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帰省と誕生日
生誕祭前日、ヴァイスリリィにて
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雪が降るほどではないとはいえ、厳しく冷え込む寒さの今日は生誕祭を明日に控えている。
そんな中、リリーナはヴァイスリリィを訪れていた。
「ごきげんよう、三人とも」
工房にいたアンムートとソフィアを売り場にを呼び出したリリーナは、一週間ぶりの面々にまず挨拶をする。
ヴァイスリリィの売り上げは従業員総員の努力もあり順調だ。大きく落ち込むこともなく、期間限定品や新商品が出ればそれに応じて売り上げを伸ばす。
グレンツェ領での一件から少し経って販売を始めた練り香水や、今の季節であれば期間限定で出しているベリーをメインに香りを組んだ香水など、話題を欠いていないというのも大きいだろう。
練り香水に使われる蜜蝋は無事にグレンツェ領のもののみを取り扱うことができるようになった。現在は数件の養蜂家と契約を結び取引をしている。おかげで“ブランド感”という意味でも非常に反応がいい。
練り香水の商品は複数販売しているが、その中でも人気なのは少し特別な蜜蝋を使った商品だ。
蜜蜂が“一種類の植物のみから蜜を採取した”結果生まれた蜜蝋で、精油などを添加しなくてもその植物の香りがする、というもの。グレンツェ領ではそういった方法で採取できた蜂蜜をブランド品として販売しているそうだが、蜜蝋にも直接的に影響している。
物珍しさからか品切れを起こすほどの人気を誇っており、リリーナからしては精油の添加していない練り香水はもはやただの蜜蝋では…と思わないこともないが、天然精油が入っていると肌に合わない客などにも話題が広がり、新しい客層を獲得しているのも事実なので心境は複雑だ。
蜂蜜や蜜蝋の香りなどに植物の種類が影響していることは現地の養蜂家が教えてくれたのだが、そこまで直接案内してくれたラインハートは領内の事情に非常に詳しく、領民とも仲がいいように見えたので意外に感じたのをよく覚えている。
リリーナはてっきりラインハートは戦闘に脳をやられた男なのだとどこかで思っていたのだが、何かともてなしなど社交に長け領内の仕事もこなし、国境の領主として剣の実力もある…領主としてはとても優秀な印象に少し驚いたのを改めて思い出した。
「こんにちは、リリーナ様!」
「お疲れ様です」
「いらっしゃい、リリーナ様」
ソフィア、アンムート、グラツィアの三人がリリーナを出迎える。ヴァイスリリィの従業員は工房と売り場を併せて五名いるが、売り場のスタッフはシフト制、工房を任せられているアンムート兄妹は仕事があれば、といった感じだ。
そう言ったところで、基本的に毎日やることはあるので体調不良や事前の用事がない限り兄妹は店に顔を出している。
「それにしてもリリーナ様、今日はなんのご用事できたのかしら?」
珍しくリリーナが手荷物を持ち歩いていることに気づいたグラツィアが彼女に問う。
「今日は仕事ではないんですの。皆さんに渡しておきたいものがありまして」
「渡したいもの?」
「これですわ」
そう言ってリリーナが鞄から取り出したのはリボンで装飾された布の袋。
リリーナは三人にそれぞれ渡して、三人は一様にその袋を不思議な目で見ている。
「これ、なんですか?」
「ジンジャークッキーですわ。明日は感謝祭ですから、日頃の感謝にと思ったんですの」
「ジンジャークッキー! 俺好きですよ。ありがとうございます」
「あたしも、ありがとうございます!」
「もしかして、リリーナ様の手作りだったりするのかしら?」
グラツィアの言葉に、リリーナは横に首を振った。
「いいえ、気に入っている店のものです」
「リリーナ様はお料理しないんですか?」
「できはするのですが…あまり機会に恵まれていないのです。長いこと台所には立てていませんわ」
「料理できるんですね…意外…」
「いけませんこと?」
「ダメっていうか、貴族の人って家事は人に任せるってよく言うじゃないですか」
「花嫁修行では習いますわ。裁縫もです」
こと裁縫に関して言ってしまうと、リリーナは裁縫…特に刺繍が隠れた特技になってしまっている。牢にいた頃、時間を持て余し刺繍を始めてしまったのが始まりで、暇なあまり絵画をハンカチ程度の布に刺繍するなどしていた。
その頃を思い出して悲しくなるので牢を出てからは針にも触れていないが。
「じゃあじゃあ、今度リリーナ様とお料理作ってみたいんですけど…いいですか?」
「勿論です。その時は時間を調整しますわ」
「わぁ…! ありがとうございます!」
リリーナの快い返事にソフィアは嬉しそうだが、兄が頭を下げる。
「すみません…妹が無礼で…」
「ちょっとおにい、それどういう意味!?」
「お前な、相手は王族の方なんだぞ。どんなに優しい言い方してくれたって平民に時間割けるわけないだろ」
「正確にはまだ王族入りしていませんが…ソフィアもこの店で頑張ってくれていますから、きちんと時間は作りますわ」
「ほら! リリーナ様もこう言ってくれてる!」
「だからそれとこれは別だって言ってんだバカ!」
そこから兄妹喧嘩が始まってしまった。リリーナが慌て仲裁に入ろうとすると、グラツィアから声をかけられる。
「リリーナ様」
「なんでしょう、グラツィア」
「期間限定のベリー系、結構売れてるわ」
「そうでしょう。やはりベリーは冬の鉄板ですから」
期間限定品はリリーナの狙い通り好調な売れ行きを見せているようだ。上機嫌なグラツィアの表情にリリーナはしっかりと頷いていく。
「ベリーって聞くと女性用っぽいイメージがあるから、最初は男性向けの方は渋かったんだけど…試供品が効いたわね」
「そうですか、それは何よりですわ」
今回期間限定品を出すにあたり、一定以上の金額まで商品を買い上げた客に対して試供品を提供していた。
試供品は男性向けと女性向けどちらも用意し、客が選べるように準備をして。ただ試供品なので量は少ない。
「ワタシも男性向けの方使ってみたんだけど、ベリーにミントが合ってて素敵だわ。クランベリーなら甘過ぎないし、冬の寂しさに彩りが生まれるの」
「アンムートの行う試作に参加して正解でした。ベリーといえど種類がありますから、一応男性向けとはしていますが男女問わずに使えるよう心がけています」
リリーナは香水そのものに男女の垣根のようなものは感じていない。
自分は女性だが、甘さの強い香りよりもすっきりした香りの方が好みで、数は少ないが男性向けと謳われている品にもお気に入りがある。
だが人によっては甘い香りは勿論のこと、動物性の香料独特の香りを好む者もいるので、結局のところ好みは性差ではなく個人に依存するものだとリリーナは考えているのだ。
なので宣伝の名目上わかりやすくなるように男性向け、女性向けと区別はするが、売り場での商品の陳列は男女を意識させないよう心がけている。
「女性向けのストロベリーは如何ですか? あちらはバニラを入れて甘い香りに仕上げましたので、若い女性を中心に売れ行きが出ているといいのですけれど」
「それが、女性向けの方が売り上げ的には負けてるのよ。若い子が買っていくのはよく見るんだけどね」
「そうですか…大きく差が出るようでしたら、来年の参考にしていきましょう」
「そうね、言われた通り誰も在庫チェックは欠かしてないから、結果を見てから考えましょ」
グラツィアの言葉にリリーナは静かに同意した。今はまだ経過を見る段階なので、早急に結論をつけるべきではないだろう。
「さて、私はそろそろお暇しようと思いますわ。エマとバートンの勤務日は今日ではありませんものね?」
「二人は明日よん。明日は生誕祭当日だから、全員で売り場に出ることになると思うわ」
「では言伝て二人の分も渡しておいてください」
「了解よ♪」
リリーナの言葉にウィンクを返したグラツィアは、その後すぐ後ろを振り返る。
「ほら二人とも、いつまで喧嘩してるの。リリーナ様がお帰りよ」
グラツィアの少し呆れた声に反応する兄妹。そしてまずソフィアか勢いよくリリーナの元に現れた。
「リリーナ様もう帰っちゃうんですか!?」
「えぇ、明日はイベントがありますから準備をしなければいけないのです」
「そっかぁ…クッキー大事に食べますね!」
「ありがとう、ソフィア」
二人の会話にアンムートもふらりと現れる。
「忙しいのに、ありがとうございました」
「いいえ、私が勝手に行ったことですから」
リリーナは焦った様子でちらりと壁にかけられた時計を見る。流石に時間が危うい。
「すみませんがもう行かなくては。また来ますわ」
「わかりました。リリーナ様、また来てくださいね」
「いつでも来てください」
「リリーナ様~またお茶しましょ~」
挨拶もそこそこに店を後にするリリーナ。
明日は生誕祭だ。明日顔を出せるかわからない分今日時間を作ったので、スケジュールとしてはぎっちり詰まっている。次の予定に急がなくては。
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