冤罪悪役令嬢はヤンデレ王太子に溺愛監禁される

三日月深和

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帰省と誕生日

特別な日だから、あなたと(5)

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 ***
 
「ディードリヒ様」

 今相手の名前を呼ぶ自分のなんと情けないことか、そう思いながら相手の名前を呼ぶ。
 後悔など、自分らしくない。
 昔の自分であれば、社交場を抜け出すことなどしなかったのに。
 どう見ても今の自分は、中途半端だ。

「やぁ、リリーナ」

 自分を呼ぶ相手の声音は、今も優しい。きっと長く待たせてしまっただろうに。

「…お待たせしました」

 自分の行動を決めたのは自分だというのに、今は心臓が捩れきってしまいそうなほど痛い。
 いっそ相手にも何か予定があれば、気も紛れたのだろうか。

「そんなに落ち込まなくても、僕もやることできちゃったからそっちに行ってたし、気にしないで」
「なにかご用事が?」
「ビリヤードに誘われてね、一戦だけ」
「…確かにそういったご遊戯は、たまに参加なさいますわね」
「それが人付き合い、でしょ?」
「わかりますわ。お疲れ様です」

 社交など、言い換えてしまえば“人付き合い”だ。
 立場が強ければそれだけ、本来避けられない。

「それにしてもよかったの? この時間じゃ、まだ解散にはならないと思うけど」
「私も初めてですわ。このような…今までどのパーティでもあぁいった場を抜け出したことなどありませんのに」
「…じゃあ、どうして?」

 シーズン中であれば、パーティなど数も多い。だがそのどれであっても、リリーナが己の役割から外れることなどなかった。
 ならば今日は、何が違うというのか。

「…貴方が」
「?」
「貴方が、初めて『抜け出そう』と言ったから」

 これまで何度同じ場面があろうとも、ディードリヒがリリーナに「抜け出そう」などと、冗談でも言ったことはない。
 一見意外に思えることでもあるのだが、彼は二人が永く共にあるためにリリーナが己の役割に徹していることを知っているからこそ、邪魔をしないようにという思考で動いている。女性の社交場に男が混ざることなどないという点ももちろん存在するが。

 さらに言ってしまえば、本来あぁいった社交場に長くいなくてはいけない決まりなど存在しない。
 ただ女性の話は長くなりがちで、男性は一服済ませた後カードやビリヤードに移行していくことが多いため結果的に長くなるだけだ。

 逆に言うと、途中で抜け出すというのは空気を壊すことにもなる。タイミングは本来慎重に選ぶべきな上、社交である以上人脈の場は本来逃せない。つまりデメリットが大きいのである。

 しかしリリーナはそれをわかっているからこそ、その終わりまで社交場にいることを悩んだ。あの場に居たままで生まれる“結果”は正しいのかと。

「貴方が抜け出したいほど私といたいと言ってくださるのであれば、立場だけを考えるのはおかしいように感じてしまって」

 だからあの“声”で踏ん切りがついた。
 たとえ中途半端と言われようが、自分の道を進むように背中を押された気がしたから。

 それでも、胸に針がまだ残っている。
 自分の立場では、あの手を取らなかったことは確かに正しかったと今でも思う。
 でも、大切な人を一人にするということが正しいようにも思えなくて、感情が矛盾していく。

「ありがとう、リリーナ」

 ディードリヒは言葉と共にリリーナへ手を差し伸べる。テラスの入り口で立ち尽くすようにそこにいた彼女を、彼は優しい手のひらで自らの下に導いた。

「僕を思い出してくれてありがとう」
「ディードリヒ、様…」
「帰ってくるまで長くなるかなって思ってたから、すごく嬉しい」

 彼の手を取って引き寄せられたリリーナの体は、そのまま彼と抱き合えてしまうほど近い。
 キスなど容易にできてしまう距離で見る彼の嬉しそうな笑顔は確かに美しくて、目を奪われた。
 それでも、彼女は少し視線を落とす。

「ですが私はこれで正しかったのでしょうか。貴方を蔑ろにしたというのに、今更になって中途半端な…」
「リリーナは間違ってないよ。立場的には何も間違ってない。本当は僕だって、父上に任せないでカードやビリヤードにくらいは参加しないといけないし」
「そう、ですが…」

 だがディードリヒは確かにここでリリーナを待っていた。だというのに自分はただ中途半端な振る舞いをしただけであって、それはどちらの道に対しても不誠実だったのではないかと考えてしまう。

「確かに僕はいつ君が帰ってきても入れ違いにならないようすぐここに戻ってきたけど…本当はどこかで期待してたのかもしれない、今みたいな瞬間を」
「今みたいな…?」
「今立場の向こうにいる君は、こんなにも僕のことを考えてくれてるんだね」
「!」

 そう言ったディードリヒがまた嬉しそうに笑うから、リリーナは自分の頬が熱くなるのを感じた。

「まぁ、たまにはいいんじゃないかな、こんな日があっても。なんてったって誕生日なんだから」
「…もう丘まで月を見にいく時間はありませんわよ?」
「いいよ。リリーナが隣にいてくれるから」
「それは私もですわ。ですから…もう少しだけこのままでいても?」
「そうだね、そうしようか」

 ディードリヒの返答に、リリーナは嬉しそうな瞳で微笑む。彼はそんな彼女を、また愛しいものを見る視線で見つめるのだ。
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