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第六章 首輪の在り処
四十話 侵攻と傷跡 2
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崔瑾と赫燕の視線が、ぶつかっている。天幕の空気は、糸がどこまでも引っ張られて今にも千切れそうなほどに張り詰めている。言葉を発していない玉蓮の額に汗が滲んでいく。
「止まることはない、そういうことですか?」
「お前たちこそ、止まることなどないだろうが。王族どもを止められるとでも言うのか」
「今まさに侵略を受けているのは、私たちです」
その瞬間、ガタンッ、と赫燕の椅子が大きく音を立てた。その目は大きく見開かれている。
「よく言うぜ。その侵略を最もあくどくやってきたのは、お前たちだろう。お前らが自分の国だと言っているその領土と民は、元は他の国のものだ」
「血と汗を流して、先人が勝ち取った地。それはすでに我が国だ。国とそこで暮らす民を守るためならば、抗うのは必然。それは、我らが掲げるべき正義だ」
「——正義、だと?」
獣が唸るような低い声と共に、烈火の如く殺気が膨れ上がった。
そばに控えている両国の兵たちから、「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。
肌を刺すような殺気が、天幕を支配している。戦場であれば、確実に首が飛んでいる。そう思うほどに、重苦しく強い圧が赫燕から放たれている。
呼吸が浅くなる。全身の毛が逆立っている。まるで、見えない刃を、喉元に突きつけられているかのように。
そんな中で、崔瑾だけが視線から逃れることなく、真正面から受け止め、表情を動かさない。
玉蓮は、どうにか顔だけを動かして赫燕を見つめた。彼の瞳を視界にとらえた瞬間、玉蓮の脳裏にあの嵐の夜が閃く。そこにあったのは、あの日と同じ、絶望を呑み込んだような色。
震えるほどの怒りの圧を放っているはずの男の瞳は、なぜか泣き出しそうに見えた。
(怒り、だけではない——)
これは、慟哭だ。血塗られた過去の亡霊たちの悲鳴が、彼の瞳の奥で渦巻いている。
名前を呼ぶこともできないまま、玉蓮は思わず手を伸ばし、血管が浮かび上がったその腕に触れる。硬く強張った筋肉の下で、彼の魂そのものが震えているのが伝わってきた。
その瞬間、ふっと赫燕の唇から本当に小さく息が漏れた。
崔瑾を射殺さんばかりだった瞳から、すっと殺気が引いていく。ようやく逸らされたその視線は、玉蓮を捉えると、わずかに色を戻した。
玉蓮に応えるように、赫燕の大きな手が、彼女の頬をゆっくりと撫でた。武骨な指先の感触。玉蓮はその手のぬくもりに安堵しているはずなのに、なぜか、涙が滲みそうになる。
卓を挟む向こう側から、ふうと大きく息を吐く音がした。視線をそちらに向ければ、崔瑾が椅子に座り直している。
「……失礼いたしました。あまりにも本題から逸れてしまいましたね。公主の御前であるにもかかわらず、感情的に言葉を捲し立て、誠に申し訳ありません。そろそろ、本題に戻りましょうか、子睿殿」
その後、いくつかの事務的な取り決めが交わされたが、一度張り詰めた空気は戻らない。会談は、互いの腹を探り合っただけで、物別れに近い形で終わりを告げた。
「止まることはない、そういうことですか?」
「お前たちこそ、止まることなどないだろうが。王族どもを止められるとでも言うのか」
「今まさに侵略を受けているのは、私たちです」
その瞬間、ガタンッ、と赫燕の椅子が大きく音を立てた。その目は大きく見開かれている。
「よく言うぜ。その侵略を最もあくどくやってきたのは、お前たちだろう。お前らが自分の国だと言っているその領土と民は、元は他の国のものだ」
「血と汗を流して、先人が勝ち取った地。それはすでに我が国だ。国とそこで暮らす民を守るためならば、抗うのは必然。それは、我らが掲げるべき正義だ」
「——正義、だと?」
獣が唸るような低い声と共に、烈火の如く殺気が膨れ上がった。
そばに控えている両国の兵たちから、「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。
肌を刺すような殺気が、天幕を支配している。戦場であれば、確実に首が飛んでいる。そう思うほどに、重苦しく強い圧が赫燕から放たれている。
呼吸が浅くなる。全身の毛が逆立っている。まるで、見えない刃を、喉元に突きつけられているかのように。
そんな中で、崔瑾だけが視線から逃れることなく、真正面から受け止め、表情を動かさない。
玉蓮は、どうにか顔だけを動かして赫燕を見つめた。彼の瞳を視界にとらえた瞬間、玉蓮の脳裏にあの嵐の夜が閃く。そこにあったのは、あの日と同じ、絶望を呑み込んだような色。
震えるほどの怒りの圧を放っているはずの男の瞳は、なぜか泣き出しそうに見えた。
(怒り、だけではない——)
これは、慟哭だ。血塗られた過去の亡霊たちの悲鳴が、彼の瞳の奥で渦巻いている。
名前を呼ぶこともできないまま、玉蓮は思わず手を伸ばし、血管が浮かび上がったその腕に触れる。硬く強張った筋肉の下で、彼の魂そのものが震えているのが伝わってきた。
その瞬間、ふっと赫燕の唇から本当に小さく息が漏れた。
崔瑾を射殺さんばかりだった瞳から、すっと殺気が引いていく。ようやく逸らされたその視線は、玉蓮を捉えると、わずかに色を戻した。
玉蓮に応えるように、赫燕の大きな手が、彼女の頬をゆっくりと撫でた。武骨な指先の感触。玉蓮はその手のぬくもりに安堵しているはずなのに、なぜか、涙が滲みそうになる。
卓を挟む向こう側から、ふうと大きく息を吐く音がした。視線をそちらに向ければ、崔瑾が椅子に座り直している。
「……失礼いたしました。あまりにも本題から逸れてしまいましたね。公主の御前であるにもかかわらず、感情的に言葉を捲し立て、誠に申し訳ありません。そろそろ、本題に戻りましょうか、子睿殿」
その後、いくつかの事務的な取り決めが交わされたが、一度張り詰めた空気は戻らない。会談は、互いの腹を探り合っただけで、物別れに近い形で終わりを告げた。
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