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3 未来の旦那様は魔法オタクです
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ミア視点に戻ります。
***
ウィリアム様が謎の変化を遂げた日から、彼が私の家、エヴァンズ子爵家を訪れる頻度も増していた。
以前はひと月に一回会えば良い方だったのに、今は月に二度か三度、エヴァンズの屋敷を訪ねてくる。
急にちやほやされるようになって、最初は訳がわからずドン引きしていた私だが、キラキラモードのウィリアム様に何度も会っているうちに、徐々にそちらが彼の素なのではないかと思い始めていた。
……ならば、これまでのあの冷たい態度は一体何だったんだろうか。
いくら親の決めた婚約者で私に興味がないとはいえ、話しかけても反応は薄く、目も合わせてくれない。
なのに他の令嬢と普通に会話しているのを見て、何度悲しく寂しい思いをしたことだろう。思い返すと怒りが――
「ミア、今日の君も綺麗だね。庭園を彩る満開の花たちも、君の美しさに嫉妬してしまうだろう」
「まあ、お上手ですこと」
ペラペラのお世辞に、芽を出しそうになっていた怒りもすうっと霧散してしまった。
私は冷たく返答をして、ツンとそっぽを向く。
その拍子に、サイドにつけた髪飾りがシャランと音を立て、ウィリアム様の目の前でゆらゆらと揺れる。
「ミア、今日は私の贈った髪飾りをつけてくれたんだね。ああ、本当に綺麗だ。よく似合っているよ、嬉しくて舞い上がってしまいそうだ」
「……いただいたからには使わないと、もったいないですから」
髪飾り、気が付きましたのね――その言葉は飲み込んで、淡々と返答する。
ウィリアム様のことはしれっと流しているように見えるかもしれないが、実際は気恥ずかしさと淡い喜びで、自分自身、戸惑っている。
誰だって毎回手を変え品を変え綺麗だの美しいだの言われ続けたら、お世辞とわかっていても嬉しくなってしまうし、期待してしまうものだろう。
ウィリアム様は、あさっての方を向いている私の手を取り、両手で包み込んだ。
魔法騎士を目指して鍛錬を続けている彼の手は、私の手などすっぽり包めるぐらい大きい。ところどころマメができて硬くなっていたが、いつも暖かく優しい手だ。
私が顔を正面に戻すと、ウィリアム様は新緑色の瞳を眩しそうに細めて、口元に緩い弧を描いていた。
こんなに優しい笑い方ができるなんて、今まで私は知らなかった。
ウィリアム様はいつもこうして手を繋いだまま話をするから、正直私は気になってしまって話が半分も入ってこない。だが、拒否する必要もないので、そのまま放置である。
手に意識を集中すると話が聞こえないし、話に意識を集中しようとすると、すっかり声変わりして低くなったウィリアム様の美声が気になって、結局集中できないのだ。
「そうそう。先日、古書店で手に入れた文献を読んでいたら、私の知らない魔法体系を見つけてね――」
ウィリアム様は、『魔法』について調べたり、自分なりにアレンジしたりするのが趣味だ。
正直、前線に立って魔獣と戦う魔法騎士団よりも、研究職である魔法師団の方が向いているのではないかとも思う。
しかし彼は、どうしても父親であるオースティン伯爵と同じ魔法騎士を目指したいのだという。
魔法騎士団長であるオースティン伯爵直々に剣と魔法を教わっているウィリアム様は、同世代の騎士の中でも頭ひとつ抜けた実力を持っているらしい。
「鋼鉄の剣に魔法を流した時と、銀の剣に魔法を流した時の伝導率の差はこの式から計算出来るのだけどね、柄の部分の造りによって抵抗値が変わるし、魔法の属性によってもここの数値は変わってくるから――」
話が半分しか理解できないのは、ウィリアム様の手がつねに私の手に重なっているからだけではないのかもしれない。
私は多分しらけた顔をしていると思うのだが、こうなってしまったウィリアム様は、きっとしばらく気が付かないだろう。
「――あとは、聖女の使う聖魔法。あれはかなり特殊なんだ。聖女の血筋の女性には、『呪い』を見つける力があるらしくてね。聖女は呪いに聖なる魔力を流すことで、魔族の呪いを解呪することが出来るんだ。他にも傷を癒したり、毒を中和したり――教会に聖女たちがいなかったら、魔獣によって命を落とす人もたくさんいただろうな」
「ウィリアム様、魔族の呪いとおっしゃいましたが、魔族はもう滅びたのですよね。今もまだ呪いは存在するのですか?」
私はウィリアム様の話が途切れたのを見計らって、質問をした。
話の途中で気になったことを問いかけると、ウィリアム様はいつも丁寧に解説してくれる。ウィリアム様の話は難しいが、楽しそうに話すのを聞いているうちに、私も徐々に魔法に興味が湧き始めたのだった。
「残念なことに、呪いはいまだに存在するんだ。しかも厄介なことに、どこでどうやって呪いが発生するのか、現状では全くわかっていない。魔族を目撃したという情報も一切出てこないようだ。それに市井で時折報告される呪いは、伝承にあるような強力な呪いではなく、呪力の残りかすみたいな程度らしい」
「そうなのですか……」
「……俺は呪いを絶対に許さない。これから三年のうちに、何としても原因を究明する。そして、ミアを護れるぐらい強い魔法騎士になってみせる――いや、ならなきゃいけないんだ、絶対に」
そう告げたウィリアム様の目はどこまでも真剣で力強い。
何が彼をここまで熱くさせているのか見当もつかないが、勝手にクールなタイプだと思っていた彼を、私は密かに見直したのだった。
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ウィリアム様が謎の変化を遂げた日から、彼が私の家、エヴァンズ子爵家を訪れる頻度も増していた。
以前はひと月に一回会えば良い方だったのに、今は月に二度か三度、エヴァンズの屋敷を訪ねてくる。
急にちやほやされるようになって、最初は訳がわからずドン引きしていた私だが、キラキラモードのウィリアム様に何度も会っているうちに、徐々にそちらが彼の素なのではないかと思い始めていた。
……ならば、これまでのあの冷たい態度は一体何だったんだろうか。
いくら親の決めた婚約者で私に興味がないとはいえ、話しかけても反応は薄く、目も合わせてくれない。
なのに他の令嬢と普通に会話しているのを見て、何度悲しく寂しい思いをしたことだろう。思い返すと怒りが――
「ミア、今日の君も綺麗だね。庭園を彩る満開の花たちも、君の美しさに嫉妬してしまうだろう」
「まあ、お上手ですこと」
ペラペラのお世辞に、芽を出しそうになっていた怒りもすうっと霧散してしまった。
私は冷たく返答をして、ツンとそっぽを向く。
その拍子に、サイドにつけた髪飾りがシャランと音を立て、ウィリアム様の目の前でゆらゆらと揺れる。
「ミア、今日は私の贈った髪飾りをつけてくれたんだね。ああ、本当に綺麗だ。よく似合っているよ、嬉しくて舞い上がってしまいそうだ」
「……いただいたからには使わないと、もったいないですから」
髪飾り、気が付きましたのね――その言葉は飲み込んで、淡々と返答する。
ウィリアム様のことはしれっと流しているように見えるかもしれないが、実際は気恥ずかしさと淡い喜びで、自分自身、戸惑っている。
誰だって毎回手を変え品を変え綺麗だの美しいだの言われ続けたら、お世辞とわかっていても嬉しくなってしまうし、期待してしまうものだろう。
ウィリアム様は、あさっての方を向いている私の手を取り、両手で包み込んだ。
魔法騎士を目指して鍛錬を続けている彼の手は、私の手などすっぽり包めるぐらい大きい。ところどころマメができて硬くなっていたが、いつも暖かく優しい手だ。
私が顔を正面に戻すと、ウィリアム様は新緑色の瞳を眩しそうに細めて、口元に緩い弧を描いていた。
こんなに優しい笑い方ができるなんて、今まで私は知らなかった。
ウィリアム様はいつもこうして手を繋いだまま話をするから、正直私は気になってしまって話が半分も入ってこない。だが、拒否する必要もないので、そのまま放置である。
手に意識を集中すると話が聞こえないし、話に意識を集中しようとすると、すっかり声変わりして低くなったウィリアム様の美声が気になって、結局集中できないのだ。
「そうそう。先日、古書店で手に入れた文献を読んでいたら、私の知らない魔法体系を見つけてね――」
ウィリアム様は、『魔法』について調べたり、自分なりにアレンジしたりするのが趣味だ。
正直、前線に立って魔獣と戦う魔法騎士団よりも、研究職である魔法師団の方が向いているのではないかとも思う。
しかし彼は、どうしても父親であるオースティン伯爵と同じ魔法騎士を目指したいのだという。
魔法騎士団長であるオースティン伯爵直々に剣と魔法を教わっているウィリアム様は、同世代の騎士の中でも頭ひとつ抜けた実力を持っているらしい。
「鋼鉄の剣に魔法を流した時と、銀の剣に魔法を流した時の伝導率の差はこの式から計算出来るのだけどね、柄の部分の造りによって抵抗値が変わるし、魔法の属性によってもここの数値は変わってくるから――」
話が半分しか理解できないのは、ウィリアム様の手がつねに私の手に重なっているからだけではないのかもしれない。
私は多分しらけた顔をしていると思うのだが、こうなってしまったウィリアム様は、きっとしばらく気が付かないだろう。
「――あとは、聖女の使う聖魔法。あれはかなり特殊なんだ。聖女の血筋の女性には、『呪い』を見つける力があるらしくてね。聖女は呪いに聖なる魔力を流すことで、魔族の呪いを解呪することが出来るんだ。他にも傷を癒したり、毒を中和したり――教会に聖女たちがいなかったら、魔獣によって命を落とす人もたくさんいただろうな」
「ウィリアム様、魔族の呪いとおっしゃいましたが、魔族はもう滅びたのですよね。今もまだ呪いは存在するのですか?」
私はウィリアム様の話が途切れたのを見計らって、質問をした。
話の途中で気になったことを問いかけると、ウィリアム様はいつも丁寧に解説してくれる。ウィリアム様の話は難しいが、楽しそうに話すのを聞いているうちに、私も徐々に魔法に興味が湧き始めたのだった。
「残念なことに、呪いはいまだに存在するんだ。しかも厄介なことに、どこでどうやって呪いが発生するのか、現状では全くわかっていない。魔族を目撃したという情報も一切出てこないようだ。それに市井で時折報告される呪いは、伝承にあるような強力な呪いではなく、呪力の残りかすみたいな程度らしい」
「そうなのですか……」
「……俺は呪いを絶対に許さない。これから三年のうちに、何としても原因を究明する。そして、ミアを護れるぐらい強い魔法騎士になってみせる――いや、ならなきゃいけないんだ、絶対に」
そう告げたウィリアム様の目はどこまでも真剣で力強い。
何が彼をここまで熱くさせているのか見当もつかないが、勝手にクールなタイプだと思っていた彼を、私は密かに見直したのだった。
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