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第六章 首輪の在り処
三十三話 喉笛の教え 1
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◆
濃厚な伽羅の香りと、つい先ほどまでの情事の熱気が未だに籠る天幕の中。乱れた寝台の上に、一枚の地図が無造作に広げられた。赫燕は、自身の汗ばんだ逞しい肌を隠そうともせず、寝台の縁に腰掛けている。
その隣で、体の火照りが収まらない玉蓮が、乱れた息を整えようと努めている。赫燕は、玉蓮が整然とした装いを取り戻すのを待つことなく、冷ややかな声を落とした。
「お前なら、この城を、この都をどう攻める?」
何度目かわからない、その問いかけ。玉蓮は、散らばっていた衣を手にして急いで羽織ると、すぐに体勢を正し、深く息を吸い込む。思考を研ぎ澄まし、脳裏に刻まれた兵法書の知識を、現実の地図の上に重ね合わせる。
「……三重の包囲網を敷き、土塁《どるい》と物見櫓を築きます。そして、兵器での城壁攻めで、門が開くのを待って——」
——トン。
玉蓮の言葉を遮るように響いた音。それは、赫燕が地図に描かれた城を叩く音だった。赫燕は、玉蓮の瞳を捉えることなく、その力強い指を、城の中心から外へ向かって、ゆっくりと、まるで何かの軌跡を描くようになぞる。
「待つ、か。お前が三重の包囲網なんてものを悠長に築いてる間に、敵の援軍が俺たちの背中に集まってくる。お前の王道はな、敵に『どうぞ俺たちを包囲してください』と教えてやるようなもんだ」
「では——」
「待つな。待たせろ」
地図に描かれた城ではなく、その周辺に広がる村々や水源に兵の駒が置かれていく。
「城の周りの村を焼く」
「なっ……」
「畑を潰し、井戸に塩を撒く。敵の領地を、城の外から腐らせていく。そうすれば、城の中の者たちはどうする?」
「……領地を腐らせれば、我々が手に入れた時の益も損なわれます。それは、覇者の道ではありません」
「覇者? 笑わせるな」
赫燕は鼻で笑うと、地図の上に置かれた玉蓮の「兵」の駒を、指先でピンと弾き飛ばす。駒がコロコロと乾いた音を立てて転がっていく。
「勝たなきゃ、益もクソもねえ。死人に口なし、敗者に領地なしだ」
「ですが——」
「お前が城壁の前で律儀に陣を張り、攻城櫓を組み立てている間に、敵の援軍に背後を突かれ、食い物がなくなり、兵が倒れ、士気が落ちる。そのくだらん道とやらに従って、お前の兵が無駄に死ぬ」
地図上の玉蓮の兵の駒が次々と薙ぎ倒されていく。
「いいか、玉蓮。城壁を殴り続けるだけの鈍重な戦など、俺はやらねえ。真の戦場はこのだだっ広い平原と国そのものだ」
「……国、そのもの?」
彼の指が、地図の上を滑るように、動く。
「決まった形を持つな。敵が前方を守れば、その後ろを。敵が後方を守れば、その前を食い破る。あの城を、あの都を堕とすなら、敵が疲弊し、飢え、内側から腐り落ちていく機をつくる……」
冷たく昏い瞳が、玉蓮を捉えた。そこに宿るのは、どこまでも深い闇。
「要を壊せ」
赫燕の言葉は、どろりとした毒のように、玉蓮の耳から入り込み、腹の底へと落ちていく。吐き気がするほど残虐な論理。なのに、どうしてだろう。指先が痺れるように熱い。
「要を……壊す」
復唱する自分の声が、歓喜に震えているように聞こえた。身を乗り出している自分がいる。地図を指す赫燕の次の言葉を、乾いた喉で待っている自分がいる。
その事実に、玉蓮は己の唇を噛み切らんばかりに強く結んだ——だが、地図の上を滑る赫燕の指先から、視線を離すことができなかった。
濃厚な伽羅の香りと、つい先ほどまでの情事の熱気が未だに籠る天幕の中。乱れた寝台の上に、一枚の地図が無造作に広げられた。赫燕は、自身の汗ばんだ逞しい肌を隠そうともせず、寝台の縁に腰掛けている。
その隣で、体の火照りが収まらない玉蓮が、乱れた息を整えようと努めている。赫燕は、玉蓮が整然とした装いを取り戻すのを待つことなく、冷ややかな声を落とした。
「お前なら、この城を、この都をどう攻める?」
何度目かわからない、その問いかけ。玉蓮は、散らばっていた衣を手にして急いで羽織ると、すぐに体勢を正し、深く息を吸い込む。思考を研ぎ澄まし、脳裏に刻まれた兵法書の知識を、現実の地図の上に重ね合わせる。
「……三重の包囲網を敷き、土塁《どるい》と物見櫓を築きます。そして、兵器での城壁攻めで、門が開くのを待って——」
——トン。
玉蓮の言葉を遮るように響いた音。それは、赫燕が地図に描かれた城を叩く音だった。赫燕は、玉蓮の瞳を捉えることなく、その力強い指を、城の中心から外へ向かって、ゆっくりと、まるで何かの軌跡を描くようになぞる。
「待つ、か。お前が三重の包囲網なんてものを悠長に築いてる間に、敵の援軍が俺たちの背中に集まってくる。お前の王道はな、敵に『どうぞ俺たちを包囲してください』と教えてやるようなもんだ」
「では——」
「待つな。待たせろ」
地図に描かれた城ではなく、その周辺に広がる村々や水源に兵の駒が置かれていく。
「城の周りの村を焼く」
「なっ……」
「畑を潰し、井戸に塩を撒く。敵の領地を、城の外から腐らせていく。そうすれば、城の中の者たちはどうする?」
「……領地を腐らせれば、我々が手に入れた時の益も損なわれます。それは、覇者の道ではありません」
「覇者? 笑わせるな」
赫燕は鼻で笑うと、地図の上に置かれた玉蓮の「兵」の駒を、指先でピンと弾き飛ばす。駒がコロコロと乾いた音を立てて転がっていく。
「勝たなきゃ、益もクソもねえ。死人に口なし、敗者に領地なしだ」
「ですが——」
「お前が城壁の前で律儀に陣を張り、攻城櫓を組み立てている間に、敵の援軍に背後を突かれ、食い物がなくなり、兵が倒れ、士気が落ちる。そのくだらん道とやらに従って、お前の兵が無駄に死ぬ」
地図上の玉蓮の兵の駒が次々と薙ぎ倒されていく。
「いいか、玉蓮。城壁を殴り続けるだけの鈍重な戦など、俺はやらねえ。真の戦場はこのだだっ広い平原と国そのものだ」
「……国、そのもの?」
彼の指が、地図の上を滑るように、動く。
「決まった形を持つな。敵が前方を守れば、その後ろを。敵が後方を守れば、その前を食い破る。あの城を、あの都を堕とすなら、敵が疲弊し、飢え、内側から腐り落ちていく機をつくる……」
冷たく昏い瞳が、玉蓮を捉えた。そこに宿るのは、どこまでも深い闇。
「要を壊せ」
赫燕の言葉は、どろりとした毒のように、玉蓮の耳から入り込み、腹の底へと落ちていく。吐き気がするほど残虐な論理。なのに、どうしてだろう。指先が痺れるように熱い。
「要を……壊す」
復唱する自分の声が、歓喜に震えているように聞こえた。身を乗り出している自分がいる。地図を指す赫燕の次の言葉を、乾いた喉で待っている自分がいる。
その事実に、玉蓮は己の唇を噛み切らんばかりに強く結んだ——だが、地図の上を滑る赫燕の指先から、視線を離すことができなかった。
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