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第四章 二つの闇
十五話 混淆の男 2
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その呼びかけに、赫燕はわずかに眉を動かす。そして、老将に視線を向けた。
「我々は捕えられたのだ。この身がどうなろうと、拷問されようと文句はない。それは武人として当然の結末」
縄に繋がれた手首のまま老将の背筋は崩れず、声はひとつも震えない。瞳の黒は濁っていなかった。
「だが、一つだけ、将軍に願いたいことがある」
赫燕は、その言葉を黙って聞いていた。目蓋の線は動かず、杯の縁にかけた指は止まったまま。
「捕えられた兵の中に、まだ年端もいかぬ少年兵がいる。このような甘さを敵に願うなど、武人の風上にも置けぬ行為であることは重々承知している。しかし、どうか、あの少年だけは助けてはくれないか」
「……あの薄汚れたガキか」
「あれは、戦争で焼け落ちた村で拾った孤児だ。それさえ叶うのであれば、この命、惜しくはない」
赫燕の、杯を持つ手がピタリと止まった。
「あんた、名のある士族だろう」
「そうだ」
「なぜ、下僕などを助ける」
「……わからぬ……ただ、あの子の手を取った時、生きてほしい、そう思ったのだ」
頼む、そう呟くように告げて頭を下げる老将を、赫燕が黙ったまま見下す。そして、その瞳が、ほんの一瞬、どこか遠くを見つめた。
「……老将でありながら、その馬捌きと武は凄まじかったと聞いた」
赫燕は一度、言葉を切った。一度、何かを考えるように外された視線が再び老将に戻る。
「降るなら、助けるぞ」
「……その温情に心より感謝する。だが、私は、総大将に大恩がある」
「総大将……大都督・崔瑾とか言うやつか」
「そうだ。主を裏切れぬ。殺してくれ」
老将の顔から懇願の色が消え、代わりに、晴れやかな光さえ宿り、その皺深い目元は穏やかに緩む。
赫燕は、老将を真っ直ぐに見つめ、そして次の瞬間、彼は自らの杯を酒で満たすと、その老将の前に差し出した。
「……お前のような忠臣が、あの愚かな国に仕えているとは、惜しいな」
「将軍……」
「あの子供は、助けてやる」
赫燕はそう言うと、部下に視線を投げる。
「この男に甲冑を着せ、馬と剣を与えろ。牙門の精鋭兵と戦わせろ」
「は、はい! ですが、お頭、それは……」
赫燕は答えなかったが、老将は真意を悟ったのか、かすかに目を伏せ、深々と頭を下げた。
「……かたじけない」
これは、処刑ではなく、武人としての名誉ある死を与えるという敬意。
「我々は捕えられたのだ。この身がどうなろうと、拷問されようと文句はない。それは武人として当然の結末」
縄に繋がれた手首のまま老将の背筋は崩れず、声はひとつも震えない。瞳の黒は濁っていなかった。
「だが、一つだけ、将軍に願いたいことがある」
赫燕は、その言葉を黙って聞いていた。目蓋の線は動かず、杯の縁にかけた指は止まったまま。
「捕えられた兵の中に、まだ年端もいかぬ少年兵がいる。このような甘さを敵に願うなど、武人の風上にも置けぬ行為であることは重々承知している。しかし、どうか、あの少年だけは助けてはくれないか」
「……あの薄汚れたガキか」
「あれは、戦争で焼け落ちた村で拾った孤児だ。それさえ叶うのであれば、この命、惜しくはない」
赫燕の、杯を持つ手がピタリと止まった。
「あんた、名のある士族だろう」
「そうだ」
「なぜ、下僕などを助ける」
「……わからぬ……ただ、あの子の手を取った時、生きてほしい、そう思ったのだ」
頼む、そう呟くように告げて頭を下げる老将を、赫燕が黙ったまま見下す。そして、その瞳が、ほんの一瞬、どこか遠くを見つめた。
「……老将でありながら、その馬捌きと武は凄まじかったと聞いた」
赫燕は一度、言葉を切った。一度、何かを考えるように外された視線が再び老将に戻る。
「降るなら、助けるぞ」
「……その温情に心より感謝する。だが、私は、総大将に大恩がある」
「総大将……大都督・崔瑾とか言うやつか」
「そうだ。主を裏切れぬ。殺してくれ」
老将の顔から懇願の色が消え、代わりに、晴れやかな光さえ宿り、その皺深い目元は穏やかに緩む。
赫燕は、老将を真っ直ぐに見つめ、そして次の瞬間、彼は自らの杯を酒で満たすと、その老将の前に差し出した。
「……お前のような忠臣が、あの愚かな国に仕えているとは、惜しいな」
「将軍……」
「あの子供は、助けてやる」
赫燕はそう言うと、部下に視線を投げる。
「この男に甲冑を着せ、馬と剣を与えろ。牙門の精鋭兵と戦わせろ」
「は、はい! ですが、お頭、それは……」
赫燕は答えなかったが、老将は真意を悟ったのか、かすかに目を伏せ、深々と頭を下げた。
「……かたじけない」
これは、処刑ではなく、武人としての名誉ある死を与えるという敬意。
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