114 / 159
帰省と誕生日
養子は予想外の人物(3)
しおりを挟む***
夕食を終えたリリーナは一人ルーベンシュタイン邸の庭を眺めている。
変わらない植え込みや季節に準えて整えられた花々を見つめながら、なんだかんだと二年はこの庭に来ていなかったことを思い出した。
流石に夜は着込んでいても冷える、と白い息を吐きながら手先を温めていると、視界の外から“ざり”と靴音が聞こえ人の気配を察知する。
「あら、如何しまして?」
などと、視線を花に向けたまま相手に問うのはいつかの屋敷での出来事を思い出す。
「窓を開けたら見えたから」
「今日は冷えましてよ」
「それはリリーナもでしょ」
つい夕食前は暗い話をしたばかりだと言うのに、もう何気ない会話ができることが嬉しくなる。
だがその思いで少しばかり笑うリリーナの表情は、横にいるディードリヒには上手く映らない。
「どうしたの、こんな時間に」
「特に何ということはありません。ただ庭を眺めたくなったんですの」
「…落ち着く? やっぱり実家は」
そう溢した隣の声は少し寂しげだ。
リリーナは彼に“そういう人だ”と少しばかり呆れる。呆れると言っても、嫌な感情ではないのだが。
「流石に過ごした年数が違いますから。ですが私は、これからこの屋敷で過ごした年数よりも長くフレーメンにいることになりますのよ」
「あ…」
「やがて向こうのほうが馴染むようになります。今後この家に帰ってくることも少なくなるでしょうから、そういった意味でこの時間は正解だったかもしれませんわね」
「…」
これで少しは彼の寂しさを紛らわすことができただろうか、そうは思いつつも視線は花を眺めている。
感じたことをそのまま言葉にしてしまったら、今見ていなければいけない気がして。
「あのさ」
そう思っていたのに、寒空に響いた短い声に反応して視線がそちらに向く。視線の先のディードリヒもやはり寒いのか、照明に照らされる薄暗い庭でも少し肌の薄い場所が赤く見えた。
「明日は暇だから、またここにこようよ」
「明日…ですか? 構いませんけれど…」
急な誘いに戸惑う。
確かに、蜻蛉返りをするのも大変なので明日は予定も何も入れていないのだが。
「明日、リリーナの好きな場所に連れて行って欲しいんだ。それを一つ一つ写真に撮って、アルバムに纏めたくて」
「それは…また急ですわね」
「この庭は今も綺麗だけど、太陽の下で見たらもっと綺麗でしょ? そういうのをさ、一つ一つ大事にしたいと思ったんだ」
「ディードリヒ様…」
最初は、珍しいと思った。
ディードリヒが自分以外のものを残そうと発言することが。
そしてやはり、嬉しいと思った。
自分だけでなく、自分の過ごしてきた今までも大事にされているような気がして。
「たくさんありすぎて絞れませんわね…三日はかかってしまいますわ」
「流石にそれは大変だな、もう少し絞れない?」
「そうですわね…仕方がありません、首都のみにして差し上げます」
リリーナはそう言って悪戯に笑い、
「そうしてくれるとありがたいよ」
ディードリヒは軽い調子で肩をすくめた。
「それじゃあほら、今日はもう中に入ろう。風邪ひいちゃうよ?」
「では私が風邪をひいたらどうしてくださいますの?」
「勿論、僕が看病する。パンのミルク粥だって作れるよ」
「また意外ですわね」
「そういう時、リリーナを看病したいから覚えたんだ」
「…王太子のすることではありませんわ」
ディードリヒの言葉に、リリーナは困ったように笑う。そして彼が差し出した手を取って歩き出す。
「そろそろ山間部では雪でしょうか?」
「そうかもね。パンドラは降るの?」
「酷いと首都でも交通が乱れますわ」
「それは大変だね…」
「フレーメンは違うのですか?」
「山でもないと降らないかなぁ。見かけたことはあるけど、交通が乱れるなんて聞いたことがないな」
「羨ましいですわね」
“山なら雪が降る”、のであればグレンツェ領はどうなのだろう、とリリーナは少し考えたが口にするのは控えた。つい夕食前にルーエの問題があったというのに、今ラインハートの名前は出したくない。
「僕寒いの好きなんだよね」
「あら、珍しいと言われませんこと?」
「そうかも。でもほら、寒いと隣の人の温かさがよくわかるでしょ?」
ディードリヒは繋いだ手をぎゅっと握った。確かにそれは温かくて、隣に誰かがいるのだと伝えてくれる。
「ずっと手を繋いでていい理由にもなるから、好きだよ」
言葉と共に伝わる温かさに、リリーナも温かく笑った。
「そうですわね。貴方の言葉を聞いていると、私も寒いことが好きになれそうですわ」
「本当? よかった」
笑顔を返してくれる相手にまた気持ちが温かくなって、先程とは違う意味で手を繋いでいることに嬉しくなる。
今日はよく冷えるから、より他人の温かさがわかるだろう。
それならずっと、ずっと手を繋いでいたい。
1
あなたにおすすめの小説
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる