転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

文字の大きさ
15 / 48

15 ラインハルトの受難

しおりを挟む
 ラインハルト視点です。

――*――

 私はパティスリー『さん爺のおやつ』に十分程並んで、ようやく入店する事ができた。
 ……しかし何人も騎士を連れてきていて、アレクは何故一番むさ苦しいのを選んだんだ。
 絶対にわざとだ。面白がっているに違いない。


「あーっ、殿下ぁ、いらっしゃいませぇ。あれ、今日は大きいお連れ様がご一緒ですねぇ? アレク様はぁ?」

「事情があってな……アレクはエミリアと一緒だ」

 ああもうやる気出ない帰りたいなんでむさいおっさんと一緒なんだ私はエミリアと一緒が良かったアレクずるい甘いもの食べた時の天使の微笑み見たかったせめてお土産に包んでもらって一緒に食べようかなそれより早くエミリアと劇を見てエミリアとディナー行ってエミリアと流れ星を見たい。

「まあ、お可哀想に……! そんなに暗いお顔をなさらないで下さい、私が精一杯おもてなししますよぉ。さぁ、あちらのお席へどうぞぉ」

 プリシラ嬢はパティスリーに併設されている喫茶スペースに私達を案内すると、何故か私の隣に座った。
 プリシラ嬢はメニューを広げると、私にぐいぐい近寄ってきて、腕を絡ませてくる。
 ……正直やめてほしいが、これがどういうイベントなんだか分からないから無下に振りほどくこともできない。

「おすすめはぁ、この定番のどら焼きセットですぅ。あとはぁ、今の季節だと栗のどら焼きも美味しいですよぉ。個人的には生クリームとあんこのダブルサンドも好きなんですけど抹茶どら焼きもぉ……」

 隣には愛しのエミリアの天敵、正面にはむさ苦しいおっさん。
 隣のプリシラ嬢は体をすり寄せてくるし、正面のおっさんはやたら目を輝かせながら夢中になってメニューを見ている。
 何の拷問だ。
 私は何か悪いことをしただろうか。

「……ねぇ殿下。私、小耳に挟んだんですけど、アレク様はエミリア様の事が好きなんですって。きっとお二人は両思いなんですよぉ。殿下、私ならずーっと殿下を愛し続けると誓いますぅ。どうか、私を選んで……」

 プリシラ嬢は、私に引っ付きながら耳元でそう囁く。
 その妖しい声色に、私はゾワゾワとした寒気に襲われた。

 ……気持ち悪い。
 この生物は、何を言っているのだろうか。

 私がエミリア以外を選ぶ訳がないし、エミリアも私以外の男を選ぶ訳がない。
 私は返事をせず、そっとプリシラ嬢の腕を解き、拒絶を示した。

「……今はいいですぅ。でも、私の気持ちは変わりませんから、覚えていて下さいねぇ」

 プリシラ嬢は立ち上がり、正面のおっさんの注文を聞いている。
 むさいおっさんは三つもどら焼きを注文して、食べて行く気満々のようだ。
 だが私は食欲が無くなって、緑茶を一つと、定番のどら焼きを三つ、テイクアウトで注文したのだった。


 ********


 店を出た私達は、エミリアとアレクの姿を探すが、まだ戻っていないようだ。
 すぐに席を立ってしまったから、あれからまだそんなに経っていないし、もう少し時間がかかると思っているのだろう。
 仕方なく、店の近くの石段に腰掛けて二人を待つことにした。
 騎士のおっさんは先程買ったどら焼きを美味しそうに頬張っている。
 勤務中だろうが、というツッコミを入れる気力も残っておらず、私は緑茶を啜るのだった。


「殿下、お待たせしてしまい申し訳ございません……!」

 しばらくしてエミリアの声が聞こえてきて、私は一瞬にして元気を取り戻した。
 しかし、彼女の顔を見た瞬間、すぐさま何かあったであろう事を悟った。
 隣のアレクも青い顔をしている。
 私がエミリアに尋ねると、すぐさまアレクが深く謝罪し、エミリアはアレクを庇う発言をした。

「……何があった」

「実は……」

 そうしてエミリアは、事の一部始終を話してくれたのだった。


 エミリアの話を聞いて、私は怒りが込み上げてくるのを感じた。
 どう考えても、こんなに可愛いエミリアを一人にして側を離れたアレクが悪い。
 大体、清楚で品の良いワンピースが見事に似合っているエミリアは可愛すぎてめちゃくちゃ目立ってたじゃないか、一人にしたらすぐにナンパされるに決まっている。

 エミリアに怪我もなく、何もされなかったから良かったものの、マクレディ先生が来なかったらどうなっていたか。
 さらに助けてくれたのがマクレディ先生ではなく悪い男で、礼をしろとエミリアに嫌な事を強いたりでもしたらどうするのだ。
 考えただけで恐ろしい……!

 もしそうなったら私は権力を振りかざして関係者を全て探し出して処刑しただろう。
 付いていた騎士も、アレクでなかったら許さなかっただろう。
 ……更に悪いことに、アレクはわざわざむさ苦しいおっさんを選んで私に押し付けたことを、私は忘れていない。


 ********


 アレクに一通り文句を言い、アレク曰く今日来ている騎士の中で唯一甘い物好きだからという理由で私の護衛についていたらしいおっさんが持ち場に戻り、プリシラの話した内容を共有した後、私はエミリアとのデートを再開した。

「何だか疲れてしまったね……。エミリア、色々済まないな」

「いえ、大丈夫ですよ。確かに先程は怖かったですけれど、こうして無事でしたし……またこうして殿下とお出かけする事が出来て、嬉しいです」

 そう言ってエミリアは、自分から手を伸ばして指を絡めて来てくれた。
 先程プリシラ嬢に触れられた時とは全く違う、暖かく幸せな感情が指先から全身に伝わっていく。
 エミリアは恥ずかしそうに、はにかむような笑顔を私に向けてくれている。

「エミリア……。私は、幸せ者だな。君がこうして側にいてくれる」

 私は疲れも黒い感情も全てほどけていくのを感じていた。
 エミリアにふっと笑いかけると、彼女も幸せそうに目を細めた。


 劇場に到着してロイヤルシートに着席すると、すぐに開演の時間になった。
 予想外の事でスケジュールが押してしまったが、何とか間に合ったようだ。
 上演中も、私達はずっと手を繋いで過ごした。
 時折エミリアの方を見ると、エミリアはすぐに私の視線に気が付いて笑いかけてくれた。
 絵に描いたような幸せが、今ここにある……。


 ********


「演劇、とても面白かったですね。流石は殿下おすすめの劇団ですわ。特に主演の御二方がとても素晴らしくて、引き込まれてしまいましたわ」

「ああ、楽しんでもらえたなら良かった。また演目が変わったら観に来よう」

「ええ、是非!」

 エミリアは目を輝かせていて、楽しんでくれた事が伝わってきた。
 私自身はそれほど演劇に興味がある訳ではないが、エミリアがこれほど喜んでくれるのならまた連れてこよう。

「確か、先生との約束は七時だったな。まだ少しだけ時間があるから、何処かで軽食を取ろうか」

「そうですわね。この辺りにはカフェが沢山ありますし」

「カフェに入るのも良いが、実は土産があるんだ。……ほら」

 私は肩に下げていた鞄から、紙袋を取り出した。
 先程買ったどら焼きである。

「まぁ! 嬉しいですわ、一度いただいてみたかったのです」

「プリシラ嬢の働いている店の物だから、一応毒味をさせた。だから少し欠けているが、毒の心配はないよ」

「ありがとうございます……! プリシラの姿が見えた時、自分では買いに行けないと半ば諦めておりました」

「それは良かった。じゃあ、飲み物を買って何処かに座ろうか。……アレク、出てきていいぞ」

 私はアレクの気配がする方を向いて声をかけた。
 アレクは恐る恐る出てきて、ぴしりと敬礼をする。

「……もう怒ってないよ。ほら、お前の分もあるぞ、どら焼き」

「……ありがとうございます。恐縮であります」

「だからもう怒ってないって」

「コーヒーでいいですか」

「ああ、気が利くな」

「エミリア様は何をお飲みになりますか?」

「じゃあ、カフェオレをお願いしてもいいかしら」

「承知致しました。人が多く暗い場所は警護が難しいですので、馬車で待っていていただけると助かります」

「分かった。さあ、行こうかエミリア」

「はい」

 そして私達は馬車の停めてある所へ向かい、それに乗り込む。
 馬車で食事をすると車酔いしてしまうからという事で、結局どら焼きは学園に着いてから食べる事にした。
 飲み物を買って戻ってきたアレクを乗せて、馬車はゆっくりと学園に向かって動き出したのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。 ――というのは表向きの話。 婚約破棄大成功! 追放万歳!!  辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19) 第四王子の元許嫁で転生者。 悪女のうわさを流されて、王都から去る   × アル(24) 街でリリィを助けてくれたなぞの剣士 三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃ 「さすが稀代の悪女様だな」 「手玉に取ってもらおうか」 「お手並み拝見だな」 「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」 ********** ※他サイトからの転載。 ※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。  そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。  これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~

Mimi
恋愛
 若様がお戻りになる……  イングラム伯爵領に住む私設騎士団御抱え治療士デイヴの娘リデルがそれを知ったのは、王都を揺るがす第2王子魅了事件解決から半年経った頃だ。  王位継承権2位を失った第2王子殿下のご友人の栄誉に預かっていた若様のジェレマイアも後継者から外されて、領地に戻されることになったのだ。  リデルとジェレマイアは、幼い頃は交流があったが、彼が王都の貴族学院の入学前に婚約者を得たことで、それは途絶えていた。  次期領主の少年と平民の少女とでは身分が違う。  婚約も破棄となり、約束されていた輝かしい未来も失って。  再び、リデルの前に現れたジェレマイアは……   * 番外編の『最愛から2番目の恋』完結致しました  そちらの方にも、お立ち寄りいただけましたら、幸いです

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています

処理中です...