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第十章 正義の敵
七十七話 炎の内側 1
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◇◇◇ 阿扇 ◇◇◇
秋の風が市場の香辛料と果物の香りを運ぶ中、阿扇は玉蓮と街を歩いていた。朝、崔瑾に呼び出されたかと思えば……
「玉蓮殿の気分転換に、街に連れて行って差し上げてください。阿扇には、護衛を頼みます」
そう言って、崔瑾が朝議に行ってしまったからだ。
阿扇は悪戯なほどに、にこやかな主の顔を思い出して、大きく息を吐く。
(この姫に、護衛など必要ではなかろう)
何かあれば、傍にいる翠花を守りながらも、相手を圧倒してしまうほどの武を持っていることは明らかだ。おおやけに剣を持つことができない点が男よりも不利なだけ。
視線の先では、簪の店に入った翠花が、玉蓮に歩揺を差し出して笑っていた。
「奥様、こちらはいかがですか? 旦那様がなんでも買って良いとおっしゃったそうですよ」
「欲しいものは、ないのだけれど……」
差し出された装飾具たちを視界に映す玉蓮の少し後ろに立ち、阿扇は目の前の煌びやかなそれを手に取った。明らかに上等の石を使った、精巧で華美なもの。
「簪でも、織物でも、お好きなようにされれば良いのでは。こちらの玉は珍しいものかと。まあ、王宮とは勝手が違うかもしれませんが」
玉蓮は、阿扇の手の中の簪を一瞥し、翠花に視線を戻す。そして、台の上に置かれた別のものを指し示す。
「翠花、こちらの簪を」
「承知いたしました、奥様」
跳ねるようにして、翠花が店主の元に駆けていく。
「そうね、確かに違うわ。後宮では包子一つ手に入れるのも死に物狂いでしたから。旦那様に感謝しなければ」
「……は?」
玉蓮の言葉に、阿扇は、勢いよく顔をそちらに向けた。彼の知る公主とは、豪華な衣装を身につけ、山海の珍味を味わい、何不自由なく暮らす存在だったからだ。玉蓮の顔には、柔らかな微笑みが浮かぶだけ。
「玉はもちろんのこと、衣も簪も……全て縁ないもの」
玉蓮は、淡々とそう付け加えた。その声には何の感情も込められておらず、まるで当然のことのように聞こえた。
阿扇は、玉蓮の纏う上質な衣や髪に挿された簡素ながらも美しい簪に目を向けた。それらは、彼女が「縁ないもの」と語るにはあまりにも自然に玉蓮に馴染んでいる。
玉蓮は、紛れもなく美しい。この広い天下に美女はいるといえど、これほどの容貌はまさに類稀なるものだろう。透き通るような白い肌、夜空の星を閉じ込めたような瞳、そして桃の花びらのような唇。その全てが、絵画から抜け出してきたかのような完璧な形を作っていた。
(白楊の華だぞ——?)
これだけ美しい公主と、装飾具に縁がないという言葉が、阿扇の頭の中でちぐはぐに絡み合う。
「それほど早くから、戦にでられていたのですか?」
知るつもりなどなかったのに、ふと沸いた疑問をそのまま口にしていた。
秋の風が市場の香辛料と果物の香りを運ぶ中、阿扇は玉蓮と街を歩いていた。朝、崔瑾に呼び出されたかと思えば……
「玉蓮殿の気分転換に、街に連れて行って差し上げてください。阿扇には、護衛を頼みます」
そう言って、崔瑾が朝議に行ってしまったからだ。
阿扇は悪戯なほどに、にこやかな主の顔を思い出して、大きく息を吐く。
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「奥様、こちらはいかがですか? 旦那様がなんでも買って良いとおっしゃったそうですよ」
「欲しいものは、ないのだけれど……」
差し出された装飾具たちを視界に映す玉蓮の少し後ろに立ち、阿扇は目の前の煌びやかなそれを手に取った。明らかに上等の石を使った、精巧で華美なもの。
「簪でも、織物でも、お好きなようにされれば良いのでは。こちらの玉は珍しいものかと。まあ、王宮とは勝手が違うかもしれませんが」
玉蓮は、阿扇の手の中の簪を一瞥し、翠花に視線を戻す。そして、台の上に置かれた別のものを指し示す。
「翠花、こちらの簪を」
「承知いたしました、奥様」
跳ねるようにして、翠花が店主の元に駆けていく。
「そうね、確かに違うわ。後宮では包子一つ手に入れるのも死に物狂いでしたから。旦那様に感謝しなければ」
「……は?」
玉蓮の言葉に、阿扇は、勢いよく顔をそちらに向けた。彼の知る公主とは、豪華な衣装を身につけ、山海の珍味を味わい、何不自由なく暮らす存在だったからだ。玉蓮の顔には、柔らかな微笑みが浮かぶだけ。
「玉はもちろんのこと、衣も簪も……全て縁ないもの」
玉蓮は、淡々とそう付け加えた。その声には何の感情も込められておらず、まるで当然のことのように聞こえた。
阿扇は、玉蓮の纏う上質な衣や髪に挿された簡素ながらも美しい簪に目を向けた。それらは、彼女が「縁ないもの」と語るにはあまりにも自然に玉蓮に馴染んでいる。
玉蓮は、紛れもなく美しい。この広い天下に美女はいるといえど、これほどの容貌はまさに類稀なるものだろう。透き通るような白い肌、夜空の星を閉じ込めたような瞳、そして桃の花びらのような唇。その全てが、絵画から抜け出してきたかのような完璧な形を作っていた。
(白楊の華だぞ——?)
これだけ美しい公主と、装飾具に縁がないという言葉が、阿扇の頭の中でちぐはぐに絡み合う。
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知るつもりなどなかったのに、ふと沸いた疑問をそのまま口にしていた。
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