闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

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第十章 正義の敵

七十六話 炎を見守る 2

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 崔瑾は、ふと書架しょかの奥に目を向け、卓の奥の棚から小さな箱を取り出した。

「阿扇、もう一つ頼み事を良いですか……」

 一瞬、言葉を選びながら、崔瑾は、はっきりと続けた。

「これを、桃の木の下へ」

「これは……?」

 阿扇が戸惑いつつも問いかければ、崔瑾はそっと窓の扉を開け、南庭を見やった。そこには、ぼんやりと灯りが照らす先に一本の桃の木がある。春に花を咲かせたそれは、今は闇の中に佇んでいる。

「……屋敷の南庭なんてい、あの木の根元に埋めてください。中には、阿扇が盛楽せいらくから持ち帰った記録の写しと、しょう尚書しょうしょが命懸けで託してくれたあの紙片しへんが入っています」

 阿扇はその箱を手に取り、指先に伝わる重みに表情を引き締めた。

「蕭尚書が記した……『河伯かはくほこら』のことですね。二十年前、王后様たちが捨てられたのでは、という」

 「ええ。あなたが見つけ出した『人夫の数の矛盾』。そして、しょう尚書が突き止めた『荷車の行方』。……この二つが合わさって、ようやく太后たいこうがひた隠しにしてきた不都合な真実が形を成した」

 崔瑾の瞳に、深い苦渋の色が混じる。

「だが、この真実に近づくたびに、蕭家しょうけのような犠牲が出る。…… 今、無闇に河伯かはくほこら方面へ人を送れば、蕭妃しょうひ様や、解放されたばかりの尚書の命は今度こそないでしょう。蜘蛛は、獲物が網に触れるのをじっと待っているのだから」

「今は動けないということですね」

「はい。守る時は徹底的に守り、自軍が有利な状況になる条件を揃えねばなりません」

「……承知しました」

「もし……私がこの網に絡め取られ、結末まで見届けられぬときは……玉蓮殿へ託してください」

 阿扇は、不意に箱を抱え直し、思わず問うていた。

「……崔瑾様。まさか、これは——死を前提とした策なのですか?」

「念には念を。最悪を想定してこそ、一筋の希望が繋がることもある」

 冗談めかした口ぶりではあるが、崔瑾の言葉には、常に死と隣り合わせの覚悟が滲んでいる。阿扇の胸には小さな棘のような痛みが残った。
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