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1巻
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泳ぎは得意だ。
もちろん走ることも、木登りも、崖下りも、同じくらい得手としている。
鬼人はとても頑丈で体力があり、体を動かすことが得意な種族。鬼人の特徴として、そう本に書かれていたことにも頷ける。
そのうえ、私はこれでも六角の鬼人だ。夜とはいえ、凪いでいるに等しい穏やかな海を泳ぐことなど、さして苦でもない。こんな風に夜の海を満喫できる機会なんて、滅多になかったから、むしろ楽しいとすら思う。
ざばりと波をかき分けるたび、飛沫が月に照らされるのも美しい。
もっとゆっくり見たいと思ってしまうくらい、幻想的な光景が広がっている。
……結構な勢いで泳ぐ私自身を含めると、かなりへんてこな光景ができ上がってしまうのだが。
「っはぁ……」
一旦手を止め、立ち泳ぎをしながら空を見上げる。
月の位置から考えて、崖を飛び降りてから二時間は経っただろうか。
道に迷ったら星の並びを見るといいと言われ、覚えておいたのが役に立った。
あまりにも方向感覚に優れない私を心配した父が、よく教えてくれたのだ。
「北の白く輝く星は動かず、赤い星が三つ並んだ先は東……」
薄赤い星が……縦に並んでいる先が東だろうか。少し光は弱いものの、より赤く見える星も近くに三つ並んでいるのだが。
「……うん、こちらだな」
直感に従って後者を選び、また泳ぎを再開する。
私が向かっているのは東。目下の目標はカルシェルという国のペルシュという街だ。そこが一番近い船着場のある街だと父から聞いている。手漕ぎの船で丸二日。速く進む船なら一日。泳ぎだと三時間かかるらしい。
父の言葉が正しれば、朝までには辿り着けるはず。まぁ、私と父では泳ぐ速度も違うだろうから、多少の誤差は仕方がない。
ざばり、ざばりと暗い海を進む。方向感覚が麻痺しそうになるたび、空を見上げて星を確認する。
冷たい水に晒され続けていたせいか、なんだか怒りがすっかり冷めてしまっているのを感じた。
「…………」
――本当に勢いで飛び出してしまったな。
今思うと、少し、ほんのすこーーしばかり、早まったかもしれない。
だけどあのまま里で一晩明かしていれば、私は妻問いを私情で拒否した女との謗りを受けていただろう。私がそう言われるだけならまだしも、両親まで責められるのは我慢ならない。
こうして少し距離を置いて見ても、やはりひどく生きにくい環境にいたと思う。里自体は好きだったが、周りの里人がほとんど敵のような状態だった。だからこそ、私はひとりでいることを好み、他者を気にしない性格になったのかもしれない。
「……むぅ?」
だいぶ沖に来たからか、海の生き物の気配も活発になっているのを感じる。大半が水面よりずっと奥深くで動いているから、気にせず泳いでいたのだが……どうも、何かが近づいてきているような。
一旦泳ぎを中断して、その気配が浮上してくるのを待つと――
「グギャァァアアアアアーー!!」
大きな飛沫を上げ、目の前に黒い何かが現れた。
「っ……」
激しく海面が揺れ、波が全身に叩きつけられる。
視界が利かない中、その『何か』が私に害意を向けていることはわかった。
「……何だ?」
生温かい呼気が、濡れた体にかかって気持ち悪い。
ぐいと顔を拭って見上げると、そこには……何とも奇妙な生き物がいた。
黒光りする甲羅、私が両腕を回しても到底届きそうにない太く長い首、灰色の煙を吐き出す嘴。
魔力を感じることからして、おそらく亀の魔物なのだろう。これ程に大きなものははじめて見た。
「魔物か……」
動物でも植物でも人でもない、生き物。
それらは人が世界に生まれ落ちた頃には既に世界に在った、謎の存在だ。
起源には諸説あるが、古代の動植物が濃密な魔力を浴びて変化したものではないかという説が有力視されている。
魔力は神々が世界を管理するために使う力のひとつと言われており、人や魔物はその恩恵に与って生きているのだという。
恩恵と一口に言っても、その使い方は両者で大きく異なる。
人は生まれ持った魔力を制御することで進化を遂げた。世界の元素を操る『魔法』という奇跡を編み出し、文明の発展と共に魔力を籠めた便利な道具――魔道具を作り出してきたのだ。
魔物は魔力ともっと密接に関わっている。魔力自体が彼らの糧、つまり生存のために必要なのだ。ゆえに彼らは魔力のある生き物を喰らう。魔物同士でも捕食関係は存在するが、人を襲う個体がほとんどだ。
だからこの魔物も……
「グギャァ……シャアァ……」
私を喰うつもり満々なのか、嘴から涎を垂らしている。垂れたそれが海面に落ちた途端、ジュワッと音と煙を立てているのは、警戒すべきなのだろうか。
いきなり襲いかかるでもなく、こちらの様子を窺っている素振りからすると、多少の知性は持ち合わせている中級程度の魔物かもしれない。
魔物は内包する魔力によって上級・中級・下級と分類されており、私も中級魔物までならひとりで狩ったことがあった。
しかし……どうにも舐められているように見えるのは、ここが奴の縄張り内だからだろうか。
「……まぁ、大丈夫か」
余程上手く力を隠しているのでもなければ、私でも狩れるはず。
そう判断して、私はぐっと右腕を上げ――海面へ振り下ろした。
ドォォオオオ、と轟音を立てて海が割れる。できた波の勢いに乗って、大きく飛び上がり――
「ふっ!」
長く伸びたその首に、体のしなりを利用して蹴りを叩きこむ。
想像よりも手応えが柔らかいと感じるのは、私の体の方が硬いからだろう。
びきびきと、筋が限界まで張りつめるような感触が足先から伝わってきた。その程度で済んだのか。わりと力を入れたのに、これで首がもげないのは珍しい。
やはりそれなりに強い魔物だったのだなと思いながら、大きく斜めに傾いだ亀の甲羅に降り立つ。無防備なその首を今度こそねじ切ってやろうと手をかけた途端。
「ピ、ピュー、ピュー……」
空気を漏らすような、哀れな鳴き声がした。
こちらに首を巡らせた亀が、私に何かを訴えているようだ。
「……何だ。何を言いたいのか、よくわからないが」
私を喰おうとしたのだから、私に狩られるのも当然だろう。まさか反撃されるとは思わなかった、とでもいうのだろうか。
ひとり遊びを極めた私を舐めないでほしい。特に魔物を素手で狩るのは大得意。解体から調理までお手の物なのだ。いざという時にと、父に教え込まれた体術を狩りの場以外で使うことになるとは思っていなかったが……外の世界ではこういう事態もあるのだなと今更実感する。
「とにかく、お前は私の敵なのだろう」
だったら、やることは変わらない。
鳴き続ける亀の首に、両腕をぐっと回し――
「ちょいと待ちなよ。あんた、貴重なその亀をどうしようってんだい」
力を籠めたと同時、そんな台詞が頭上から降ってきた。どこか甘やかなその声は、まるでいけないことをした子どもをたしなめるかのような響きを持っている。
腕は下ろさず、顔だけ上げる。そこには、空中に留まるひとりの女性がいた。
杖を横に倒し、そこに座った彼女がだんだんと海面へ近づいてくる。気配が全く読めなかったことに思わず身構えるが、彼女から敵意や害意は感じられなかった。
「言っておくけど、あたしは怪しいモンじゃないよ。これでも晶級冒険者でね。あたしの身元は冒険者ギルドが保証してくれるさ」
「しょうきゅう……?」
彼女はついに、私と同じように亀の甲羅へ降り立った。
年の頃は三十前後だろうか。男なら思わず震いつきたくなるような色香に溢れた美女だ。
その身を包む黒い衣装は豊満な胸を強調しつつも、長い裾が風を受けるたびにふわりと広がり、見る者に何とも優雅な印象を与える。
隻眼なのか、片目を装飾的な眼帯で覆っているが、その美しさは損なわれていない。月光の下、尚はっきりと浮かぶ純白の髪はきつく巻かれていて、その豪奢さが彼女に高貴な色を足していた。
その頭部に一対ある、山羊のような黒い巻角からして、魔人だろう。
世界には、世の果てにおわす神々――妖神・獣神・天神・魔神・鬼神・竜神の六神を祖先とした、妖人・獣人・天人・魔人・鬼人・竜人のおおむね六種族の人が暮らしている。
常識として知ってはいたが、常磐の島には鬼人しかいないので、異種族を見るのははじめてだ。角を持つ種族は赤い角を持つ鬼人と、黒い角を持つ魔人だけだから、間違いはないはずだが……
「まさか、晶級冒険者がどんなものかも知らないのかい。一体どこからこの海域に迷い込んで、亀の首なんかねじ切ろうとしてんだか……ふふふっ」
萌黄色の隻眼を真っ直ぐ私へ向けつつ、魔人の女性はなぜか笑い出してしまった。
冒険者という職業自体は私も知っている。世界各国で何でも屋のような役割を担う彼らのことも、彼らが所属する冒険者ギルドのことも。
冒険者ギルドは、元はある目的のために立ち上げられた集団だ。大陸の向こう、海の果てにあるとされる、神がおわす六つの神殿。その『神殿に辿り着く』という途方もない夢を抱いた者達の集まりが、冒険者ギルドのはじまりである。それが年月を経て色々な解釈がなされるようになり、夢の範囲が拡大され、今では『世界を巡り未知と出会う』という名目の何でも請け負う組合になっている……はずだ。
父も燈王も、どうしてか冒険者については、あまり詳しく教えてくれなかったのだ。
私が冒険者になると言い出したら困るとでも思ったのだろうか……確かにそういう職に就くのも楽しそうだとは考えていたが。
「ははっ……まぁ、冒険者の中じゃあ結構強いとでも思ってくれりゃあいいさ」
「そうか」
「そうかって……あはは、やめとくれよ。そんな平然と返されると笑っちまう」
既にわりと笑っている気がするが、今以上に笑いたくなるのだろうか。
指摘するのもなんだか違うかと思い、とりあえず頷いておくとやはり笑われた。
「ああ、おかしい。まさかこんなクソみたいにつまらない依頼で、最高におもしろいことに出会うなんてねぇ」
「御仁はこの亀に何か用があったのか?」
「ご、御仁なんて、時代錯誤な言葉使うね、あんた……あたしはこの岩海亀がねぐらに帰ってるか確認しにきただけだよ」
彼女が言うには……
この岩海亀という中級魔物は、夜間にねぐらへ近づく者は全て喰らおうとするが、日中はさほど害のない魔物らしい。それどころか、泳ぐことで微弱な魔力を発生させ、海中の生き物を活性化させる能力を持つ特異な生き物だそうだ。そうして生息地の近海を豊かにしてくれるため、保護とまではいかないが、冒険者達が定期的にこうやってねぐらにいるか見回っているのだという。
襲われても応戦するなとは言わないが、積極的に狩るべきでない魔物のようだ。
「そうだったのか……すまないことをした」
私がねぐらに近づいてしまったのが、いけなかったのだな。
首に巡らせていた腕を下ろすと、亀は感謝すると言わんばかりにひとつ鳴いた。
私ではなく、わざわざ魔人の女性に視線を合わせながらそうしたところを見るに、思ったよりも知能が高いらしい。
「つうか……あんた、こんな海の真っ只中で、一体何やってたんだい?」
「泳いでいた」
「……どこから?」
「私の里がある島から」
「里……鬼人の里なんか、この辺にはないはずだけどねぇ」
先程より強い視線を受け、私はここまでの経緯を簡単に説明することにした。
彼女からすれば、私はかなりの不審者だ。ギルドの依頼を受けてここに来たら、不審者が目的の亀を害そうとしているなんて……本来なら問答無用で捕えられてもおかしくない。
それなのに、彼女は私の言い分をきちんと聞いてくれようというのだ。この機を逃す手はない。
鬼人の成人の儀と妻問いの儀について、私の部屋に押し入った男の狼藉から家を出るまで、そして里を離れてここに至った流れを説明する。簡潔になるよう気をつけたが、誰かに対してこんなに長く話をする経験はあまりなかったので、少しわかりにくい点もあったかもしれない。
「――と、こんな感じで遠くから来たのだ。このあたりの勝手がわからず……改めて、申し訳ないことをした」
ぺこりと頭を下げる。謝罪の意味を籠めて、黙って甲羅を貸してくれている亀の首を撫でると、なぜか異様にびくっとされた。
その様子に逆に驚いていると、目の前の彼女の肩が震えていることに気づく。
何だろうか。あまりにも理不尽だと、私に共感して憤ってくれたのか?
「……ふっ、ふふ、あは……あはははは!!」
「え……」
「あり得ない! あり得ないだろあんた! 求婚相手蹴り倒してふん縛って家出てきた? 親公認で? あっはは! し、しかも海泳いできたとか! こんな場所泳ぐとか!」
そんなに、笑うか。
まるで、笑えない私の方こそ感覚がおかしいのではないかと思う程、彼女の爆笑は続いた。ついには腹を抱えてうずくまってしまった彼女は……そう言えばなんという名前なのだろうか。
現実逃避でもしないとやっていられないような妙な雰囲気になってしまった中、私はぼんやりとそう思った。
× × ×
「っはぁぁ……笑った笑った。こんなにおかしいのは久々だよ、ったく」
「そうか、それはよかった……のか?」
「ブッ! や、やめとくれ、これ以上笑わせんのは……!」
だから、私は特に笑わせようとはしていない。
もう、そこらで魚が跳ねるだけでも爆笑してしまうのではないか、という程笑っている彼女。
胸を押さえて息を整えながら、彼女はおもむろに杖で空中に何かを描き始める。そしてそのまま私に声をかけてきた。
「あまりにあり得なさすぎて、一周回って逆に納得しちまったわ。あんたを迷子だと仮定して、送ってってやるよ」
「いや、里には戻らないが」
「何言ってんだい。戻るなんてとんでもない!」
ほのかに輝く円の図形――魔法陣を描き終えた彼女が、大きく首を横に振る。
「せっかくこんなにおもしろ……いや、楽しい旅をはじめるって奴を、どうして帰らせようってんだい? あたしはあんたを応援するよ」
「ああ、ありがとう」
「あはは、全然ありがたがってない響きだねぇ……ほら、できたよ。乗りな」
「うん?」
乗るとは、何に。首を傾げると、彼女はついと杖を振って私の足下へ魔法陣を動かした。
魔法とは、人が生まれつき持っている魔力を世界に漂う魔力と呼応させることで起こす奇跡である。行使するにはいくつかの方法があり、中でも一般的なのが、声での詠唱や、図形を描く魔法陣だ。他には、歌や舞踊、祈りなんてものもあるらしい。
魔人は魔力の扱いに長けた種族らしいので、いとも簡単に魔法を操るが……鬼人は大して魔法を使えない種族だから、魔法陣を目にできただけでも感動物だ。それにこの陣は、本で見たどの形より美しい。
「すごいな……緻密で、絵のようで、輝いていて、とても綺麗だ」
「そんなに感動されると、なんだか照れるねぇ」
「これは何をするためのものなんだ?」
「だから、あんたを乗せて運ぶためのものだよ。いつまでも亀の甲羅の上にいてもしょうがないだろ?」
「もしかして、陸まで連れて行ってくれるのか」
「応援するっつっただろ。頑張れの一言で、海に放置してくと思ったかい?」
彼女はそう笑い飛ばし、そっと魔法陣に触れる私へ陣の説明をしてくれた。どうやらこれは飛行魔法の一種で、籠めた魔力に加え、空中の魔力を常時吸収して動く、少々珍しいものらしい。
おそらく、彼女は冒険者として『結構強い』のではなく『とても強い』部類なのだろう。魔法陣を空中に描けるのは、一流の魔法士だけだと本で読んだことがある。
そんな彼女に発見してもらった幸運に感謝して、私は輝く魔法陣に乗った。
同時に亀が『もう帰ってもよろしいでしょうか』とでも言わんばかりに彼女の方をそろそろと窺う。すると彼女は、どこからか取り出した水薬――あれは傷を癒す回復薬だろうか、それを亀にかけ、軽く首を撫でると、黒い翼をばさりと広げた。
そう言えば、巻角と同様に魔人の特徴である翼がないとは思っていたが、あれは出し入れ可能なものだったのか。彼女には杖の他にも、色々な飛行手段があるのだな。
彼女が羽ばたきはじめたのを見て、亀は私と彼女を交互に眺めてから、海の中へ帰っていった。
「あんたが首をねじ切る前でよかったよ、本当に」
「魔物は狩るものだと思っていたのだ、すまない」
「だからいいって……この近海も、年々岩海亀が減ってきてねぇ。数年前、国が把握してる個体の一匹がどっかに行っちまってから、見回りが頻繁になったんだ」
面倒な話だよ、とため息をつきながら、彼女が杖をくるくると回す。
「それなりに急げば、まぁ朝方には街につけるだろ。あんた……ああ、そうだ。まだ名前を聞いてなかったね?」
やっと名乗る機会を得られた。事情を説明するのに精一杯で、ずっと互いに名も知らないままだったのだ。
「迦乃栄、ただの迦乃栄だ」
鬼人に姓はないので、名前の先に里の名をつけるのが一般的だ。
だが私は里を出た身なので、それはふさわしくない。そう思って自分の名だけを告げると、数秒置いてから彼女が意味ありげに微笑んだ。
「ただのカノエか。いいねぇ、その名乗り。あたしもただのブランディーヌだ。巷ではブランって名で通ってる」
異種族だからか、呼ばれる私の名も何となく響きが変わって聞こえる。ただそれは、決して嫌なものではなく、むしろ新鮮さを感じた。
「ブラン殿、と呼べばいいか?」
「やめとくれよ! どこのお堅いおっさんなんだい、あんたは」
「口調は父譲りなんだ」
「そうかい……」
どことなく疲れた声音でそれだけ返してきたブランと共に、ゆっくりと空を飛ぶ。
だんだんと速度が出てきたが、思ったよりもずっと風が当たらない。これも魔法のおかげだろうか。
「ちょいとカノエ。あんた、体を乾かさないのかい? 鬼人でも無属性魔法くらい使えるだろ」
無属性魔法は、便利魔法とも呼ばれる生活用の術だ。ちょっとした飲み水を出したり、風を起こしたり、音を防いだり。魔力があれば誰でも使える、ささやかな魔法である。
世の魔法士達が使うような大がかりな魔法より、もっと身近なものと言えばいいか。
確かに鬼人でも、普通はそれくらいたしなんでいるが……
「私は、魔法の使い方があまり上手くないらしい」
「どれくらい?」
「服を乾かそうとすると、破れる」
「……は?」
「他には、湧き水の魔法を使うと飲み水が鉄砲水になる。更に言うなら防音魔法を使ったはずなのに、聞こえる音が逆に爆音になってしまう」
燈王いわく、私は『死ぬ程魔法が下手』なのだという。下手という言葉はあまり使いたくないのだが、髪を乾かそうと起こした風で、彼の見事な長髪をぐちゃぐちゃに乱してしまった直後に言われたので、認めるしかなかった。
「ブラン。世の中には、生活術すらままならぬ鬼人もいると覚えておいてほしい」
「…………ブッ!!」
だから、どうしてすぐ笑うんだ。
笑いながら翼を動かして、ついでのように私を乾かす魔法を使ってくれるのはすごいと思うが、あまり感動できない。
「だ、駄目だ……あんた天才だよ、ぷっ……ほんっと、おかしい!」
「わりと普通だと思うのだが」
「はー……も、もうやめとくれよ、普通の女は家出方法に遠泳なんて選ばないっての。つうか、六角もある上位の鬼人なんて、それこそ普通とは言えないし」
さらりと言われたが、やはり里の外では六角は珍しいようだ。しかし彼女はそれ以上追及してこない。
黒い翼を優雅にしまい、ブランは私が立つ魔法陣に腰掛ける。
ひとり乗りではないのか。この魔法陣は優秀だな……
「……カノエ、今後のことはまだ何も決まってないんだろ?」
「ああ、そうだな。とりあえず理想の結婚ができそうな夫を探すことしか考えていない」
「だったら、その旅にあたしが付き合うってのはどうだい?」
いきなりの提案に、目を瞬かせてしまう。
ブランが私の旅に付き合ってくれるなら、大変助かる。勢いで里を飛び出してしまってこれからどうしようと思う気持ちは、実のところ多分にあるのだ。
それに彼女と話していると、とても楽しい。私を見下すわけでもなく、蔑むわけでもない、そんな貴重な人とこうして話ができるのが、とにかく嬉しいのである。
出会ってすぐの他人を頼りにするのは、普通の感覚だったらおかしいのかもしれないが、私は長年対人関係に恵まれなかったという自覚があるので仕方がないと思う。それに今までの会話からして、ブランはかなりいい人だと思うし。
「い、いいのか?」
「応援するっつっただろ。世間知らずっぽいあんたを、ひとりで放り出すのも何だしね。あんたの婚活、手伝ってやるよ」
「コンカツ?」
「あんたがやろうとしてることだよ。陸についたら話してやるさ」
ブランの言う通り、私は世情に疎い。彼女がいてくれたら、私の『コンカツ』とやらもきっと上手くいくのではないか、そんな気がしてきた。
頼もしい味方を得て大きく頷いた私へ晴れやかな笑顔を向けて、ブランが口を開く。
「何よりね、あたしはおもしろいことと面倒ごとが大好きなのさ!」
……それは、私という存在がおもしろく面倒だと言っているようなものでは。
とは言えず、私は更に速度を増した魔法陣の上にただ立っていることしかできなかった。
幕間一 鬼神の御子、激昂する
――あいつも俺も、まだ幼かった頃の話だ。
『燈王、私はしあわせな結婚がしたい』
『しあわせって、漠然としてんなぁ。どんなのだ?』
『本でよんだんだ。村のむすめが王子さまに恋して、お姫さまになる話』
『あぁ?』
その言葉が迦乃栄らしくないと感じ、聞き返すつもりが、まるで威圧するような声が出た。
いつもそうだった。俺――燈王は元から口が悪いが、迦乃栄の前だとなぜかどうしても優しい言葉を使えない。
取り繕うことはしたくないが、それでももう少し優しく話しかけてやりたい。そう思っているのに、素っ気ない言い方しかできない自分がもどかしかった。
たった一言を訂正するのもおかしい気がして、俺はひとまず迦乃栄が何の話をしようとしているのか考える。体を動かす遊びも好きだが、本を読む方が好きなこいつの頭の中には、たくさんの物語が詰まっている。その中で今の話に当てはまるのは……
『……誘拐された女が、助け出してくれた貴族の養子になって、王子と結婚するやつか?』
『それだ。よく覚えているな、さすが燈王だ』
『まぁな……お前、ああいうのが好きなのかよ』
『ちがう。あのお姫さまの父と母みたいなのがいいんだ』
『あれ、普通の両親じゃねえか。どこにでもありそうな家庭だったろ』
『そう、ふつうの。村でむすめは楽しそうにしていて、親もいい人だった。きっとあのむすめの父と母はとても愛し合っている。私はそういう家族になれる人と、結婚して、のんびり暮らしたい』
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