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14 エミリアの災難
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エミリア視点です。
――*――
「さあ、エミリア様。プリシラ嬢に気付かれないうちにこっそり離脱しますよ」
「あ、そうよね。今までずっと殿下と一緒だったからつい一緒に並んでしまったわ」
「エミリア……行っちゃうのかい……?」
殿下は、捨てられた仔犬のような目で寂しそうにこちらを見ている。
私とて寂しくて眉が下がってしまうが、仕方ない。
「仕方ありませんわ、殿下。……気をつけて下さいね」
「……うぅ……分かった。エミリアも、変な男に絡まれないようにな。アレク、一緒にいてやってくれ」
「承知しました。殿下には別の騎士を付けますから、殿下も充分気をつけて下さいよ」
そう言ってアレクが何処かに向けて合図をすると、立派なお髭があるガタイのいい男性がやってきて、綺麗な敬礼をした。
およそパティスリーには似合わないその男性の登場に周囲も殿下もギョッとしていたが、私とアレクはその隙に近くの公園へ移動したのであった。
「ふぅ、結構歩いたから疲れたわ。少しベンチで休んでいてもいいかしら?」
「ええ、そうしましょう。俺、飲み物買ってきますよ」
「ありがとう」
風が本当に気持ちいい。
殿下と王都に繰り出すなんて、すごく久しぶりで楽しかった。
学園に入ってからは休日には王太子妃教育があったし、殿下も公務が徐々に増えてきて忙しくしていたから、二年以上ぶりかもしれない。
爽やかな秋晴れで気温も丁度いいからだろう、公園では多くの家族連れやカップルが穏やかな時間を過ごしていた。
「やあお姉さん。一人?」
「俺たちと遊ばない?」
私がぼんやりしていると、突然二人組の男性が話しかけてきた。
ガラの悪そうな、若い男達である。
「……いえ、連れがいるの。帰って頂戴」
私は出来るだけ冷たい表情と声で、返事をした。
こういう連中は少しでも優しい態度を取ると付け上がるから、冷たくあしらえと教わっている。
だが、彼らは退く気配を見せなかった。
「ひゅー、お高くとまって。そういうのそそられるなぁ」
「こういう女って虐めたくなるよなあ、兄弟」
「な、なにを……?」
私はベンチに座っていて、男達は目の前に立ち塞がっているので、逃げる事が出来ない。
アレクも今は飲み物を買いに行っている。
私の目に徐々に涙が溜まってきた。
恐怖で大きな声も出せない。
「いいねえ、その表情」
「さあ、ついて来いよ」
男の一人が私に手を伸ばす。
私は、ギュッと目を閉じた。
目から涙が溢れ出し、私は心の中でひたすら助けを求めた。
(殿下……! 助けて……っ!)
「その子から離れろっっ!!」
その途端、男達の身体が大きく吹っ飛んだ。
そこに立っていたのは――
********
「本当に助かりました。ありがとうございました」
「俺からもお礼を言わせて下さい。エミリア様に何かあったら殿下に絞られるところでした」
「いやいや、いいって。当然の事だよ。しかし驚いたなあ、助けた女の子が教え子だとは思わなかったよ」
「あの時先生が通りがかって下さらなかったらと思うと、ゾッとしますわ。先生、何かお礼をさせて下さい」
私を助けてくれたのは、学園で物理学の教師をしている、マクレディ先生だった。
腰近くまで伸ばした飴色の長髪を一つに括って、丸い眼鏡をかけている。
顎には無精髭が生えているが、元々の顔の作りがいいので、不潔な感じはしない。
「お礼なんて、ブラウン嬢は律儀だねえ。あ、そうだ、それじゃあ折角だから一つ頼みたい事があるんだけど、いい?」
「ええ、何なりと」
「今晩、流星群が観測される予定なんだよ。僕は物理学の教師だけど専門は天文学でね。学園の屋上と校庭に人を配置して、それぞれの場所での見え方の記録を取りたいんだよね。でも、一緒に記録をしてくれる筈だった化学の教師が急に熱を出してしまって、人手が足りなくて困ってたんだ。もし予定がなかったら、小一時間でいいから手伝ってもらえると嬉しいんだけど」
「天体観測ですか……楽しそう……!」
私が目を輝かせてそう言うと、マクレディ先生は眼鏡の奥の茶色い目を嬉しそうに細めた。
「じゃあ、夜七時頃から準備を始めるんだけど、大丈夫そう?」
「七時……」
殿下がディナーを予約していたのがその頃だった気がする。
私はアレクに小声で相談した。
「……アレク、殿下は分かって下さるわよね? 先生も困っておいでだし……」
「……ええ、どっちみち学園には行くことになりそうでしたし、いいんじゃないですか? ディナーはまた今度付き合ってあげて下さいね」
「そうだったわね……わかった。殿下には私から謝っておくわ」
私は先生の方に向き直ると、先生は小首を傾げて困っている様子だった。
「あれ、もしかして予定があった?」
「いえ、大丈夫です。理科準備室に伺えばいいですか?」
「うん、よろしくね。興味のある子がいたら連れてきてくれてもいいから。いやー、本当に助かったよ」
「こちらこそ、本当にありがとうございました。先生があんなにお強いとは存じませんでしたわ」
「ああ、あれはね、てこの原理と遠心力を上手く利用して持っていた荷物を……角度はあれが最適で……スピードを上げるとその分威力が……でも武器の耐久度が低いと……ぶつぶつ」
私は目を瞑っていて見えていなかったが、先生はどうやら物理学の知識を総動員して暴漢を撃退してくれたようだ。
「でも実際、ハーバート君が来てくれなかったら手詰まりだったよ。奴らが大きい声でがなり立てていたから、運が良ければ誰かしら手を貸してくれたかもしれないけど、皆怖がってたしね」
先生が暴漢を吹っ飛ばした後、彼らはすぐに立ち上がり、逆上している様子だった。
だが、そこにアレクが走って戻ってきてくれたのだ。
騎士であるアレクは、まさに桁違いの強さだった。
流石は12歳という若さで王太子の近衛騎士に抜擢されただけの事はある。
暴漢達は今度こそ尻尾を巻いて逃げたのだった。
「いえ、先生が時間を稼いで下さったからこそです。エミリア様、離れてしまって申し訳ありませんでした」
「いいのよ。アレク、本当にありがとう。先生もありがとうございました」
「いいっていいって。教え子が無事ならそれで良しだ。じゃあまた後で、よろしくね」
「はい、また後ほど」
********
そうしてマクレディ先生は去っていき、私達はパティスリー『さん爺のおやつ』の近くまで戻ったのだった。
そこには、騎士のおじさまと並んで座り、不機嫌さを隠せない様子で緑茶を啜っている殿下がいた。
どうやら、待たせてしまったようである。
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません……!」
私が声をかけると、殿下は一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに顔を曇らせてしまう。
「エミリア、どうした? 何かあったのかい? 顔色が悪いようだし、涙の跡が……」
「殿下、申し訳ございません! 俺の責任です!」
アレクは、がばっと音がするような勢いで直角に腰を折った。
殿下は一転して鋭い表情に変わる。
「待って、アレクは私をちゃんと守ってくれたじゃない。私がぼんやりしていたせいだわ」
「……何があった」
「実は……」
********
「そうか……マクレディ先生には礼をしないとな。私もその天体観測の手伝いに行くよ。どうやらエミリアの予想通り、夜の学園に行くことになりそうだな」
「楽しみにしていたレストランに行けなくなってしまい、申し訳ございません。あの、もしよろしければ……ぜひ、また今度ご一緒させていただけると、嬉しいです」
「ああ、勿論だよ。時間さえ許せば、毎日でも食事に誘いたいぐらいだ」
私が謝罪すると、殿下は一見いつも通りの笑顔でそう言ってくれた。
しかし、やはり何となくいつもと違う黒いオーラが出ているような気がする……。
「あの……殿下、何かありました?」
「私は一つ二つ、アレクに言いたいことがある。エミリアは悪くないから、何も気にしなくていい。とにかく、無事で本当に良かったよ」
やっぱり笑顔の後ろで黒いオーラが渦巻いている。
私がアレクの方を見ると、冷や汗をだらだら流して直立不動になっていた。
……アレク、ごめんなさい、と私は心の中で謝罪したのだった。
――*――
「さあ、エミリア様。プリシラ嬢に気付かれないうちにこっそり離脱しますよ」
「あ、そうよね。今までずっと殿下と一緒だったからつい一緒に並んでしまったわ」
「エミリア……行っちゃうのかい……?」
殿下は、捨てられた仔犬のような目で寂しそうにこちらを見ている。
私とて寂しくて眉が下がってしまうが、仕方ない。
「仕方ありませんわ、殿下。……気をつけて下さいね」
「……うぅ……分かった。エミリアも、変な男に絡まれないようにな。アレク、一緒にいてやってくれ」
「承知しました。殿下には別の騎士を付けますから、殿下も充分気をつけて下さいよ」
そう言ってアレクが何処かに向けて合図をすると、立派なお髭があるガタイのいい男性がやってきて、綺麗な敬礼をした。
およそパティスリーには似合わないその男性の登場に周囲も殿下もギョッとしていたが、私とアレクはその隙に近くの公園へ移動したのであった。
「ふぅ、結構歩いたから疲れたわ。少しベンチで休んでいてもいいかしら?」
「ええ、そうしましょう。俺、飲み物買ってきますよ」
「ありがとう」
風が本当に気持ちいい。
殿下と王都に繰り出すなんて、すごく久しぶりで楽しかった。
学園に入ってからは休日には王太子妃教育があったし、殿下も公務が徐々に増えてきて忙しくしていたから、二年以上ぶりかもしれない。
爽やかな秋晴れで気温も丁度いいからだろう、公園では多くの家族連れやカップルが穏やかな時間を過ごしていた。
「やあお姉さん。一人?」
「俺たちと遊ばない?」
私がぼんやりしていると、突然二人組の男性が話しかけてきた。
ガラの悪そうな、若い男達である。
「……いえ、連れがいるの。帰って頂戴」
私は出来るだけ冷たい表情と声で、返事をした。
こういう連中は少しでも優しい態度を取ると付け上がるから、冷たくあしらえと教わっている。
だが、彼らは退く気配を見せなかった。
「ひゅー、お高くとまって。そういうのそそられるなぁ」
「こういう女って虐めたくなるよなあ、兄弟」
「な、なにを……?」
私はベンチに座っていて、男達は目の前に立ち塞がっているので、逃げる事が出来ない。
アレクも今は飲み物を買いに行っている。
私の目に徐々に涙が溜まってきた。
恐怖で大きな声も出せない。
「いいねえ、その表情」
「さあ、ついて来いよ」
男の一人が私に手を伸ばす。
私は、ギュッと目を閉じた。
目から涙が溢れ出し、私は心の中でひたすら助けを求めた。
(殿下……! 助けて……っ!)
「その子から離れろっっ!!」
その途端、男達の身体が大きく吹っ飛んだ。
そこに立っていたのは――
********
「本当に助かりました。ありがとうございました」
「俺からもお礼を言わせて下さい。エミリア様に何かあったら殿下に絞られるところでした」
「いやいや、いいって。当然の事だよ。しかし驚いたなあ、助けた女の子が教え子だとは思わなかったよ」
「あの時先生が通りがかって下さらなかったらと思うと、ゾッとしますわ。先生、何かお礼をさせて下さい」
私を助けてくれたのは、学園で物理学の教師をしている、マクレディ先生だった。
腰近くまで伸ばした飴色の長髪を一つに括って、丸い眼鏡をかけている。
顎には無精髭が生えているが、元々の顔の作りがいいので、不潔な感じはしない。
「お礼なんて、ブラウン嬢は律儀だねえ。あ、そうだ、それじゃあ折角だから一つ頼みたい事があるんだけど、いい?」
「ええ、何なりと」
「今晩、流星群が観測される予定なんだよ。僕は物理学の教師だけど専門は天文学でね。学園の屋上と校庭に人を配置して、それぞれの場所での見え方の記録を取りたいんだよね。でも、一緒に記録をしてくれる筈だった化学の教師が急に熱を出してしまって、人手が足りなくて困ってたんだ。もし予定がなかったら、小一時間でいいから手伝ってもらえると嬉しいんだけど」
「天体観測ですか……楽しそう……!」
私が目を輝かせてそう言うと、マクレディ先生は眼鏡の奥の茶色い目を嬉しそうに細めた。
「じゃあ、夜七時頃から準備を始めるんだけど、大丈夫そう?」
「七時……」
殿下がディナーを予約していたのがその頃だった気がする。
私はアレクに小声で相談した。
「……アレク、殿下は分かって下さるわよね? 先生も困っておいでだし……」
「……ええ、どっちみち学園には行くことになりそうでしたし、いいんじゃないですか? ディナーはまた今度付き合ってあげて下さいね」
「そうだったわね……わかった。殿下には私から謝っておくわ」
私は先生の方に向き直ると、先生は小首を傾げて困っている様子だった。
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「いえ、大丈夫です。理科準備室に伺えばいいですか?」
「うん、よろしくね。興味のある子がいたら連れてきてくれてもいいから。いやー、本当に助かったよ」
「こちらこそ、本当にありがとうございました。先生があんなにお強いとは存じませんでしたわ」
「ああ、あれはね、てこの原理と遠心力を上手く利用して持っていた荷物を……角度はあれが最適で……スピードを上げるとその分威力が……でも武器の耐久度が低いと……ぶつぶつ」
私は目を瞑っていて見えていなかったが、先生はどうやら物理学の知識を総動員して暴漢を撃退してくれたようだ。
「でも実際、ハーバート君が来てくれなかったら手詰まりだったよ。奴らが大きい声でがなり立てていたから、運が良ければ誰かしら手を貸してくれたかもしれないけど、皆怖がってたしね」
先生が暴漢を吹っ飛ばした後、彼らはすぐに立ち上がり、逆上している様子だった。
だが、そこにアレクが走って戻ってきてくれたのだ。
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「いいのよ。アレク、本当にありがとう。先生もありがとうございました」
「いいっていいって。教え子が無事ならそれで良しだ。じゃあまた後で、よろしくね」
「はい、また後ほど」
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どうやら、待たせてしまったようである。
「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません……!」
私が声をかけると、殿下は一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに顔を曇らせてしまう。
「エミリア、どうした? 何かあったのかい? 顔色が悪いようだし、涙の跡が……」
「殿下、申し訳ございません! 俺の責任です!」
アレクは、がばっと音がするような勢いで直角に腰を折った。
殿下は一転して鋭い表情に変わる。
「待って、アレクは私をちゃんと守ってくれたじゃない。私がぼんやりしていたせいだわ」
「……何があった」
「実は……」
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「そうか……マクレディ先生には礼をしないとな。私もその天体観測の手伝いに行くよ。どうやらエミリアの予想通り、夜の学園に行くことになりそうだな」
「楽しみにしていたレストランに行けなくなってしまい、申し訳ございません。あの、もしよろしければ……ぜひ、また今度ご一緒させていただけると、嬉しいです」
「ああ、勿論だよ。時間さえ許せば、毎日でも食事に誘いたいぐらいだ」
私が謝罪すると、殿下は一見いつも通りの笑顔でそう言ってくれた。
しかし、やはり何となくいつもと違う黒いオーラが出ているような気がする……。
「あの……殿下、何かありました?」
「私は一つ二つ、アレクに言いたいことがある。エミリアは悪くないから、何も気にしなくていい。とにかく、無事で本当に良かったよ」
やっぱり笑顔の後ろで黒いオーラが渦巻いている。
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