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四巻序章
四巻序章side D
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ダンブル湖。
王城のある首都郊外にある森林の中に佇むこの湖に、一組の親子が少数の護衛を連れてやってきていた。
親子は湖のほとりに足を止め、乗ってきた馬を付近の木に繋ぎ煌く水面を眺める。
今回の外出は父王であるハイマンが、息子であるディードリヒに提案したものなのだが、子供の頃以来のこういった外出と、急な話に戸惑うディードリヒは何事かと横にいる父王に目を向けた。
そこから少しばかり沈黙があって、ハイマンが口を開く。
「お前いつ結婚するんだ」
「…」
あまりにも直球かつ唐突な話題にディードリヒは反応ができず無言となる。しかしハイマンはそれを気にせず続けた。
「あまりリリーナさんを待たせるものではない。何せお前は…」
「?」
「俺と同じものを感じる」
「同じもの…ですか」
本当に“何事か”と言いたくなる話である。話題に緊張感がないというのもそうだが、何より父親がやや困ったような声音で話しているので余計に。
ディードリヒが怪訝な表情で父王を見ていると、彼は軽く咳払いをして護衛を軽くはけさせた。自分と父王しか話し声の聞こえない程度の距離まで護衛を離れさせてから、再び父王は口を開く。
「まず、ディアナはあの通り可愛いだろう?」
「は?」
正しくなんの突拍子もないと言える言葉に、ディードリヒは自分でも驚くような反応をしてしまった。
「まぁ聞け。若い頃のディアナはもっと可愛らしかったんだ。毎日差し入れを持って城に通っては、剣術の稽古に顔を出して俺を労ってくれる健気な女性でな」
「はぁ…?」
「俺は最初こそディアナの真意に気づかなかったのだが、彼女が『好き』だと毎日のように伝えてくれているのが本気だとわかった時、心臓が爆発するのではないかと思ったのをよく覚えている」
「…」
「そのせいで、いつからかディアナに会うことに緊張するようになってしまってな…なるべく外見的にはなんでもないように振る舞っていたんだが、おかげでプロポーズが遅れた」
何を言いたいのだろう、それがディードリヒの心境である。
急に両親の馴れ初めを聞かされたところでどういう反応をすればいいのかわからない上、何を求められているのかもわからない。
しかしそこからハイマンは眉間に皺を寄せ怪訝な表情で息子を見る。
「…お前、ずっと妙なことをしているだろう」
「妙、とは」
「こそこそ犯罪を重ねていることは知っているからな」
ハイマンの言葉に、ディードリヒは大きくため息をついた。わざわざ言われるような“犯罪”など、正直思い当たる節しかない。
「そうでしょうとも。ここまでとんとん拍子に話が進みすぎているほどです。バレていないと思う方が難しいですよ」
「では何故今も続けているんだ」
「リリーナのことを余すことなく知りたいからです」
そう言ってディードリヒはにっこりと表情で感情を表す。ハイマンはそれを見てげっそりと目を閉じた。
「本人の了承も得ていますし、公になるようなミスはしません」
「それは、本人の了承が取れたらいけないものなんじゃないのか」
「そこはまぁ…とれていますので」
ディードリヒの笑顔が崩れることはない。
ハイマンはリリーナがフレーメンに来てから一対一で彼女と話したことはないが、二人の関係がどういった形で成り立っているものなのか気になってしまった。
「…まぁいい、愛想尽かされるなよ」
「万が一の場合は考えてあります。ご安心を」
「攫って閉じ込めようとかじゃないだろうな」
「…リリーナはすぐ無理をしますから、多少は大人しくしてもらったほうが良い時もあります」
「お前それ本気でやったら許さんからな」
「はは、そうならないように立ち回るのが僕ですよ」
上品にそう話すディードリヒの目は笑っておらず、ハイマンは端的に言ってしまうとその姿に引いた。
自分の子育てに自信を無くしそうになるも、ため息一つで感情を一旦整えたハイマンはまた水面を見つめる。
「それだけ愛しているなら尚更だ。早くプロポーズぐらいはしてしまえ」
「リリーナが正式にここに来てまもなく一年となります。その折に、とは」
「そうこう言っているうちに時は経つ。早いに越したことはない」
「…そのお心は」
「俺が似たようなことを考えてからプロポーズをするまで二年かかったからだ」
「…」
ディードリヒは再び反応に困った。
「お前も知っているだろう、ディアナのあの屈託のない笑顔の眩しさを!」
「母親にそんなことを考えたことはないです」
「あの笑顔が向くたびに、言おうとしたプロポーズなど緊張と幸福感で飛んでいくのだ。毎度場を用意しては何を言おうとしたかわからなくなって…! エドガーによく笑われたものだ」
「エドガー叔父…」
エドガー・フレーメンはハイマンの弟、ディードリヒの叔父にあたる。直系の後継者の証であるミドルネームは持たないが、太公としてこの国を支える一人だ。
ちなみに、エドガーの妻の親戚筋がファリカの家系である。
「んんっ…まぁそういうことが続いてだな、指輪は常に持ち歩き、度々場所も用意していたというのに結局渡すまで二年かかった。お前には同じ轍を踏んでほしくはない」
「そうですか…」
ディードリヒ的には、父王の言いたいことが一切わからないわけでもない。
屋敷で言ったあの形だけに近いプロポーズでさえ言葉に詰まるほど緊張したのだから、存外正式なプロポーズが予定とずれるというのはあり得ない話ではないと思える。
それはそれとして父親のヘタレた部分を急に見せられてもやはり反応には困るわけだが。
「指輪はあるのか?」
「ありますよ。一年ほど前用意しました。結婚指輪はまだわざと作っていませんが」
「…お前、気持ち悪いって言われないか?」
「外面はいい方ですので」
我が息子ながらどこまでの未来を想定して動いているのだろう…。ハイマンはやはりディードリヒの行動に引いた。
「ったく、リリーナさんといるときは実に素直に見えるんだがな…何をどうしたらこんなに可愛くない息子が育つのか」
「父上を母上の元に産まれて僕は幸せですよ?」
なんとも調子のいい、と息子の発言に眉を顰めつつハイマンはディードリヒに視線を向ける。
「そう思うなら執務以外でも親孝行してくれ」
「孫の顔でいいでしょうか?」
「…」
その言葉にハイマンは少し未来へ思いを馳せ、
「悪くないな」
結果として提案を認めた。
「ではできるだけ早くお見せできるよう努力いたします」
「その前にやることやってから言うんだな」
苦笑する父王にディードリヒは調子良く笑う。
「…貴族女性の役割は世継ぎを作ることだ。それは王族も変わらない」
「だからこそ、自分たちが守らなくてはならない…そうでしょう?」
「そうだ。だから尚更早く彼女をこの中途半端な状況から抜け出させてやる必要があるだろう。わかっていないとは言わせんぞ」
「勿論です。本当であればその前にいくつか片付けたい問題があったのですが、予定を前倒しにすると決めています」
「問題? 一見そんなものはなさそうに思えるがな。お前の言った通り優秀な上、周囲からの評判もいい」
父王の言葉に、ディードリヒはやや表情を固くする。
「それこそが問題なのですよ」
「そういうものか。まぁ、お前にしかわからんこともあるだろう」
二人の問題に一介の父親としてハイマンは口を挟まないことにした。そもそも深く問うたところでディードリヒも話はしないだろう。
ハイマンは息子から視線を逸らすと、少し遠くを見つめる。
「今日誘ったのはそんなところだ。お前と俺は似ていると思ったのでな、俺なりのおせっかいだ」
「僕は父上と同じにされることを初めて嫌だと思いました」
「お前な…」
「ですが参考にはさせていただきます。リリーナ相手に失敗はできないので」
さらりと父親に嫌味を放つ割には咎められないあたり、親子の仲の良さが伺えるのだろう。
「本当に、誰に似たんだか」
「さぁ…僕にはわかりかねます」
そこで大きなため息をついたのはハイマンであった。
彼は消化しきれない感情をぶつけるようにうなじのあたりを軽く引っ掻いてから振り返る。それから繋いであった馬の縄を解くとその上に跨った。
「まぁいい、要は済んだ。俺は帰るぞ」
「僕はもう少しここにいます」
「そうか。あまり長居するなよ」
「子供じゃないんですから、多少長居したところで帰れます」
「ははっ、どうだかな」
意地の悪い表情で軽く笑ったハイマンは、それだけ残すと護衛を連れてその場を去っていく。
ディードリヒはそれを軽く見送って、煌く水面に視線を向けた。しかしその表情は少しばかり硬い。
「これ以上は待てそうにないか…」
彼は一つ呟いて、少し考えるように目を閉じた。
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