闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

文字の大きさ
89 / 159
第七章 臨万城の嵐

四十七話 一度の願い 1

しおりを挟む
◇◇◇ 玉蓮ぎょくれん ◇◇◇

 開戦から七日目の戦場は、一瞬の静寂の後、再び地獄と化した。その時、白楊はくよう国の総大将の本陣を目指すはずの伝令が、血だらけで隣の森から転がり込んできたのだ。その甲冑かっちゅうは、まさしく劉永りゅうえい本隊のもの。

「——待て! その甲冑かっちゅう、劉永隊だな」

 玉蓮の声は、戦場の音にかき消されそうになりながらも、確かに伝令の耳に届いたようで、伝令は、はっと顔を上げ、玉蓮の姿を認めると、倒れそうになりながらも、ひざまずく。

「はっ!」

「何があった! 詳しく申せ!」

 玉蓮の鋭い問いに、伝令は血を吐くような声で答える。

「も、申し上げます! 劉永様の所属する軍が、玄済げんさい大孤だいこの猛攻を受け、苦戦を強いられております! 劉永様本隊も敵の大群に完全に包囲され、もはや風前の灯火にございますっ」

 伝令の声が、玉蓮の鼓膜を激しく揺さぶった。剣戟けんげきのどよめき、降り注ぐ矢の音、兵士たちの怒号。それら全てをかき消すかのように、一つの声が玉蓮の意識を支配する。

 同時に、心臓が氷の手に掴まれたかのようにきつく締め付けられ、息が詰まる。肺から空気が根こそぎ奪われたかのような苦しみに、玉蓮は思わず胸元を押さえた。

えい、兄様……」

 玉蓮の喉がきしむように鳴った。全身から熱が奪われていくのがわかる。次の言葉が、どうしても出てこない。

 脳裏に、かつての日々が鮮やかに蘇る。常に玉蓮の隣にいてくれた劉永の、陽だまりのような優しい笑顔。玉蓮の小さな手を包み込んだ温もり。共に見た夕陽。喉の奥が、ひりつく。

 ——復讐。その二文字が、脳で何度も繰り返される。

(姉上の無念を晴らす。そのためだけに、ここにいる。そうだ、私情にられてはならない。でも——)

 劉永の血だらけの姿が脳裏をよぎり、腹の底からせり上がってきた吐き気に、玉蓮は口元を強く押さえた。

「ッ……!」

 玉蓮は一瞬、奥歯を食いしばり、拳を握りしめ、次の瞬間には走り出していた。その足は、迷いなく一つの方向を目指す。向かう先は、赫燕かくえんが本営を置く望楼ぼうろうの上。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※完結まで毎日更新 ※全26話+おまけ1話 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

処理中です...