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第八章 別離の衣
六十話 無慈悲な勅命 1
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◇◇◇
その日、赫燕の天幕には、重なる軍議のために幹部たちが全員集まっていた。真剣な軍議の中でも時折、笑い声や軽口が飛び交う。
「ですから牙門さん、そこは刹さんにお任せください。刹さんの方がこういうのは得意じゃないですか」
子睿が扇で口元を隠しながら、仕方ないとでもいいたげに片眉をあげる。
「ほらな、お前のとこじゃ、こんなに器用なことできないだろ」
刹が勝ち誇ったように言い放ち、牙門が顔を顰める。
「うるせえ、刹。おい、迅、お前のところが動けばいいじゃねえか」
「いや、俺んとこはお頭の周り固めなきゃだし」
「朱飛、本隊がこの進路で行くなら、こちらを押さえましょうか」
「ああ、そうだな玉蓮」
次の戦の軍議の最中、天幕の外から、普段とは違う緊迫した声が聞こえた。
「お頭、あの、なんか……王の勅命だと使者が」
その言葉が耳に届いた瞬間、それまで赫燕の唇に浮かんでいた薄い笑みは、一瞬で掻き消えた。視線が、獲物を狙う猛禽のそれのように鋭く研ぎ澄まされる。深い闇を湛えたその瞳は、一切の冗談めいた色を失い、有無を言わせぬ圧力をもって入り口へと向けられた。
それまで天幕の中を満たしていた豪快な笑い声が、ぴたりと止み、油灯の光が息を殺したかのように、その揺らめきを止める。
「入れ」
低い唸り。重く響き渡った赫燕の命令に応えるように、重厚な布の擦れる音が耳に届く。
王の勅命を携えた使者が、厳かな様子で入ってくる。さっきまで冗談を飛ばしていた刹が、唇を噛んで目を伏せた。歩を進める足音さえ、不快なほどに大きく響く。誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
赫燕の瞳は、何の感情もなく、そこを見ていた。全員がその使者の前に膝をついた。
使者が、巻物を広げ、その内容を朗々と読み上げ始める。一つひとつの言葉が、意味をなさずに鼓膜の上を滑っていく。
「——玄済国との和睦の証として、公主・玉蓮を玄済王の後宮へ遣わすべし」
玉蓮の喉の奥で、微かに空気が漏れる音がした。
(父上——!)
父が、いや、王が下した決定。姉の時と同じように、まるで牛や馬を売るかのように、大臣たちと密かに、しかし、あっさりと決められたであろうことが容易に想像できた。玉蓮の脳裏には、かつて姉の血のように赤い婚礼衣装が蘇る。玉蓮の手のひらに爪が食い込んでいく。
その日、赫燕の天幕には、重なる軍議のために幹部たちが全員集まっていた。真剣な軍議の中でも時折、笑い声や軽口が飛び交う。
「ですから牙門さん、そこは刹さんにお任せください。刹さんの方がこういうのは得意じゃないですか」
子睿が扇で口元を隠しながら、仕方ないとでもいいたげに片眉をあげる。
「ほらな、お前のとこじゃ、こんなに器用なことできないだろ」
刹が勝ち誇ったように言い放ち、牙門が顔を顰める。
「うるせえ、刹。おい、迅、お前のところが動けばいいじゃねえか」
「いや、俺んとこはお頭の周り固めなきゃだし」
「朱飛、本隊がこの進路で行くなら、こちらを押さえましょうか」
「ああ、そうだな玉蓮」
次の戦の軍議の最中、天幕の外から、普段とは違う緊迫した声が聞こえた。
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その言葉が耳に届いた瞬間、それまで赫燕の唇に浮かんでいた薄い笑みは、一瞬で掻き消えた。視線が、獲物を狙う猛禽のそれのように鋭く研ぎ澄まされる。深い闇を湛えたその瞳は、一切の冗談めいた色を失い、有無を言わせぬ圧力をもって入り口へと向けられた。
それまで天幕の中を満たしていた豪快な笑い声が、ぴたりと止み、油灯の光が息を殺したかのように、その揺らめきを止める。
「入れ」
低い唸り。重く響き渡った赫燕の命令に応えるように、重厚な布の擦れる音が耳に届く。
王の勅命を携えた使者が、厳かな様子で入ってくる。さっきまで冗談を飛ばしていた刹が、唇を噛んで目を伏せた。歩を進める足音さえ、不快なほどに大きく響く。誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
赫燕の瞳は、何の感情もなく、そこを見ていた。全員がその使者の前に膝をついた。
使者が、巻物を広げ、その内容を朗々と読み上げ始める。一つひとつの言葉が、意味をなさずに鼓膜の上を滑っていく。
「——玄済国との和睦の証として、公主・玉蓮を玄済王の後宮へ遣わすべし」
玉蓮の喉の奥で、微かに空気が漏れる音がした。
(父上——!)
父が、いや、王が下した決定。姉の時と同じように、まるで牛や馬を売るかのように、大臣たちと密かに、しかし、あっさりと決められたであろうことが容易に想像できた。玉蓮の脳裏には、かつて姉の血のように赤い婚礼衣装が蘇る。玉蓮の手のひらに爪が食い込んでいく。
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