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19 気がついたら酸欠で死にかけてた
しおりを挟む――俺のものになれよ、なんて、前世も含めて初めて言われた。
甘やかに笑う綺麗な男に、心臓が跳ねた。
平凡で地味で、さしたる特技もなくて。
この狂った世界で積極的に虐げられないだけ幸運なのは、重々承知している。
それでも、誰かに自分を、自分だけを選んでほしいという思いがあった。
そんなときに差し出された愛を、受け取らない、なんてできるだろうか?
美しい男の顔が近づいてくる。
どうしよう、なんて思っている間に、唇が重なった。
少しかさついてる、でも、熱い唇。
触れただけで灼熱を伝えてくるそれで、頭が沸騰しそう。
そんなことを思っていたら、ぬるっと舌が割り込んできた。
はじめて知る、他人の舌。
煙草の味だろうか、少し苦くてスパイシーな味がするそれは、不思議と不快ではなかった。
ゆっくりと、けれど我が物顔で入り込んだ厚い舌は、私のそれをつつき、吸う。
そして、上の歯列を舐め、下の歯列を舐め、頬の内側をつつき、私の舌の根元を探るように吸い上げ、――すべてを口の中、すべてを支配したいというように、喉奥まで侵入してくる。
「っん“――」
喉奥を舐めあげられ、生理的にえづきそうになる。その声すらとりこぼさぬよう、じゅっと吸われた。
「――っ」
息苦しい。口が熱い。頭がじんじんする。
今度は男の唾液が流し込まれる。思ったよりも大量なそれにむせそうになる。それでも許されず、まるで呑み込めと命令するように、顎をトントンと指で叩かれた。
口いっぱいに入り込んだ舌のせいで、うまく呑み込めない。
口の端から、男の唾液がこぼれ出ると、お仕置きみたいに舌を噛まれた。
「ん“ん”っ」
甘噛みと言うには痛いそれに、身体が跳ねる。
死んじゃう、このままだと死んじゃう。
必死で男の腕を叩くと、男は仕方がないな、という顔をして、少しだけ舌を引き抜いた。口の中がちょっとだけ楽になる。ぎりぎりまで口を開けさせられていたせいで、顎が痛いことに、今更気づいた。
少しだけ撤退した舌の代わりに、もう一度唾液が流し込まれてくる。
零したらまた噛まれるかも、という思いが、男の唾液を素直に受け入れさせた。
ごくんと飲んだ瞬間、自分の身体が、じゅんっと熱くなった。お腹も、手も、足も、全部全部熱い。
男は目を細め、満足げに嗤った後、ふたたびその舌で押し入り、私の舌と絡み、じゅうじゅう思う存分吸い上げたあと、ようやく出ていった。
「――はぁっ……」
舌も口内も頭も、全部痺れて、荒い息を吐くことしかできない。
いつの間にか仰向けに倒れこんでいた私の視界で、男がにぃっと笑った。
「――本当に平気なんだな。さすがに長時間顔を合わせて、がっつりキスされりゃ、さすがに吐くかと思ったけど」
悪魔のように悪辣な、けれどどこか幸せそうな笑み。
「――俺みたいなブサイクにキスされて、唾液飲まされて、トロトロになってるの、馬鹿みたいに可愛いな」
私は荒い息をつきながら、ただ彼に魅入られる。
「身体も小さいけど、口も小せえな。俺の舌で、いっぱいじゃん。全部が俺で埋まって、気持ちいい」
彼の手が、私の首に当てられる。大きな手は簡単に私の首をつかむことができるようだ。ゆっくりと彼の指に力が入る。
喉が絞めつけられて、少しずつ息苦しくなっていくけれど、抵抗できない。
「ファーストキス、だったんだっけ? この先、ずっと俺だけな。どんなイケメンがこようと、どんなブサイクが泣きついてこようと、俺以外にその顔をさらしたら――殺すぞ」
酸欠で痺れたようになる頭で、死ぬのは私なのか、相手なのか、それとも両方なのかな、なんてことをぼんやりと思った。
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