どうかした?」
「ドレスが皺になってしまいますわ」
「気にしないで。それを直すのも使用人の仕事でしょ?」
「…」
言われたことはわかるのだが、やはり気になってしまう。身支度を切り替えるのには人の手がいると思うと、やはり手間はかけたくない。
さらに言うならやはり心臓が高鳴っている。
シーズン中もこういった、抱きつかれたり姫だきにされたりということはあった。なので多少耐性というか、慣れはでてきたのだが、やはり間近で呼吸が聞こえる距離や状況というのは、緊張してしまう。
「リリーナはこうしてていいんだよ」
「?」
不意な呟きに小首を傾げる。
「なーんにも気にしないでさ、こうやってベッドでだらだらして…それで僕がくるのを待っててくれればそれでいいんだよ」
それは甘く甘くささやこうとしている声。
彼女の中のなにか柔らかいところを探している。
「それはできません。私にもやることがあります」
だからこそ、応えるわけにはいかない。
「えー」
「えーもびーもありません!」
自分が自分でないならば、それはきっと甘美な誘いなのだろう。ミソラもファリカも、もし自分がそうやって堕落したところで驚きはしても気にはしないような気がする。
だが、自分が見据えるのはいつだって“これから”だ。これから先の人間関係も、ヴァイスリリィも、勿論この関係も、全て自分のものであり続けて欲しいから。
そのためには、やることなど山のようにある。
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