美醜逆転世界で婚約破棄された私、気がついたら反社に執着されてた

はりねずみ

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閑話 それは救いではなく運命1

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 物心ついたころから、桐生伊吹が生きるこの世界は地獄だった。

 視界に入るだけで、顔を歪められ、唾棄され、殴られる。
 一般的に「優しい人」と言われる者たちでさえ、伊吹の顔を見て嘔吐した。
「ハハオヤ」という人間は、生まれた伊吹の顔を見た瞬間、悲鳴を上げて気を失ったらしい。
 それほど伊吹のブサイクさは顕著だったのだと、幼い彼に向かって誰かが吐き捨てるように言った。

 ハハオヤにもチチオヤにも捨てられ、新生児にして預けられたその施設は、親や親せきに見捨てられたブサイクどもが集められていた。職員もブサイクばかりだったから、施設内は比較的平和だったが、一歩外を出るとそこは敵だけだった。

 そんなにもブサイクを嫌悪するならば、生まれた瞬間に殺してしまえばいいのに。
 人権だなんだと綺麗ごとを抜かして、法律上の権利だけ薄っぺらく与えて、実質ただのサンドバッグのように虐げられて。

 どんなに周りに虐げられても、伊吹がうつむくことはなかった。
 嫌悪を向けられれば暴力で返したし、殴られれば殺さんばかりに痛めつけた。

 ――いいだろう、美醜がこの世界のカースト制度を作るのならば、俺はそれを圧倒的な力でぶち壊してやる。

「力」はわかりやすかった。その美貌で高い地位にいる屑も、圧倒的な暴力の前には涎と涙まみれの小汚い顔で命乞いをし、その財、権力を差し出した。

 この狂った世界で、伊吹はのし上がっていった。

 立場が上になれば、それなりに体裁を取り繕う必要がある、といったのは施設時代からの部下だった。
 伊吹には及ばないものの、この世の中では圧倒的なブサイクに入るこの男は、幼いころから伊吹に心酔する一方で、決して唯々諾々と従うことはなかった。
 伊吹がやりすぎれば無駄だと思いつつもたしなめ、暴力ですべてを終わらせようとする伊吹に、策略を押し付けた。
 生意気な部下に腹を立て、殴りつけることも多かったが、伊吹を現在の立場に押し上げた一端は、この男の力だった。

 どんなに圧倒的な暴力を持っていたとしても、「成功者」というステータスを誇示するためには、一般的な成功を見せる必要があると。
 妻が必要だといったのも、その男だった。

 自分のような、視線を向けることもできないブサイクの妻になるものなどいるはずがない。まっすぐに通った鼻筋に、彫りの深い顔立ち。長い睫毛に、目立つ目。唇は薄く、肌は凹凸ひとつない。鏡を見て、自分ですらも嘔吐感がこみ上げるほどなのだ。

 そう思いながらも、好きにしろ、と部下に伝えたのは、別に妻というものがいたって、なんの障害にもならないと知っていたからだ。
 好きな女がいるわけでもないし、女遊びがしたいわけでもない。そもそも自分を見て嫌悪と侮蔑しか見せない相手と遊びたいはずもない。

 女というものを知るために、薬を売って目隠しをしたものを何度か犯したが、腐った肉に自分のものを突っ込んでいるようで、うんざりした。

 案の定、部下が連れてきた「妻候補」は使えないものばかりだった。金に困った財閥の娘やら政治家やらの娘は、なにかしらの決意をにじませて伊吹に「自分は妻としてふさわしい」と主張し、そのまま伊吹がその顔を見ていると、脂汗を流し、そして嘔吐するか気を失った。決意がない者は、伊吹の顔を見た瞬間、狂ったように叫んで逃げ出した。

 伊吹が嘲笑を浮かべる一方で、部下は女たちを殴り、放り捨てた。

「いい加減、諦めろ。嫁なんていなくたって、俺は成功する」
「それはわかっています。わかっていますが、あんたに嫁がいるだけで、簡単に成立する取引もあるんですよ。効率がいいじゃないですか」
「効率がいい? 次々と女を連れてきて、失敗して、殴り捨てることが?」

 鼻で嗤うと、部下の男は肩をすくめた。

「思ったよりも、根性がないやつらばっかで」

 伊吹の顔を見るのに根性が必要だと公言する部下は、蹴り飛ばすだけで許してやった。

「まぁ、どっかにいるでしょ。あんたの顔を見ても大丈夫な女の一人や二人」
「はっ、いるかよ。――そんな女連れてきたら、お前が欲しがってたあのシマ、すぐにとってきてやるよ」

 いた。
 すぐさまシマを取りに行った。
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