夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第五章

第十二話 初詣

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 少し肌寒い空気が身を包む、冬の晴れ空。
影人さんの引っ越し準備が落ち着いた頃には、すっかり年明けの空気になっていた。

 テレビをつければ三が日限定の特別番組一色で、お笑いや明るい雰囲気のドキュメンタリーばかり。平日の朝でおなじみだった真面目なニュース番組も、この期間ばかりはお休み中だ。


「なんだかんだ、あっという間に年が明けちゃいましたね」
「そうだね」
「……まぁ、なんだろう……去年はお互い散々でしたねぇ」
「うん」

 静かな住宅街の中を、二人並んで歩く。去年あったことを頭の中で再放送してみれば、なんとも濃い一年だったと改めて思い知らされる。




『……あれだけ人を苦しめておいて、自分はトンズラ? 新天地で仲良しのお友達を作って、何事も無かったかのようにしれっと普通の暮らしをするつもり? ……ふざけんな!!』

 夏休み明けには、影人さんが転入生だった黒葛原つづらはらさんに追い詰められ。



『守るべき存在であるお前を、俺が傷つけていたなら──俺は、ちゃんとお前に罰せられるべきなんだ』

 文化祭の後には、忘れていたかったボクの過去──兄さんが、この街まで追いかけてきて。



『母親"だった"ってことは、もう私のことはママとして見てないってことでしょ? なら、もう恋人しかないじゃない!』

 ──そして、年末直前は影人さんのお母様が彼の前に現れた。




「……今年は平穏だといいですね」
「そうだね……なんか、その言い方フラグみたいで嫌だけど」
「えっ、そうですか? すみません……」

 黒葛原つづらはらさんとの件は窓雪さんの協力もあって今は引きずられることもなく、兄さんとボクのことも解決済みだ。
影人さんのお母様も、三栗谷先生の話では実家にいると聞いているし……恐らく、もう影人さんの家に勝手に来たりはしないだろう。

(まぁ、多分……だけど)


 ただ、そんな「色々あった」一年の中、良かったことといえば──


「……蛍」
「はい? ……えっ」

 言われるままに手を差し出すと、少し冷たい温もりに包まれる。
今まで手を握ったり繋いだりしたことは、何度かあったけれど……気持ちを伝え合った後となると、いっそう胸の鼓動が少し早まってしまう。


(……ボク、顔に出てないかな? 大丈夫かな……)

 こんなふうに、堂々と手を繋いで街中を歩ける……いわゆる、「恋人同士」に関係が進んだこと。
お互いに対する理解を深めていく中、ボクらの絆もそれに伴って強くなり、気づけば「かけがえのない存在」になっていて。



『ボク自身を愛してくれる人が、いつか現れますように』

 ──去年の七夕に書いたあの願い事は、こんな身近な形で叶ったのだ。
誰でもない、「不破 蛍」を、影人さんは見つめてくれる。それだけで、もう十分すぎるくらい幸せだ。


「……そんなに嬉しい?」
「へ?」
「にやけてる」

 影人さんの白くて細い指が、ボクの頬をつつく。
そんな影人さんこそ、目の形が少しだけ三日月を描いていて。ボクの反応を楽しんでいるかのようだ。

 やっぱり顔に出てたか。恥ずかしくなったボクは「やめてください……」なんて言いながら、顔を背けてしまったのだった。




◇ ◇ ◇




 歩くこと、約10分。家から近い場所にある神社には、老若男女問わずたくさんの人で賑わっていた。
屋台のたこ焼きやチョコバナナを食べる人、鈴を鳴らしてお参りをする人、ご近所さん同士で楽しく喋っている人……それぞれの時間を満喫しているようだ。

「あ、おみくじやっていいですか?」
「……いいよ」

 鳥居をくぐって参拝を終え、ボクらが向かうは社務所。「おみくじ」と書かれた看板に向かって、まっすぐ歩き出す。
箱の中に手を突っ込み、中にある紙を取り出す……という、スタンダードなタイプのおみくじだ。

 社務所の巫女さんに100円を手渡し、箱の中に手を突っ込む。
吉と出るか凶と出るか……なんて言葉があるけれど、今のボクはまさにそんな気持ちだ。意味合いは違うが。

 しばらく手で箱の中を探り、直感で「これだ!」と思ったものを取り出す。
ゆっくりと中を開くと、そこに書いてあったのは──

「……小凶後吉しょうきょう のち きち?」

 小凶後吉──解説を見ると、「多少の苦難があるがいずれは吉に」と書いてある。
ボクら二人とも去年色々乗り越えたろうに、まだあるんかい! なんて、天に向かってツッコミを入れたくなる。
せめて今年一年は穏やかでいたかったのに、と呟きながらおみくじの内容を読み進める。

「……何かあった?」
「えぇと、……あ、ちょっと気になるものなら」
「何?」

 おみくじの紙を覗き込む影人さん。顔の距離が近くなったことに少しドキドキしつつ、気になった箇所を指し示す。


 【恋愛】──恋敵に注意


「これ……もしかして、ボクらの間を裂こうとする人が出てくるってことなんですかね」

 ふとよぎった不安につられ、口から漏れ出る。新年早々、なんと幸先悪いことだろう。
占いを盲信しているわけではないが、こんな結果が出てしまうとイマイチ気分はよろしくない。

 しかも、割とありえなくはなさそうな内容だから尚更だ。
常日頃から女子にモテモテの影人さんなのだ、そんな彼の隣を欲しがる人は今だってごまんといるはずで。

「……気にしなくていいと思うよ、そんなの」
「そう、ですかね」
「占いなんて所詮気休めみたいなもんだし。それとも……」

 影人さんの空いた手が、ボクからおみくじを取り上げる。

「蛍は俺より神様こっちの言うこと信じるの?」

 おみくじの紙をひらひらと遊ばせながら、ボクをまっすぐ見据える。影人さんの言葉が、ボクの胸に鋭く刺さる。
占いだの願い事だの、そんなのを「気休め」と信じない影人さん。そんな彼だからこそ、その言葉に重みがある。

 そう、信じるべきはおみくじなんかじゃない。今、隣にいてくれる彼の想いだ。

「いいえ、すみません。ダメですね、こんなことで振り回されちゃ」

 影人さんの手からゆっくりとおみくじを取り、折り畳む。
何気なく引いたおみくじの内容がショックだったとはいえ、大事なことを見失いかけていた。自分が少し恥ずかしい。

「でも、影人さんのことは信じてますからね」
「当たり前でしょ、お前以外にそういう興味ないよ。……まぁ、俺はどっちかっていうとお前の方が心配だけどね」
「え、何でですか? ボク、他の人に目移りなんてしませんよ」

 影人さんの言葉に、首を傾げる。影人さんの目には、ボクがどういうふうに見えているんだろう。
少なくとも、影人さん以外に身も心も許すつもりはない。
影人さんもボクの人となりは知っているはずだから、ボクが軽い人間ではないことくらいは分かると思うのだけれど……。

「蛍は鈍感だからね」
「? ボク、影人さんのことは分かってるつもりですよ?」
「そうじゃなくて……まぁ、いいや」
「えぇ……?」

 結局、影人さんはボクの何が不安なんだろう。もっと聞きたかったけれど、影人さんはそれ以上聞かせてはくれなかった。
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