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第二章 獣の巣
十一話 生の匂い
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一人残された天幕の中で、玉蓮は微かに震える指を固く握りしめた。赫燕の言葉が耳の奥で反響し、腹の底で燃え盛っていた熱が、風に吹かれた炎のように揺らいだ。
脳裏に、姉の優しい笑顔が浮かび、すぐに、それを引き裂くように、腹違いの姉妹たちの嘲笑が響き渡った。
——四肢を切り落とされ、皮を剥がされた——
震えるな、怯むな、そう言い聞かせるようにさらに拳に力を込める。心の中で、自らに何度も刻みつける。あの男こそ、我が刃なのだ、と。
どれほどの時間がそうして過ぎたのだろうか。
厚い獣皮の幕が持ち上げられ、入ってきたのは、朱飛だった。彼は無言のまま、腕に抱えていたものを玉蓮の足元に放り投げた。ドサリ、と鈍い音を立てたのは、使い古された粗末な毛皮が一枚。獣の脂と土の匂いが染み付いている。
「寝床だ……公主用の寝台などないからな」
淡々とした声。そこに悪意はなく、冷徹な事実だけがあった。玉蓮は、足元の汚れた毛皮を見下ろした。かつて冷たい石の床で眠り、埃にまみれていた日々を思えば、毛皮があるだけ上等だ。玉蓮は眉一つ動かさず、それを拾い上げた。
次いで朱飛の顔を見上げれば、そこにあるのは夜風のように静かな瞳。玉蓮を女として見る情欲も、姫として見る敬意もない。ただ「新入りの荷物」を見るような、無機質な色が浮かんでいる。
「天幕は別に用意した。それが大都督から言われた最低限だ」
朱飛の言葉に、玉蓮の胸がちくりと痛んだ。劉義。あの厳しくも優しい師が、離れてなお、見えぬ手で守ろうとしてくれている。俯きそうになった玉蓮の耳に息を吸い込む音が届く。
「……忠告しておく。ここでは、お前の常識は通用しない。軽率な真似はするな」
朱飛はそれだけ言うと、懐から油紙に包まれた包子を一つ取り出し、玉蓮の手に押し付ける。
「……食え。ここでは、食える時に食っておかないと死ぬぞ」
朱飛は無造作に顎でしゃくり、視線で「行くぞ」と促した。
手に残された、熱い塊。その温もりが、石のように冷え切っていた指先をじんわりと解かしていく。鼻をくすぐる蒸した小麦の香りと、肉の脂の匂いが、後宮で残飯を漁った記憶を蘇らせる。
獣の巣の中で、それは玉蓮にとって、確かに——生の匂いだった。
玉蓮はそれを宝物のように懐に抱くと、迷いない足取りで、闇の奥へと消える朱飛を追った。
脳裏に、姉の優しい笑顔が浮かび、すぐに、それを引き裂くように、腹違いの姉妹たちの嘲笑が響き渡った。
——四肢を切り落とされ、皮を剥がされた——
震えるな、怯むな、そう言い聞かせるようにさらに拳に力を込める。心の中で、自らに何度も刻みつける。あの男こそ、我が刃なのだ、と。
どれほどの時間がそうして過ぎたのだろうか。
厚い獣皮の幕が持ち上げられ、入ってきたのは、朱飛だった。彼は無言のまま、腕に抱えていたものを玉蓮の足元に放り投げた。ドサリ、と鈍い音を立てたのは、使い古された粗末な毛皮が一枚。獣の脂と土の匂いが染み付いている。
「寝床だ……公主用の寝台などないからな」
淡々とした声。そこに悪意はなく、冷徹な事実だけがあった。玉蓮は、足元の汚れた毛皮を見下ろした。かつて冷たい石の床で眠り、埃にまみれていた日々を思えば、毛皮があるだけ上等だ。玉蓮は眉一つ動かさず、それを拾い上げた。
次いで朱飛の顔を見上げれば、そこにあるのは夜風のように静かな瞳。玉蓮を女として見る情欲も、姫として見る敬意もない。ただ「新入りの荷物」を見るような、無機質な色が浮かんでいる。
「天幕は別に用意した。それが大都督から言われた最低限だ」
朱飛の言葉に、玉蓮の胸がちくりと痛んだ。劉義。あの厳しくも優しい師が、離れてなお、見えぬ手で守ろうとしてくれている。俯きそうになった玉蓮の耳に息を吸い込む音が届く。
「……忠告しておく。ここでは、お前の常識は通用しない。軽率な真似はするな」
朱飛はそれだけ言うと、懐から油紙に包まれた包子を一つ取り出し、玉蓮の手に押し付ける。
「……食え。ここでは、食える時に食っておかないと死ぬぞ」
朱飛は無造作に顎でしゃくり、視線で「行くぞ」と促した。
手に残された、熱い塊。その温もりが、石のように冷え切っていた指先をじんわりと解かしていく。鼻をくすぐる蒸した小麦の香りと、肉の脂の匂いが、後宮で残飯を漁った記憶を蘇らせる。
獣の巣の中で、それは玉蓮にとって、確かに——生の匂いだった。
玉蓮はそれを宝物のように懐に抱くと、迷いない足取りで、闇の奥へと消える朱飛を追った。
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