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21 成長と……和解?
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エミリア視点です。
――*――
それからしばらくの間、プリシラは毎日補習で忙しそうにしていた。
私は週に一回程度マナーの講師に呼ばれ、その都度完璧なカーテシーや食事マナー、ダンスなどをプリシラの前で披露し、時にはダメ出ししたりコツを教えたりした。
プリシラはその度に悔しそうな顔をして、私が次に呼ばれる時には確実に改善が見られるようになっていた。
その間もプリシラは授業の合間には飽きずに殿下のいる場所に突撃し、私が泣きそうな顔をしているのを横目に、一人で満足して戻っていくという日々の繰り返し。
いつしかプリシラが殿下を狙っている事は三年生だけでなく学園中が知る所となった。
彼女はますます孤立を深めていくばかりで、殿下に突撃してくる時以外は正直あまり楽しくなさそうだったので、少し同情してしまったのだった。
勿論、私と殿下は変わらず仲が良い……どころかますます甘さを増した殿下に毎日ドキドキさせられっぱなしである。
――プリシラも物語に縛られずに、本当の愛を見つけられたらきっと、もっともっと素敵な人生が待っているだろうに。
「……まだステップが乱れる事がありますが、ひとまず及第点としましょう。今日で私の補習は終わりと致します。期末試験では今まで教えた事を存分に発揮して下さいますよう、祈っておりますわ」
「はっ、はい! ありがとうございます、先生!」
社交分野と芸術分野の補習を行なっていた女性教師から、プリシラはついに合格を言い渡された。
長い、長い道のりだった。
季節も進み、来週には期末試験、その後はウィンターホリデーが訪れる。
「ブラウン嬢も協力して下さり、感謝致します。貴女の礼儀作法は、群を抜いて素晴らしいですわ。これからも誇りを持って、王国の花として気高く有りますように。王太子妃としてご活躍なさる日が来るのを楽しみにしております」
「有難き御言葉です。少しでも力になれたのでしたら、幸いですわ。……プリシラ様」
「……何ですかぁ」
プリシラは、王太子妃として、というくだりが気に食わなかったのだろう。
ジト目で私を睨み付けている。
「最初に拝見した時に比べて、あなたの作法はとても美しくなりましたわ。自信を持って下さい」
私がにこりと微笑んでプリシラを労うと、彼女は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「め、珍しいですね、エミリア様が私を褒めるなんて」
「まあ、私はプリシラ様がずっと努力してきたのを隣で見てきたのですよ、褒めるのも当然ですわ。プリシラ様、頑張りましたね」
「……!」
プリシラの目に涙が浮かんでいる。
今日ばかりは立場逆転かしらね……と思っていたら、徐々にもらい泣きしそうになってきた。
だが、ここで泣いたら締まらないので、何とか耐える。
「……エミリア様、あの。ありがとう、ございました……」
「……!」
まさかプリシラがお礼を言うとは思わなかった。
我慢していた嬉し涙が決壊して、私はハンカチを目に当てた。
「なんでエミリア様が泣いてるんですかぁ! もう、台無し!」
「ご、ごめんなさい、だって嬉しくて……」
「美しい友情ですわね。私もほろりと来てしまいますわ……。それはさておき、スワロー嬢。私の補習はこれで終わりになりますが、マクレディ先生からはまだ合格をいただいていない筈ですわね。これからも気を抜かず、努力を続けて下さいね」
「はいっ! ありがとうございましたぁ」
今までだったら、ぺこりと大袈裟に頭を下げて日本式のお辞儀をしていたであろうプリシラが、きちんとカーテシーをしている。
やる気になれば人間、成長するものである。
先生は満足そうに微笑み、演習室を後にした。
「さて、私も帰ります。プリシラ様、今日までに身に付けた事を発揮できれば、新年のデビュタント・ボールも無事乗り切れると思いますわ。頑張って下さいね」
「あ、待って……!」
そうして私が立ち去ろうとした時、プリシラは瞳を揺らして小さく呼び止めた。
「あの、私、エミリア様のこと、勘違いしていたかもしれません。ものすごく厳しかったけど、それは私のためだったんですよね」
私は返答はせず、ただ優しく微笑みかけて肯定の意を示す。
この補習を通じて、プリシラは精神的にも少し成長したようである。
……かと思うと、次の瞬間にはキッと気の強い表情に戻った。
「でもっ! 私、殿下のこと諦めませんから! 絶対に、卒業パーティーまでにはエミリア様を追い落として、殿下を手に入れてみせますぅ!」
プリシラはそう言い放って、演習室を出て行き、「バタン!」と音を立てて扉を閉めたのだった。
「ふふ、あの子にも可愛いところがあるじゃない」
そう独り言ちて、私も演習室を後にしたのだった。
********
「終わったー!」
アレクは歩きながら伸びをして、明るい声でそう言った。
周りの生徒も同じような感じだ。
先週行われた期末試験の結果も発表され、今日は年内の最終登校日なのである。
「明日からウィンターホリデーですね! 無事前期を乗り切れましたね」
「ああ。プリシラ嬢も驚いた事に、赤点を回避したようだしな。エミリアが頑張った甲斐があったな」
「ええ、本当に良かったですわ。あの子も最初はやる気が無くて態度も悪かったですが、しばらくしてからは毎日本当に頑張っていましたからね」
試験の結果は、いつも通り殿下は主席、私もアレクも上位だった。
そして前回は一年生最下位だったプリシラは、なんと全ての科目で赤点をギリギリ回避し、最下位から脱出したのである。
それを見た時には自分の事のように嬉しくなってしまって、嬉し涙を流してしまった程だ。
私は泣いていて、殿下はオロオロしていて、アレクや他の生徒はまたかと肩をすくめている所にプリシラが現れ、ギョッとされたりした。
「そうだ、エミリア、ホリデー中にまた観劇に行かないかい? またあの劇団が来るみたいだし、ホリデーの頃は街も特別な飾り付けがされていて、毎日がお祭りみたいに賑やかだろう。私はあの雰囲気が好きなんだ」
「ええ、是非! わぁ、楽しみだわ!」
殿下は楽しそうに、ウキウキと話している。
私もホリデーの王都は大好きだが、好きな人と出掛けるのは殊更楽しみで、自然と笑顔が溢れてくる。
「ホリデーの王都は毎年妹と一緒に見て回っていましたが、殿下と行くのは久しぶりですわね。私もあの雰囲気はとても好きですわ。本当に楽しみ」
「ふふ、私も楽しみすぎて寝不足になってしまいそうだよ。そういえば、モニカ嬢はホリデー中に帰省するのかい?」
「ええ、来週の初めに帰ってくる予定ですわ。お手紙には、お城にも是非新年のご挨拶に伺いたいと記されていましたわ。アレクとも手紙のやり取りを続けていると聞きましたけれど」
妹のモニカは語学留学中で、隣国の貴族学園に通っている。
アレクと婚約しているが、その事はまだ家族と関係者以外には秘密だ。
「はい。向こうの学校で友人も沢山出来て、楽しく過ごしていらっしゃるようです。久しぶりにご実家に帰るのを楽しみにしているみたいですよ」
アレクは、柔らかい表情でそう答える。
アレクもモニカに会うのを楽しみにしているようだ。
モニカの方も、アレクに会うのを楽しみにしているのが文章の端々から伝わってくる。
遠距離恋愛は大変だろうが、二人は中々上手くやっているようだ。
「ふふ、二人は仲が良いみたいね。安心したわ」
「殿下とエミリア様程ではないですけどね。外は雪ですけどこちとら毎日が真夏日ですよ全く」
ブーメランが返ってきた。
「しかし今日はよく降るな。これは積もるかもしれないぞ」
「馬車は大丈夫かしら」
「早めに帰った方が良さそうですね。ご不満でしょうが今日は馬車に同乗させていただいてもよろしいでしょうか」
「ご不満だが構わないぞ」
「まあ、殿下ったら」
「エミリア、二人の時は名ま」
「俺のこと空気扱いしないで下さいよ!?」
外は交通網も麻痺しそうな雪だが、こちらは全くの平常運転である。
皆ウキウキした気分を隠せないまま、生徒達はそれぞれの馬車に乗り込んでいく。
私達も笑顔で、最終学年の前期行程を無事に修了することが出来たのだった。
――*――
それからしばらくの間、プリシラは毎日補習で忙しそうにしていた。
私は週に一回程度マナーの講師に呼ばれ、その都度完璧なカーテシーや食事マナー、ダンスなどをプリシラの前で披露し、時にはダメ出ししたりコツを教えたりした。
プリシラはその度に悔しそうな顔をして、私が次に呼ばれる時には確実に改善が見られるようになっていた。
その間もプリシラは授業の合間には飽きずに殿下のいる場所に突撃し、私が泣きそうな顔をしているのを横目に、一人で満足して戻っていくという日々の繰り返し。
いつしかプリシラが殿下を狙っている事は三年生だけでなく学園中が知る所となった。
彼女はますます孤立を深めていくばかりで、殿下に突撃してくる時以外は正直あまり楽しくなさそうだったので、少し同情してしまったのだった。
勿論、私と殿下は変わらず仲が良い……どころかますます甘さを増した殿下に毎日ドキドキさせられっぱなしである。
――プリシラも物語に縛られずに、本当の愛を見つけられたらきっと、もっともっと素敵な人生が待っているだろうに。
「……まだステップが乱れる事がありますが、ひとまず及第点としましょう。今日で私の補習は終わりと致します。期末試験では今まで教えた事を存分に発揮して下さいますよう、祈っておりますわ」
「はっ、はい! ありがとうございます、先生!」
社交分野と芸術分野の補習を行なっていた女性教師から、プリシラはついに合格を言い渡された。
長い、長い道のりだった。
季節も進み、来週には期末試験、その後はウィンターホリデーが訪れる。
「ブラウン嬢も協力して下さり、感謝致します。貴女の礼儀作法は、群を抜いて素晴らしいですわ。これからも誇りを持って、王国の花として気高く有りますように。王太子妃としてご活躍なさる日が来るのを楽しみにしております」
「有難き御言葉です。少しでも力になれたのでしたら、幸いですわ。……プリシラ様」
「……何ですかぁ」
プリシラは、王太子妃として、というくだりが気に食わなかったのだろう。
ジト目で私を睨み付けている。
「最初に拝見した時に比べて、あなたの作法はとても美しくなりましたわ。自信を持って下さい」
私がにこりと微笑んでプリシラを労うと、彼女は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「め、珍しいですね、エミリア様が私を褒めるなんて」
「まあ、私はプリシラ様がずっと努力してきたのを隣で見てきたのですよ、褒めるのも当然ですわ。プリシラ様、頑張りましたね」
「……!」
プリシラの目に涙が浮かんでいる。
今日ばかりは立場逆転かしらね……と思っていたら、徐々にもらい泣きしそうになってきた。
だが、ここで泣いたら締まらないので、何とか耐える。
「……エミリア様、あの。ありがとう、ございました……」
「……!」
まさかプリシラがお礼を言うとは思わなかった。
我慢していた嬉し涙が決壊して、私はハンカチを目に当てた。
「なんでエミリア様が泣いてるんですかぁ! もう、台無し!」
「ご、ごめんなさい、だって嬉しくて……」
「美しい友情ですわね。私もほろりと来てしまいますわ……。それはさておき、スワロー嬢。私の補習はこれで終わりになりますが、マクレディ先生からはまだ合格をいただいていない筈ですわね。これからも気を抜かず、努力を続けて下さいね」
「はいっ! ありがとうございましたぁ」
今までだったら、ぺこりと大袈裟に頭を下げて日本式のお辞儀をしていたであろうプリシラが、きちんとカーテシーをしている。
やる気になれば人間、成長するものである。
先生は満足そうに微笑み、演習室を後にした。
「さて、私も帰ります。プリシラ様、今日までに身に付けた事を発揮できれば、新年のデビュタント・ボールも無事乗り切れると思いますわ。頑張って下さいね」
「あ、待って……!」
そうして私が立ち去ろうとした時、プリシラは瞳を揺らして小さく呼び止めた。
「あの、私、エミリア様のこと、勘違いしていたかもしれません。ものすごく厳しかったけど、それは私のためだったんですよね」
私は返答はせず、ただ優しく微笑みかけて肯定の意を示す。
この補習を通じて、プリシラは精神的にも少し成長したようである。
……かと思うと、次の瞬間にはキッと気の強い表情に戻った。
「でもっ! 私、殿下のこと諦めませんから! 絶対に、卒業パーティーまでにはエミリア様を追い落として、殿下を手に入れてみせますぅ!」
プリシラはそう言い放って、演習室を出て行き、「バタン!」と音を立てて扉を閉めたのだった。
「ふふ、あの子にも可愛いところがあるじゃない」
そう独り言ちて、私も演習室を後にしたのだった。
********
「終わったー!」
アレクは歩きながら伸びをして、明るい声でそう言った。
周りの生徒も同じような感じだ。
先週行われた期末試験の結果も発表され、今日は年内の最終登校日なのである。
「明日からウィンターホリデーですね! 無事前期を乗り切れましたね」
「ああ。プリシラ嬢も驚いた事に、赤点を回避したようだしな。エミリアが頑張った甲斐があったな」
「ええ、本当に良かったですわ。あの子も最初はやる気が無くて態度も悪かったですが、しばらくしてからは毎日本当に頑張っていましたからね」
試験の結果は、いつも通り殿下は主席、私もアレクも上位だった。
そして前回は一年生最下位だったプリシラは、なんと全ての科目で赤点をギリギリ回避し、最下位から脱出したのである。
それを見た時には自分の事のように嬉しくなってしまって、嬉し涙を流してしまった程だ。
私は泣いていて、殿下はオロオロしていて、アレクや他の生徒はまたかと肩をすくめている所にプリシラが現れ、ギョッとされたりした。
「そうだ、エミリア、ホリデー中にまた観劇に行かないかい? またあの劇団が来るみたいだし、ホリデーの頃は街も特別な飾り付けがされていて、毎日がお祭りみたいに賑やかだろう。私はあの雰囲気が好きなんだ」
「ええ、是非! わぁ、楽しみだわ!」
殿下は楽しそうに、ウキウキと話している。
私もホリデーの王都は大好きだが、好きな人と出掛けるのは殊更楽しみで、自然と笑顔が溢れてくる。
「ホリデーの王都は毎年妹と一緒に見て回っていましたが、殿下と行くのは久しぶりですわね。私もあの雰囲気はとても好きですわ。本当に楽しみ」
「ふふ、私も楽しみすぎて寝不足になってしまいそうだよ。そういえば、モニカ嬢はホリデー中に帰省するのかい?」
「ええ、来週の初めに帰ってくる予定ですわ。お手紙には、お城にも是非新年のご挨拶に伺いたいと記されていましたわ。アレクとも手紙のやり取りを続けていると聞きましたけれど」
妹のモニカは語学留学中で、隣国の貴族学園に通っている。
アレクと婚約しているが、その事はまだ家族と関係者以外には秘密だ。
「はい。向こうの学校で友人も沢山出来て、楽しく過ごしていらっしゃるようです。久しぶりにご実家に帰るのを楽しみにしているみたいですよ」
アレクは、柔らかい表情でそう答える。
アレクもモニカに会うのを楽しみにしているようだ。
モニカの方も、アレクに会うのを楽しみにしているのが文章の端々から伝わってくる。
遠距離恋愛は大変だろうが、二人は中々上手くやっているようだ。
「ふふ、二人は仲が良いみたいね。安心したわ」
「殿下とエミリア様程ではないですけどね。外は雪ですけどこちとら毎日が真夏日ですよ全く」
ブーメランが返ってきた。
「しかし今日はよく降るな。これは積もるかもしれないぞ」
「馬車は大丈夫かしら」
「早めに帰った方が良さそうですね。ご不満でしょうが今日は馬車に同乗させていただいてもよろしいでしょうか」
「ご不満だが構わないぞ」
「まあ、殿下ったら」
「エミリア、二人の時は名ま」
「俺のこと空気扱いしないで下さいよ!?」
外は交通網も麻痺しそうな雪だが、こちらは全くの平常運転である。
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