闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

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第六章 首輪の在り処

三十二話 囚われ人の吐息 2

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 たどり着いた天幕。重たい獣皮じゅうひを赫燕は押し上げて、玉蓮を中へと促す。足を踏み入れれば、いつも通り、外の喧騒が遠のいて密やかな空気と香が玉蓮を包んだ。

「あっ……」

 天幕に入るなり、彼の腕が有無を言わさず玉蓮の身体を絡め取り、言葉を発する間もないまま、背中が寝台の柔らかさに沈む。大きな手は、玉蓮の頭を包み込むように添えられたが、直後、彼自身の重みがのしかかり、その硬い胸板に肺の空気が押し出された。

 肺の中まで、甘く重い伽羅の香りで満たされる。覆いかぶさる赫燕の髪が、とばりのように外界を遮断する。そこにあるのは、夜の闇より深い、漆黒の瞳だけ。射抜かれる。吸い込まれる。

「玉蓮……」

 吐息混じりの低い声が、呪いのように鼓膜を震わせ、体の芯を熱く溶かしていく。視界が彼の顔で覆われ、近づいてくるその瞳を見つめ返すしかできない。

 食らいつくような荒々しさで唇が塞がれ、次の瞬間には、柔らかな舌が、慈しむように唇の輪郭をなぞる。こじ開けるでもなく、許しを乞うでもなく、当然のようにそのまま入り込み、彼女の呼気を根こそぎ奪っていく。

「ん……はっん」

 息ができない。思考ができない。彼の熱が、脳の奥まで侵食してくる。理性など、とうに焼き切れて、灰になっている。

 彼の手が、玉蓮の手首を捉える。昼間、死体を掴み、敵に刃を向けた指先に、赫燕が唇を寄せた。

「……震えは、止まったか」

 低く囁かれた言葉に、玉蓮の喉がひきつる。この男は、全てお見通しなのだ。

 あの時、敵が降伏しなければ、全てを壊さなければならなかった。自らが将として一つの城を蹂躙じゅうりんしなければならなかったかもしれない。その現実に、策が成ったにもかかわらず後から後から震えが起こったのだ。

「……はい」

 彼の指が、玉蓮の肌をなぞっていく。顎から、首筋へ。そこから鎖骨の窪みを辿り、心の臓の真上へと。指先が触れるたびに、ぴり、と痺れが走り、その軌跡が肌に焼き付いた。

 彼女の中から「否」という言葉を奪い、意味のない甘い吐息へと変えてしまう。赫燕の鼓動が、じかに胸に響いてくる。その力強い音が、自分のものよりずっと速く、熱い。その熱が、律動が、玉蓮の全てを塗り替えていく。
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