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3 男爵令嬢プリシラ・スワロー

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 プリシラ視点です。

――*――

 私はプリシラ。
 元々は日本人だったのだが、どうやらこの世界のヒロインに転生したようだ。

 私の記憶が戻ったのは、王立貴族学園に入学する前日である。
 田舎の男爵令嬢プリシラは、学園でとある男性と恋をして、未来の王妃になるのだ。


 眉目秀麗なる王太子、ラインハルト・ヴァン・レインフォード。

 私は、転生前からラインハルト推しだった。
 小説には騎士のアレクを始め、教師や幼馴染など数多のイケメンが登場するので、ファンの間では推しが分かれている。
 だが、私はメインヒーローで優しく万能、未来の国王という最高の地位を持つラインハルトが一番好きで、現実世界の男性が全員霞むほどだった。
 生まれ変わったらヒロインのプリシラになりたいと思うほど、ラインハルトが好きだったのだ。

 その思いが通じたのか、私はあれ程望んだプリシラに転生したのである。
 記憶が蘇った瞬間は、夜中にも関わらず大喜びで思わず叫んでしまい、ちょっとした騒ぎになったが、そんな事は些事である。


 ********


 予定が狂ったのは、学園の入学式で入場した時である。

 私の視線は、憧れのラインハルトにすぐに吸い込まれていった。
 小説の挿絵そのものの、眩いほどに尊く美しい彼がそこにいた。
 いつまでも見ていられる……そう思って、陶然とラインハルトを見ながらゆっくりと歩を進めていると、隣にいる金髪碧眼の、これまた美しい女性が目に入った。

 私の敵――悪役令嬢、エミリア・ブラウンである。
 私の大好きなラインハルトはエミリアと婚約していて、私は嫉妬に駆られたエミリアに嫌がらせを受けることになるのだ。

 エミリアは、私をじっと見ていたようだった。
 その時点で私は違和感を覚えたのだが、なんとエミリアは私と目が合った瞬間に涙を流したのだ。

 その時、私は確信した。
 エミリアも転生者だと。


 エミリアはラインハルトに一言二言話しかけられたものの、ハンカチを顔に当ててそのまま外に出て行った。
 ラインハルトはエミリアを追う気配はなかったので、私は満足した。
 小説では、この時点で既にラインハルトはエミリアに愛情を抱いていなくて、体調が悪いエミリアを気遣う事もなく、エミリアは見送られる事もないまま一人で早退したのだった。


 次のイベントは、ラインハルトのスピーチの後、お手洗いから会場に戻る時に発生するから、まだ時間があるはずだ。
 私はエミリアの事が気になったので、新入生の入場する列が途切れる前に人に紛れて会場の外に出て、エミリアを探す事にした。


 エミリアは、泣いて腫れてしまった目を気にして教室に戻れず、ため息をついているようだった。

 ……少し、カマをかけてみよう。
 そう思って、私はエミリアに話しかけることにした。

「エミリア・ブラウン様ですか?」

 私が声をかけると、エミリアはびくりと肩を揺らして、そーっと振り返る。
 泣き腫らした顔は、とてもじゃないが『王国の花』とは程遠い。
 それでも、彼女は気丈に振る舞おうとしているようだ。

「……ええ、そうです。私に何か御用でしょうか?」

「あれぇ、泣いてらしたんですかぁ? 目が腫れてますよぉ」

「……少々、体調が悪かったものですから。御用がないのでしたら、お引き取り下さい。私はもう少しこちらで休んでから戻りますので」

 いいや、エミリアは早退するのだ。
 誰にも見送られずに。
 私は、ここでカマをかけてみる事にした。

「あ、そうだったんですかぁ。ごめんなさい。ところで、エミリア様、私のことご存知ですよね?」

「……いえ、初対面だと思いますが。何故そう思われたのですか?」

「エミリア様、入学式で私をじっと見てましたよね? それに私と目が合ったら急に涙を流されたので、びっくりしちゃいましたぁ」

「そうだったかしら? 確かに入学式の途中で目にゴミが入って涙が出てしまいましたけれど、その時に誰かと目が合った記憶はありませんわ」

 目が一瞬泳いでいたのを、私は見逃さなかった。
 彼女はほぼ確実に転生者だ。
 私は、それでもシラを切り通そうとしているエミリアに、無性に苛々した。

「ふぅん、誤魔化すんだ。まぁいいけど。……エミリア様、ご存知だとは思いますが、私はプリシラ・スワローと申します。あなたの愛しの王子様は私がいただいちゃいますから、覚悟しておいて下さいねぇ」

「……!! どういう、事かしら?」

 エミリアは大きな反応を見せた。
 眉間に皺を寄せ、怒りと驚きに顔を歪めている。
 私は徐々に楽しくなってきて、大きく出てみた。

「やあねぇ、言葉通りよぉ。私はヒロイン、あなたは悪役令嬢。あなたも転生者なら、わかってるでしょう? 諦めて大人しくしててくれたら、修道院は回避させてあげてもいいわよぉ」

「……意味が、わからないわ」

「ふふふん、どうあってもシラを切るつもりねぇ。なら、物語通りに退場してもらいますからぁ。では、ご機嫌よう、エミリア様」

 エミリアの歪んだ表情を尻目に、私は校舎へと引き返した。

 この後は、ラインハルトとの出会いイベントが待っている。
 悪役令嬢と遊んでいて大切な出会いを逃してしまっては、元も子もない。

 私は少し早歩きで、入学式の会場近くのお手洗いに向かったのだった。


 ********


 ラインハルトとの出会いイベントは、予定通り上手くいった。
 いつもラインハルトと一緒にいる騎士アレクも何故かこの時は居らず、小説の通り、ラインハルトは一人で歩いていた。
 私がわざとらしく迷子のフリをすると、ラインハルトの方から話しかけてくれた――これも予定通りである。
 ひとまず私の事をラインハルトに印象付けることは成功だ。


 その後入学式に戻った私は、一年生の教室へ案内され、無事学園での初日を終えたのであった。
 帰り際、近くを通った三年生の会話に聞き耳を立てていると、エミリアも予定通り一人きりで早退したようだった。
 今のところ、私の知る物語の通りに進んでいる。

「……悪役令嬢の件は杞憂だったかしら……いえ、でもまだ油断は出来ないわ。でないとあの涙もあの反応も説明がつかないもの」

 私が下を向いて考え事をしながら歩いていると、額のあたりがごつんと何かにぶつかった。

「いだっ」

「……ああ、申し訳ありません、急いでいたもので。お怪我はありませんか?」

 上から降ってきた声に顔を上げると、背が高くしなやかな体躯の男性がそこにいた。
 赤みがかった茶髪は短く揃えられていて、キリッとした男らしい顔をしている。
 涼やかな目元に反して、瞳の色は情熱的な紅色だ。
 右手に鞄、左手には数冊の本を抱えているその男性は、ラインハルトの御付きの騎士、アレク・ハーバートである。

「えっと、大丈夫ですぅ。ごめんなさい、私も余所見をしてて」

「それなら良かったです。……では、失礼」

 本当に急いでいたのだろう、そう言ってアレクは足早に去っていく。
 ラインハルトが側にいなかった所をみると、ラインハルトから何か言いつかっていたのかもしれない。

「あ、これ……」

 足元に、アレクが本に挟んでいた物と思われる、押し花のしおりが落ちている。
 ……思い出した。
 そういえばアレクはプリシラにぶつかって落とし物をして、それをプリシラが返しに行くことで、アレクと一緒にいたラインハルトと話す機会が出来るんだった。

 この押し花のしおりはアレクが昔エミリアに貰った物で、アレクがとても大切にしている品なのである。
 小説では、実はアレクはエミリアに密かに想いを寄せていて、ラインハルトとエミリアの婚約を破るためにプリシラに協力してくれるのだ。

 プリシラとラインハルトが結ばれると、アレクは修道院行きになったエミリアを現地まで護衛し、そのまま王城には戻って来なくなる。
 ただし、主人公が絡まない部分なので、二人がその後どうなったのかまでは記されていなかったが。

「よし、これで堂々と三年生の教室に行けるわね。あ、でもその前に校門前でイベか。よしよし、予定通り~っと」

 そうして私は、ご機嫌で帰路についたのだった。
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