やみーず

黒野ユウマ

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シュヴァルツの話

悔恨の書

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『■■年 12月 25日
 鐘の音が聞こえる。神の子たる少年の生と死を祝福する忌まわしき鐘の音が。
 この音を聴くたびに、私は思い出す。鮮血に染まる聖誕祭、そして最悪の儀式の日。
 誰かがこれを見た頃、きっと私はこの世にいないだろう。

 これは私が見てきたものの記憶、そして懺悔の証。
 私の心は、時は、「あの日」からずっと止まったままだ。
 心ごと、体ごと、「あの日」に縫われている。動けない。
 最後に見た「彼」の姿が忘れられないのだ。

 「彼」は、誰もが見惚れる存在だった。
 純白の衣がよく似合う、金髪碧眼の美しい少年だった。
 凜とした雰囲気に、年不相応の振る舞い。両親の期待に全て応えた素晴らしき「息子」。
 両親はさぞかし誇りに思ったことだろう。完璧な存在となった彼に歪んだ愛を注いでいた。
 自らが率いる「教団」の跡継ぎとして、そして「いずれ神を宿す器」として。

 そして、愚かなほど彼らに従順な教団員は、本気で彼らの言葉を信じていた。
 誰もが信じてやまなかった。かの美しい少年を、「神の子」と。

 こうして書いている今も、私は彼の両親が恨めしいと思っている。
 何が神の子か。特別なことなど何も無いのだ。
 教団を率いる「ただの人間」から生まれた、「ただの人間」だ。彼は紛れもなく人間なのだ。
 祝福するならば、「ただの人間」として祝福するべきだった。
 家族の期待に応えつつも、本当は、自由に生きていたかったのだ。「彼」は。

 幼少の頃の私と同じように。
 好きに友人を作り、好きな遊びをし、好きな道を選び。
 結末がどうなろうと、彼は、自由を望んでいたのだ。

 されどそれは許されず、彼は最後まで教団が強いたレールを歩かされた。
 親の力は強大だ。子は逆らうことを許されない。
 一般家庭ならいざ知れず、「教団」となれば尚更難しいだろう。

 12月25日 「彼」の誕生日、そして神の聖誕祭。
 教団内で「主が降臨されし日」と囁かれた日が訪れた「あの日」。
 「神の子」たる少年の魂を往くべき場所へ還し、その器に神が降りられる。
 それっぽい言葉で飾ろうと、私には屁理屈を取り付けた人殺しのようにしか思えない。

 予告通り、その儀は執り行われた。
 父親の手で魂を抜かれるその時まで、「彼」は凜とした姿勢を見せていた。
 けれど私は知っていた。立ち振る舞いはしゃんとしても、彼はその嘘を貫けなかった。
 青き瞳は訴えていたのだ。僅かに、誰にも悟られない形で。

 「死にたくない」

 その結果なのだろうか。勝手な期待を押しつけた両親への報復なのか。
 次に私が見たのは、髪も瞳も真っ黒に染まった、少年の姿だった。
 一筋の光すら失った暗闇のような瞳。少年をよく知る私ですら、一瞬身震いを覚えたものだ。
 それから見たのは、逃げ惑う教団の者達と、顔と腹を裂かれた両親の姿。
 みるみるうちに、教会内は紅く、紅く染まっていた。
 今も耳に残っている。教団の者達の悲鳴、断末魔の叫び、そして「彼」の狂った笑い声。

 きっと、あれは「彼」の願いだったのだ。
 本当は、教団の者達を皆殺しにしたかったのだろう。
 本当は、自分の両親を惨たらしい姿にしたかったのだろう。
 本当は、教会をめちゃくちゃにしたかったのだろう。
 そう、信じてやまない。
 何の未練もないのなら、そのまま成仏すれば良い話なのだ。

 何人もの教団の者達を見殺しに、私は教会を離れ生き延びた。
 あの最悪の儀式の日から、■年が経った今。私にはもはや後悔しか残っていない。

 「彼」の両親でさえ知らない、「彼」の本心を、私は誰より知っていたはずだった。
 力ない子どもである自分の立場を、言い訳にするべきではなかった。
 十分な生活を約束できずとも、安息を約束できずとも、きっと、私は実行するべきだったのだ。
 当時、私が心を許していた家族と共に、彼の手を強引に惹いてでも、彼を教団から遠ざけるべきだった。

 ほんの一瞬だけだとしても、「彼」に「自由」を謳歌させるべきだった。

 この■年、私はずっとそれだけを考え生きてきた。
 添い遂げる者を選ぶこともなく。自らの幸せなど考えることもなく。
 忌まわしき鐘の音を聴きながら、幾度となく。

 私にもっと勇気があれば、どれだけ「彼」を救う可能性があっただろう。

 私の記憶と後悔の念を、読んだ者がもしいたならば。
 この記憶を、後悔の念を、僅かでもいい、語り継いでほしい。
 二度とあってはならない。誰かが勝手に紡いだ夢物語に、罪なき誰かが踊らされることは、もう。

 最後に、私は「彼」の顔を見て。私が生きた全てを終わらせよう。
 親愛なる、――――――― のもとへ。』



 ―― これは、生前のシュヴァルツを強く想った ある男の手記である。
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